冒険者ギルドでの面接
胡散臭い男に勧誘された翌日、ユウは再び冒険者ギルド城外支所へと足を運んだ。時刻は三の刻の鐘が鳴ってしばらくしてからである。印象は昨日と同じで閑散としていた。
「おはようございます。昨日の護衛の仕事の件でやって来ました」
「朝から熱心だな。ああ、昨日もだったか。まぁいい。探しておいたぞ。1件だけあった」
「本当ですか!」
「依頼人はジェズという商売人だ。白銀の街道で商売をしてるケチな奴でな、先日専属護衛の1人に辞められてここに依頼してきたんだよ」
依頼人の名前を耳にしたユウは目を見開いた。昨日声をかけてきた男と同じ名前だ。同一人物かもしれないが、同名の他人という可能性もある。これだけではまだわからない。
驚いているユウに気付かないまま受付係が話す。
「依頼内容は荷馬車1台の護衛で、ここからウェスポーの町だそうだ。出発は明後日ということになってる。引き受けたいのなら面接の場を設けてやるぞ」
「あれ? 僕がそのままその人の所へ会いに行って面接してもらうんじゃないんですか?」
「普通ならそうするんだがな。こいつは前にナメたマネをしたことがあるから、俺たち職員が立ち会うことになってるんだ」
「ああ、『外れ』の人なんですね」
「その通りだ。けどな、今お前の条件で合致するのはこれしかないぞ。嫌ならしばらく待たなきゃならん」
「わかりました。でしたら、面接させてください」
「いいんだな? わかった。だったら面接の場を設けてやる。で、お前の名は?」
「ユウですけど、それって相手の人にも伝えるんですか?」
「もちろんだ。都合が悪いのか?」
「うーん、僕はそういうわけじゃないんですけど」
言葉を濁したユウだったが、少し黙ってから受付係に昨日この建物を出た直後の話をした。名前と大体の人相を伝えると受付係の額に青筋が立つのを目にする。
「どうでしょう。同じ人だと思います?」
「十中八九間違いないな。あの野郎、またやってやがったのか!」
「あー、これで昨日の件が事実認定されたらジェズはどうなるんですか?」
「んなもん、きっちりとケジメを付けるに決まってるだろ」
「そうなると、この依頼はなかったことになるんですよね」
「ああ。お前まさか、こいつの依頼を引き受けたいのか?」
目を剥いた受付係がユウを睨んだ。
その迫力に一瞬気圧されるユウだったが、顔を引きつらせながらも返答する。
「他に似たような依頼がないんでしたら引き受けたいです。でも、その様子じゃ駄目なんですよね。だったら、僕がこの依頼を引き受けることが罰になるようにしたらどうです?」
「どういうことだ?」
話を聞く気になった受付係にユウは思い付いたことを説明した。最初は眉間に皺を寄せていた受付係も口元をゆがめる。
「なるほどな。罰としちゃ少し甘いが、1度損する形で契約を結ばせるってわけか」
「追い払うだけだったり多少痛い目に遭わせるだけだったりするより、お金を失う方が商売人としてはつらいと思います」
「確かにそうだな! 商売人に対する罰としては面白い。すぐ上に掛け合って実行しよう。五の刻の鐘が鳴る頃にここへ来い。この場で面接させよう」
「わかりました。僕は何もしなくてもいいんですね?」
「ああ、お膳立てはしてやる。うまくやれよ?」
受付係に対してユウはしっかりとうなずいた。打ち合わせが終わると踵を返す。そして、昨日に続いて空いた時間をどうするか考えながら建物を出た。
五の刻の鐘が鳴り終わってしばらくしてから、ユウは冒険者ギルド城外支所に着いた。中は相変わらずそれほど人がいない。そんな中を目的の受付カウンターの所まで歩く。
今朝別れた神経質そうな受付係が1人の男と話をしていた。背が高く細身の体をしており、横顔は胡散臭そうに見える。
最初にユウに気付いたのは受付係だった。立ち上がってユウに声をかける。
「ユウ、依頼人はもう来てるぞ。こいつが荷馬車の持ち主のジェズだ。ジェズ、お前の依頼を受けたいってのはこの冒険者で、ユウって名前だ」
「へぇ、は?」
「初めまして、じゃないですよね」
大口を開けて呆然とするジェズにユウは困惑した様子で声をかけた。お互いに声を失った状態で見つめ合っていると、横から受付係が話しかけてくる。
「なんだ? その様子じゃ知り合いだったのか?」
「いや、別にそういうわけじゃないんですけど、ちょっと」
「昨日、ここの建物を出たところで声をかけられたんですよ。儲け話があるって言われて」
「おい待て! よせって!」
「なんだ? 俺には言えない話だってのか?」
焦るジェズに対して受付係が目を細めた。後ろ暗いところがあるジェズは何でもないと首を横に振る。
口を塞がれそうになったユウはジェズを避けた。そのまま受付係に顔を向けると続けて話す。
「日当銅貨1枚で護衛を引き受けないかって誘われたんですよ。あのときは断っちゃったんですけど、これなら引き受けた方が良かったのかなぁ?」
「おいおい、そんなわけないだろ。こいつはギルドに正式な依頼を出しておきながら、ギルドを無視して護衛を勧誘してたんだぞ。なぁ、ジェズ?」
「あ、あう」
受付係に睨まれたジェズは口元を震わせて何も答えられない。
冒険者ギルドに支払う手数料を抑え、冒険者に支払う金額を低くし、冒険者と有利な条件で契約を結ぶため、冒険者ギルド抜きで商売人が冒険者に仕事を持ちかける件が後を絶たない。
特に冒険者ギルドに依頼を出しておきながら別口で冒険者に声をかける商売人は睨まれる。そういう者は大体出禁になるが、もちろんその前に処罰された。
大きく目を見開いたジェズを睨んだまま受付係がしゃべる。
「去年の夏に1度やらかして、そのときはもう二度としませんって誓ったよな? それで今回かよ。随分と冒険者ギルドをナメてくれんじゃねぇか。お前、どうなるかわかってんだろうな」
「ま、待ってくれ。違う、違うんだ。あれは勧誘なんかじゃなくて」
「あれ? 懐事情があるから直接話を持ちかけたって言ってませんでしたっけ?」
「おいこらお前!?」
「よぉし、わかった、ジェズ。今度こそ解体場の倉庫に入れてやる。腐った獣の死体を詰めたところにな。それで、獣を散々切り刻んでたっぷりと血と脂で濡れた鉈でかわいがってやるぞ」
「待って、待ってくれよ旦那! ホント勘弁してくれって!」
いつの間にか背後に現れていた別の職員らしき男2人に肩を掴まれたジェズは、顔面を蒼白にしながら首を横に振った。
その様子を見ていたユウが横から口を挟む。
「あの、この依頼もしかしてなくなっちゃうんですか?」
「残念だがね。何しろ依頼主はこれからギルドの歓迎を受けてもらう必要があるからな」
「うーん、それは困るなぁ。あ、だったらこうしませんか? 依頼を引き受けた僕の報酬を罰になるくらいの条件にするんです」
「ほう、どんな内容だ?」
「1つ、日当は銅貨4枚で報酬はコンフォレス王国の貨幣で支払うこと。2つ、報酬額が銀貨に交換可能な場合は銀貨で支払うこと。3つ、盗賊の襲撃などの問題が発生した場合は対処に見合った追加報酬を支払うこと。4つ、これらを記した契約書を冒険者ギルドに発行してもらうこと」
「甘くないか? それなら倉庫で大歓迎した方が余程よさそうなんだが」
「だったら、契約書の発行料をあの人持ちにしましょう」
「ということなんだが、ジェズ、どうする?」
「します! します! その契約でいいです! だから倉庫はご勘弁を!」
いささか芝居じみたユウの態度だったが、焦るジェズはまったく気付いていなかった。
反対に受付係はジェズの態度を見てにやにやと笑っている。自分の脅しも効いていることがわかってご満悦だ。上機嫌な様子で既に作ってあった契約書の羊皮紙を受付カウンターの上に置く。
「なら、契約成立だ。これにサインしろ」
「はいはい! すぐしますよ!」
「次はユウだ。お前、字は書けるか?」
「書けますよ。ここにサインすればいいんですよね」
まったく同じ内容が書かれた羊皮紙3枚にユウもサインした。1枚はユウが、もう1枚はジェズが、そして最後が冒険者ギルドがそれぞれ手にする。これで契約成立だ。
冒険者ギルド分の羊皮紙を手にした受付係が見下ろすような態度でジェズに話しかける。
「これに懲りたらもうナメたことはするなよ? 次は本当にないからな?」
「はい。はぁもう」
完全に力尽きたジェズは自分の分の羊皮紙を握りしめたまま受付カウンターの上に突っ伏した。
ユウも自分の分を手にして背嚢の中に収める。再びそれを背負うと、ジェズが落ち着くまでその場で待った。
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