1人での仕事探し

 久しぶりに寝台で眠れたユウは日の出と共に目覚めた。二の刻の鐘はとうの昔に鳴り終わっており、三の刻の鐘まであまり時間はない。大部屋内に他の人はあまりいなかった。


 眠い目をこすりながらユウは寝台の脇に座ると白いもやを吐き出しながら背伸びをする。それから脱力してしばらくはぼんやりとした。


 やがて再びあくびをしたユウは背嚢はいのうから干し肉を取る。次いで水袋を手に取って一口飲むと食べ始めた。火で炙っていないので固い。


「今日はどうしようかな」


 噛みちぎった干し肉を飲み込んだユウは独りごちた。旅をするという方針はあるものの、今日の目的はない。懐も寒くはないので急いで仕事を探す必要はなかった。


 何も決まらないまま食べ終わったユウは立ち上がると背嚢を片手で持って歩き出す。そのまま建物の裏手に回ると臭気溢れる桶へと向かった。清掃用の葉っぱを集めると空いている桶の前でズボンを下ろして用を足す。


「1人って案外面倒だなぁ」


 目の前に置いた背嚢を見ながらユウは独りごちた。少し前までは仲間がいたので常に誰かが見張り番をしていてくれたが、1人だと常に自分で管理をしないといけない。これが地味に面倒だった。仲間のありがたみが身に沁みる。


 用を済ませると背嚢を背負って境界の街道に出た。三の刻の鐘はまだ鳴っていないが人通りは増えてきている。


「あれ? ここの冒険者ギルドってどこにあるんだろう?」


 よくよく考えてみると誰にも教えてもらっていないことにユウは気付いた。探し回れば見つかることはわかっていても面倒さが先立ったので、安宿に戻って主人に教えてもらう。そこで三の刻の鐘が鳴った。


 再び安宿を出たユウは境界の街道に沿って北に歩く。貧民街の外れにまでやって来ると冒険者ギルド城外支所にたどり着いた。50レテム四方くらいの広さの平屋の建物で、石材を要所に使った木造の古めかしいところはアドヴェントのものと似ている。


 建物の中に入ったユウは首をかしげた。外の街道を往来する人々の数に比べて少ない。


「どうしてこんなに人が少ないんだろう?」


 しばらくじっと室内を見ていたユウはあることに気付いた。武装している冒険者の数はそんなに変わらないが、薬草採取をしていそうな非武装の人々がいないのである。レラでは薬草採取をしていなさそうだと知って目を見開いた。


 驚き固まっていたユウだったが、じっとしていても始まらないので受付カウンターへと向かう。近場で空いている受付係の前に立った。その神経質そうな男に声をかける。


「ウェスポーの町まで行ける仕事ってありますか?」


「ウェスポー? この近辺で働くんじゃなくてか?」


「そうです。隊商護衛の仕事なんかがあると嬉しいんですけど」


「何を言ってる。それは傭兵の仕事だろう。お前そんなことも知らないのか?」


「知ってますよ。でも、アドヴェントの町からここまで荷馬車の護衛をしてやってきたんですから、レラの町でもそういった仕事はあるんじゃないですか?」


「そういう幸運は何度も続かないぞ。アドヴェントの町から来たってことは恐らく西端の街道経由だったんだろう? あんな人が滅多にいない場所だからできたことだ。けど、ここからウェスポーの町は違う。出るのは盗賊で、対処するのは傭兵って相場は決まってる」


「普通はですよね。でも、荷馬車を1台か2台持っている商売人で、1人だけ欠員を募集してるとかだとあるんじゃないですか? 傭兵って大抵何人かでまとまって護衛を引き受けるそうですから、意外に1人だけだと見つからないらしいですよね」


 穏やかに説明するユウの顔を受付係はまじまじと見た。その顔には疑念と困惑でない交ぜになった表情が浮かんでいる。


「お前、若いくせにやけに詳しいな。誰かから聞いたのか?」


「アドヴェントの町の冒険者ギルドの職員から聞いたんです。慣れた商売人なら冒険者ギルドで一本釣りする場合があるって。そういう商売人との交渉は厄介ですけど、1度入り込んだら案外やりやすいし、冒険者だからって傭兵から見下されにくいとも聞いています」


「はぁ、どこのバカだ。俺の仕事を増やしやがってよ」


 神経質そうな受付係が嘆息した。滅多に働かない職員が教えたと知ったらどんな反応をするのかユウは興味あったが、確実に話がこじれるので黙っておく。


 ちなみに、個人で見た場合だと傭兵は当たり外れが大きい。傭兵は集団戦を得意とする者たちなので、一口に戦いといっても個人技よりも連携が優先されるのだ。つまり、1人ピンの傭兵というのは、まったく使えないか優秀だが連携がまったくできないかのどちらかであることが多い。


 それに比べて、冒険者の場合はまだましだ。確かにパーティを組んで連携するという意味では傭兵と似ているが、個人技を前提に連携するのでまったく他人に合わせられないという者は少ないのである。


 そのため、一時的に1人を雇う場合は冒険者の方が良いというのは、辺境を往来する慣れた商売人の常識だった。


 重そうな腰をゆっくりと上げた受付係はユウに恨めしそうな顔を向ける。


「そこまで知ってるんだったら仕方ない。探しておいてやる。1日待て。明日もう1度来い。いいな」


「わかりました。ありがとうございます!」


 嬉しそうなユウの顔を見た受付係は再びため息をつくと踵を返した。


 幸先良く仕事が見つかりそうな気配にユウは満面の笑みを浮かべる。これから何をしようかと考えながら建物を出た。これで丸1日空いたので何をするにも自由である。


 そうして冒険者ギルド城外支所の建物の脇で立ち止まったユウは背後から声をかけられた。振り向くと、背が高く細身の体をした胡散臭そうな中年の男が近づいてくる。


「へへ、兄ちゃん、ちょいといい儲け口があるんだが、話を聞いてくれないかい?」


「あなたは誰ですか?」


「おっとこれは失礼。俺はジェズってんだ。白銀の街道を行ったり来たりして稼いでいるしがない商売人さ」


 怪しい笑みを浮かべるジェズという男にユウは向き直った。平らな円形のフェルト製帽子、肩に巻いた赤色の短いケープ、茶色のウール製タイツと、確かに商売人らしい格好をしている。偽装していなければ自己紹介を信じて良いはずだ。


 当たりをつけてユウが返答する。


「もしかして、荷馬車の護衛を頼みたいんですか?」


「おっと、話が早いねぇ! 実はそうなんだ。ウェスポーの町まで片道の護衛をしてほしいんだよ」


「冒険者ギルドに依頼を出せばいいじゃないですか」


「そりゃそうなんだけどよ。こっちにだって懐事情ってもんがあるんだ。そこで、お互いの利益のために直接話を持ちかけたってわけさ」


「どうして僕なんです?」


「兄ちゃんここじゃ見ない顔だったんでね。もしかして仕事に困ってんじゃねぇのかなぁって思ったんだ」


「ちなみに報酬はどのくらいなんですか?」


「日当でトレジャー銅貨1枚さ。俺の商いじゃ出せるのはこんなもんだし、冒険者だったらこれで妥当だろ?」


 胡散臭そうな笑みを浮かべたジェズの顔を見たままユウは眉をひそめた。


 実のところ、報酬額の相場については事前に聞いている。傭兵なら1人頭1日銅貨4枚、冒険者なら銅貨2枚だ。これは通貨に関係なく辺境ではこんなものである。銅貨1枚というのは、領主や町から指名依頼を受けたときの最低金額だ。


 この時点でこの話は論外である。冒険者ギルドに話を通さないのはギルドの利用料をケチりたいだけではない。何も知らなさそうな新人冒険者を騙して報酬を値切ろうとしているのだ。


 しばらく考えるそぶりを見せたユウは首を横に振る。


「遠慮しておきます。昨日仕事を終えたばかりでまだお金には余裕があるんで、仕事探しは急いでいないんですよ」


「けど、余裕のあるうちに仕事が見つかるとは限らないだろ? 余裕がなくなってから探してもロクなモンはないと思うぜ?」


「確かにその通りですけど、銅貨1枚の仕事って底辺の仕事じゃないですか。僕はこれでも多いときだと1日で銅貨9枚は稼いでいたんです」


「そりゃ大したもんだ。けど、いつもそういうわけにはいかないだろう?」


「少ないときでも銅貨2枚は稼いでましたね」


 ここで初めてジェズの顔が歪んだ。実際には多少誇張された話だが、裏の事情を知らないため指摘できない。


 言葉に詰まったジェズに笑顔を向けたユウが別れを告げる。


「それじゃ、僕はこれで。冒険者を雇いたいんでしたら素直にギルドを通した方がいいですよ」


「ちぇっ、さっさと行きやがれ」


 面白くなさそうな顔をしてジェズが地面を蹴った。


 それを見たユウは踵を返して境界の街道を歩き始める。とんだ勧誘だったが、教えてもらった知識が役立ったことを喜ぶ。そして、歩きながら改めて今日は何をするか考えた。

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