別れを告げる人々(後)
新年2日前の夜、ユウはとある酒場にいた。ローマン、ピーター、マイルズの3人が壮行会を開いてくれたのである。
丸テーブルには所狭しと料理が並べられており、その間に木製のジョッキが林立していた。それらを4人で手当たり次第手を付けていく。
「いやそれにしてもよ、まさかユウが旅に出るとぁ思わなかったぜ! しかも行き先も決めずによ。いろんな所を見ていたい、かぁ。見てどーすんだ?」
「別にどうもしないよ。ただ見たいって思っただけなんだから。ローマンはそいうことないのかな?」
「あるっちゃあるが、別に旅をしてまでっつーのはねぇな」
木製のジョッキを丸テーブルに置いたローマンは腕を組んで目をつむった。そのまま低い声を出しつつも無言になる。
隣でその様子を見ていたピーターがかぶりついたソーセージを飲み込んだ。それから木製のジョッキを傾けてユウを見る。
「旅かぁ。考えたこともなかったなぁ。今までずっとこのままいくんだろうなって思ってたけど、世の中を渡り歩いていくのも悪くないかもしれないねぇ。ただ、今のパーティも居心地いいからすぐ抜けるっていうのはないかな」
「僕の場合は元々独り立ちすることが前提だったから好きにできたっていう面はあるよ。だから、パーティ内の問題がないっていうのは気が楽だったな」
「そこは羨ましくはあるね。けど、1人って不安じゃない?」
「不安だよ。でも、いつかは1人になることが前提だったから、そこは最初から受け入れていたんだ。だから、みんなとはちょっと立場が違うんだと思う」
「なるほどなぁ」
ユウの話を聞いたピーターはため息をついた。すぐに首を横に振ると木製のジョッキを呷る。ユウを見る目は羨ましそうだった。
他の2人がユウのことを気にしていたのに対して、マイルズは別のことを尋ねる。
「ユウのことも驚いたけど、アーロンたちが引退するって聞いたときの方が衝撃を受けたな。そのうち引退するとは思っていたけど、いざ実際にそうなるとね」
「僕も周りの人から何回か聞かれたよ。死ぬまで冒険者をやると思っていたのにって言っていた人もいたっけ」
「あー気持ちはわかる。でも、
「たぶん、あの4人はパーティを解散するんじゃなくて脱退したかったんだと思う。先輩たちもそうしてきたから自分も同じようにってね」
「なるほどなぁ。自分たちの代で終わらせたくなかったってわけか。納得した」
何度もうなずいたマイルズがナイフでハムを削って口に入れた。
ある程度ユウへの質問が出たところで、今度はユウが皆に尋ねる。
「僕のところのパーティはちょっと事情が特殊だから例外として、みんなのところのパーティは来年からどうすることになっているの?」
「それな。森じゃ魔物を狩ってもあんまり稼げねぇし、依頼も取り合いになってんだろ。クリフさんも頭抱えてたなぁ」
「ということは、ローマンのところはまだ決まってないんだ」
「まーな。しばらくは生活費目的で森に入りつつ、次のことを考えるしかねーな。その点、ピーターのところはうまくやってるよな」
「そうだね。元々戦力面はいまひとつだったから、ずっと手探りで色々とやってきたことが今うまくいってるんだと思う」
ちびちびと木製のジョッキを口にしながらピーターが答えた。戦力的に劣る点を挽回するべく努力したおかげで、地味に今一番稼げているのが
次いでユウはマイルズに話を振る。
「マイルズのところはどうなの?」
「魔物狩りが頭打ちになっているから、早いところ何とかするとはリーダーも言ってたんだ。その案の中に、別の街に拠点を移すっていうのがあった」
その話をテリーから聞いていたユウは平静だった。しかし、初耳のローマンとピーターは目を剥いてマイルズを見る。
「マジかよ!?」
「まだ決まったわけじゃないらしいけどな。でも、この街での見通しが立たないとそうなるかもしれない」
「こりゃぁクリフさんにも言っといた方がいいかなぁ」
天井に顔を向けたローマンがため息をついた。その後もしばらくは
この4人で話題が尽きることはなく、明るい話の次は暗い話、そしてまた明るい話と移っていった。最終的に七の刻の鐘が鳴るまで壮行会は続く。ユウにとっても楽しい飲み会になった。
新年前日の四の刻の鐘が鳴った後、ユウは安酒場『泥酔亭』に来ていた。座る場所は1人のときの定位置であるカウンター席である。自分の席の横に
エラがすぐにやって来る。
「注文は何にするの?」
「薄いエールにパンとスープ」
「あんたねぇ、最後くらい景気よくいきなさいよ。それじゃいつもと同じじゃないの」
「夜に仲間と送別会兼壮行会をするから抑えておかないとまずいんだ。明日街を出なきゃいけないし、潰れるわけにはいかないんだよ」
「そんなんじゃ旅先で野垂れ死んじゃうわよ」
ため息をつきながらもエラはカウンターの裏へ姿を消した。
席に腰を下ろしたユウは一息つく。旅のためにと揃えて色々と詰め込んだ背嚢が重い。もっと軽くできないものかと一瞬脳裏に浮かんだが、散々検討してこれでも絞り込んだ方だということを思い出して諦めた。
そこへサリーがやって来る。
「ユウ、ここでお別れ会をしてくれても良かったんじゃないの?」
「実は事情がちょっと込み入っててね、
「あー、あの4人も引退するんだっけ?」
「そう。で、アーロンたちは壮行する方なんだけど、お金はあっちが出すから店はあっちにしろって言われたんだよ」
「お金を出さないんじゃそりゃ勝てないわよ」
「4人分も出せるわけないでしょう。あっちは4人で1人分だけでいいんだよ?」
「それは残念」
「ところで、干し肉20食分と水袋8つに薄いエールを入れてくれないかな」
「いいわよ。水袋を渡してちょうだい」
背嚢から水袋を取り出してユウが手渡すとサリーはそれを持ってカウンターの裏へ姿を消した。代わりにエラが注文の品を持ってやって来る。
「はい、お待ちどおさま。あーあ、ユウにこれをするのも最後なのね」
「結局エラとは5年くらい縁があったね。僕の中ではテリーやチャドと同じくらい長いよ」
「んー、あたしの中だとまあまあね。街にいる知り合いだと10年近い子もいるし。サリーやタビサさんもそうよ」
「それはすごいね。僕は10年以上同じ場所に住んだことがないから無理だな」
「そのうちどこかに腰を落ち着けたら長い付き合いもできるわよ」
どや顔をして諭すように返答するエラをユウは不思議そうに見た。
そのとき、カウンターの奥からタビサが顔を見せる。
「注文してくれた干し肉20食と水袋8つだよ。確認しておくれ」
「はい。確かにありますね。ありがとうございます」
「にしても、とうとう行っちまうんだねぇ。馴染みの客が減るのは悲しいよ」
「あんまりお店には貢献できなかったみたいですけどね」
「そんなことないさ。街にいるときは毎日来てくれて、仕事のための仕入れもしてくれるんだ。上得意だよ。たまに派手に飲むお客だけじゃ酒場をやってくのは難しいからね」
「馴染みの客を増やせなかったのは残念です」
「なに、サリーやエラがうんと増やしてくれるさ。ねぇ?」
「ふふん、任せてよ! もう何人か得意客を引っ張り込んだんだから!」
両手を腰に当てて胸を張るエラの鼻息は荒い。確かにそれだけの実績は積んでいるので偉ぶる根拠はあった。
目で笑いながらタビサがユウに話しかける。
「旅先じゃ体に気を付けなよ。倒れても誰も助けちゃくれないだろうしね。それに、冒険者は体が一番大切な財産だろう?」
「はい。薬もいくつか用意しましたから、ある程度のことは何とかなると思います」
「へぇ、用意がいいじゃないか。それじゃ心配ないね」
そう言うとタビサはカウンターの奥へと引っ込んだ。
次いでエラが声をかけてくる。
「せいぜい楽しんで来なさい。それでもし戻って来たら、あたしたちにもたくさんお話してちょうだいよ」
「うん、ここに戻って来たら必ず寄るよ。そのときに見聞きしたことを話してあげる」
「言ったわね。約束よ!」
笑顔のエラがホールへと向かった。
忙しくテーブルの間を動き回るエラの姿を見終えると、ユウは目の前の料理に手を付ける。パンをちぎってスープにひたし、それを口に入れて噛んで飲み込んだ。次いで木製のジョッキに口を付ける。
次に泥酔亭で同じことができるのはいつになるかわからない。ユウは1つずつ覚えるように食事を進めた。
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