別れを告げる人々(前)
稽古は以前よりも厳しくなり、魔物狩りではより実践的な戦い方を叩き込まれ、冒険者として必要な知識を教わった。当然ものには限度がある。しかし、その限度ぎりぎりまで鍛えられたのだ。
長いようで短い2ヵ月はすぐに過ぎた。季節は秋から冬になり、吐き出す息はすっかり白くなる。
年末が近い13月後半になると、ユウは知り合いや世話になった人に挨拶をすることにした。これ以上先延ばしにすると会えなくなる可能性が高くなるからだ。
冬至祭後、とある休日にユウは安酒場『泥酔亭』でテリーと落ち合った。時刻は六の刻の鐘が鳴ったばかりだが、日はとっくに暮れて外は真っ暗である。
丸テーブルに酒と料理が運ばれた後、ユウとテリーは木製のジョッキを持って口を付けた。最初に口を開いたのはテリーである。
「それにしても、まさかユウが旅に出るなんて思わなかったよ」
「色々考えた末に、最後は半分思い付きみたいなことなんですけどね。ただ、ずっとここにいることを考えるとちょっと息苦しく感じちゃって」
「なるほどな。最近は戦争の影響もあって俺もそう思うよ。去年までが懐かしいなぁ」
遠い目をするテリーを見ながらユウは木製のジョッキを傾けた。1年前はようやく生活が安定して冒険者としてやっていける自信が付いた頃だ。あのときは何年か修行してその後別のパーティに入るとぼんやり考えていたことを思い出す。
「テリーは来年からどうするんですか?」
「俺は
「何か解散しそうな感じの言い方じゃないですか」
「はは、さすがにそれはないよ。もしかしたら拠点をどこか別の町に移すかもしれないんだ。今月に入ってちょっとそんな話を聞いてね、どうするんだろうと思ってるのさ」
「やっぱり領内の東で冒険者が徴兵されたって話が関係しているんですか?」
「たぶんあると思う。でもそれだけじゃない。魔物狩りで稼げなくなってきたから、動けるうちに別の所へ行った方がいいって考えてると思うよ」
「みんな決断が早いですね」
「遅くなるとそれだけ選択肢が減るからね。でも、決断が早いのはユウも同じじゃないか」
「僕の場合はアーロンが先に年内で独り立ちさせるって決めたからですよ。最初僕はまだ何年かいるつもりでしたから」
「アーロンはさすがだなぁ。でも、同時に自分たちの引退も決断するとはね。そんなに見通しが暗いのかな?」
「みたいです。あと、きりがいいからここで引退しておくとも言ってました」
「まぁ、ずるずると続けて再起不能になるよりかはいいんだろう」
苦笑いと共にテリーは鶏肉をナイフで削って口に入れた。旨そうに噛んでから木製のジョッキを傾ける。どちらも一緒に飲み込んだ。
ソーセージを食べ終えたユウが話題を変える。
「話は変わりますけど、ダニーのパーティは今どうなっているんですか? あそこにアルフのところの後輩が2人入ったってチャドから聞いたんです」
「あいつかぁ」
「テリー?」
「今月に入ってパーティが壊滅したって聞いた。夜明けの森からぼろぼろになったダニーが1人で戻って来たところを目撃されている」
「それじゃ、ティムとジョナスは」
「後輩2人の名前かい? そのティムとジョナスが森から出てきたという話は聞かないな」
諦めの表情を浮かべたテリーがそのまま黙った。話を聞いたユウも肩を落とす。かつて夜明けの森で未帰還者の捜索をしたことがあるだけに希望は持てなかった。
しばらく気まずい沈黙がテーブル近辺を支配する。同じ場所から巣立った仲間が別の仲間を死に追いやったことが心に重くのしかかった。
その沈黙をテリーが先に破る。
「とても悲しい話ではあるが、冒険者ならどこにでも転がっているような話だ。この先ユウがどこに行くにせよ、これは変わらない。だから、割り切れるようになっておくんだよ」
「はい。ところで、その後のダニーはどうしているんです?」
「そこまでは知らないな。姿を見かけたという話も聞かない。もっとも、しばらくは出てこられないだろうな。ここ半年のあいつの評判は悪いし、姿を見せても誰も相手にしないと思う」
「そうですか」
「厳しい話だが、あれはあいつが招いた事態なんだ。だから、ダニー自身が解決しないといけない問題なんだよ。特にもうすぐここから出ていくユウは何もできないから、関わっちゃダメだ。どちらも嫌な思いをするだけだからね」
「わかりました」
「さて、それじゃ気分転換に、これからどこに行くのか教えてもらおうか。とりあえず、どこに行くかくらいは決めているんだろう?」
必要なことを話し終えたテリーはユウ自身に話題を振った。突然のことに目を白黒させたユウだったが話せることを話す。ユウとテリーの雰囲気が再び明るくなった。
この後、七の刻の鐘が鳴るまで2人で将来のことを語る。それはとても楽しいひとときだった。
翌日、五の刻の鐘が鳴る頃、ユウは市場にいた。昼下がりの中途半端なこの時間に店頭に大きな鍋を出している店へと向かう。
「チャド、スープを1杯ちょうだい」
「いいよ」
湯気立つスープがなみなみと入った木の皿を渡されたユウは、木の匙ですくって白い息を吹き付けてから口の中に入れた。すっかり慣れたこの味だったがふと首をかしげる。
「最初に食べた頃と味が少し変わってる?」
「よく気付いたね。最近は僕が自分で味付けをしてるんだ」
「え? もうそんなことをやっているんだ」
「えへへ。僕が継いだときに僕の味になるようにってスコットさんがさせてくれたんだよ」
手にしている木の皿の中身をユウは改めて見た。一見すると以前と同じようにしか見えない。味だけ変わるように調節していることがわかる。
少しの間雑談をしているとチャドが黙ってユウを見るようになった。そして、少し遠慮がちに問いかけてくる。
「何かあったの? 何でもない日にユウがここに来るのは珍しい」
「あのさ、僕、年が明けたらこの街を出て行くんだ。それで、いろんな所を旅して回るつもりなんだよ」
「そう。頑張って」
「あれ? 思ったよりも反応が薄いね?」
「だってユウは冒険者だから。冒険者はある日突然いなくなるのは珍しくないよ。ここのお客でもよくいる。それに比べたら、最後に会いに来てくれたユウはずっとましな方だよ」
「そうなんだ」
「うん、そう。お店をしていたら名前も知らない人とたくさん出会うけど、いつの間にか同じくらい別れているんだ。だから慣れたよ」
「そっか」
自分よりも年下のチャドが意外に達観していることにユウは衝撃を受けた。内心では結構しんみりとしていたので、想像以上に大人な態度のチャドに戸惑いを覚える。
そのチャドがユウの姿を見て笑みを浮かべた。鍋をかき混ぜながらしゃべる。
「ユウだってある程度は慣れてるでしょ。だって、アレフのところで誰かが出ていったり誰かが入ってきたりって、散々経験してたじゃない」
「あー、うん、そうだね」
「それに、冒険者になってからもそういうのは多いんじゃないの?」
指摘されたユウは目を丸くした。振り返ってみれば、ユウの交友関係はこぢんまりとしていたこともあって、人がいなくなったり新しく入ったりという記憶がない。既に成熟しているパーティメンバーとばかり付き合っていたことが大きな理由だ。
そのため、むしろ出会いと別れに関しては冒険者になる前の方が多く経験している。そのときはどのように先輩を送り出し、新人を迎え入れていたか。それを今になって思い出した。
今回のユウは、街を出て行くと言う意味では送り出される側であり、
「ありがとう、チャド。見落としていた点に気付いたよ」
「それは良かった」
「もしここに戻って来たら、旅先であったことをチャドにも聞かせてあげるね」
「うん、わかった。楽しみにしてる」
背後に現れた客の気配を察したユウは脇に移動した。そうして少し冷めたスープをまた食べる。スープを食べ終わったユウは籠に食器を入れた。
客足は少しずつ増えてきたために人だかりが大きくなってくる。チャドは忙しそうに応対していた。
最後にユウは少し離れた所からチャドに声をかける。
「チャド、ごちそうさま。おいしかったよ!」
ちらりとユウへ顔を向けたチャドが笑みを浮かべた。そして、すぐに客に向き直る。
その姿を見たユウは踵を返してスープ屋から立ち去った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます