引き継ぐもの、目指すもの

 12月になった。季節は晩秋となりつつあり、それに合わせて徐々に肌寒くなっていく。空も白から鉛色に変化していくので陰鬱な気になるのは避けられない。


 今や寝るときは外套が手放せなくなりつつあるユウは、それでも月に1回か2回は水浴びと洗濯をしている。もはや完全に習慣と化していた。


 この日もユウは寒さに震えながら体と服の汚れを落とし、安宿屋『ノームの居眠り亭』へと戻る。稽古でかいた汗も洗い落とせたのでさっぱりしたと上機嫌だ。


 室内に入ってユウが仲間のところへとたどり着くと、アーロンが寝台から立ち上がる。


「ユウ、帰ってきたな! これから飲みに行くぞ!」


「はい? え、あ、ちょっと」


 肩を叩いて通り過ぎるアーロンに目を丸くするユウだった。ところが、ジェイク、フレッド、レックスが次々と背嚢はいのうを背負って続いていくのを見て、慌てて自分の荷物を背負ってついていく。


 宿を出たユウは困惑しながらも仲間の後を歩いた。アーロンが仲間を連れて飲みに行くのは珍しくない。仕事の話をするときはいつもこうだからだ。最近は夜明けの森での獣狩りも以前ほど稼げないので、また何らかの依頼を受けるのだろうと予想する。


 いつのもように貧者の道を通って安酒場街に入り、酒場『昼間の飲兵衛亭』の扉をくぐった。三の刻の鐘が鳴った直後なのでまだ客の数はまばらである。


 丸テーブルの1つの脇に荷物を降ろしたアーロンは席へと座った。仲間が次々と続くのに構わず給仕を呼ぶ。


「いつもの酒と料理を持ってきてくれ」


 その声を聞きながら最後にユウが席に座った。懐から革袋を取り出して手を入れたところでアーロンに声をかけられる。


「今日はいい。俺たちのおごりだ」


「え? そうなんですか?」


 いつもと違うことにユウは戸惑った。そして、少し前にもこんなことがあったことを思い出す。取り出した革袋を懐にしまった。


 木製のジョッキと肉を中心とした料理が運ばれてくる。全員が木製のジョッキを手にすると思い思いに口を付けた。


 話の内容がわからないことで不安な顔をするユウにアーロンが話しかける。


「あれは西端の街道の巡回に出る前だったか、お前とサシで飲んだときがあっただろ」


「はい、僕が独り立ちする時期について話してくれたときですよね」


「そうそう、それだ。アドヴェントの町の状況が良くねぇから早めに独り立ちさせるって話だった」


「確かに最近の状況って悪くなりつつありますよね。半年前、いや夏の頃にだってここまで悪くなるって思いませんでしたよ。アーロンの言う通りになりましたね」


「どうだ、すげぇだろ、っと言いたいところなんだが、正直当たってほしくなかったぜ」


 苦笑いしたアーロンが木製のジョッキを傾けた。中身を飲み干すと丸テーブルに音を立てて置く。そして、次の木製のジョッキを握った。


 たぐり寄せた木製のジョッキを持ったままアーロンが話を続ける。


「今ユウが俺の言った通りになったと言ってくれたが、実のところ思ってたよりも今の状況は悪いんだ。ずっと前にこれからは依頼をもっと受けていくって言ったが、実のところ最近はその依頼もなかなか取れねぇんだよ」


「え? 依頼が減ったんですか?」


「違う。取り合いになってきたんだ。夜明けの森で稼げねぇ奴が予想以上に増えたせいで、何でもいいから仕事をかっさらっていく連中が増えたんだ。魔物狩りは成果によっちゃ足が出る可能性があるが、依頼元が町なんかだとぎりぎり利益になるからな。みんな手堅い方を選び始めたんだ」


 思ったほど依頼をこなしてこなかった理由を知ったユウは目を丸くした。しかし、それでも自分たちはまだましな方なんだとも思う。少なくとも、まだ夜明けの森で何とか稼げているからだ。


 ここでずっと話を聞いていたフレッドが口を挟む。


「町としては大喜びだろうぜ。依頼を出しただけでパーティが群がってくるんだからな!」


「最近指名依頼が減った理由がやっとわかったぜー」


 肉をひたすら食べていたレックスがうなずいた。確かに夏の貧民街の警備を最後に、受けた依頼はいずれもアーロンが取ってきたものばかりだ。


 木製のジョッキから口を離したジェイクが独りごちる。


「現状は魔物狩りであれ依頼であれ、稼げなくなりつつあるんだよな」


「そうなんだ。だから、俺たちもそろそろ決断しようと思ったんだ」


 ジェイクの言葉を受けてアーロンが言い切った。木製のジョッキを丸テーブルに置いてユウをじっと見る。


「ユウ、お前が独り立ちするのに合わせて、俺たちも冒険者を引退するぜ」


「え? は?」


 耳で聞き取ったアーロンの言葉を理解するのにユウはしばらくかかった。持っていた木製のジョッキを丸テーブルに置く。確かにもう何年もしないうちに引退するとは前から聞いていたが、自分の独り立ちに合わせてとは想像もしていなかった。


 呆然とするユウを見てアーロンが苦笑いする。


「実を言うとな、状況が許すならもう少し冒険者を続けるつもりではいたんだよ。けど、こうも稼げなくなっちゃぁもうダメだ。無理をすればもう少し続けられるだろうが、その先じゃ間違いなく身動きが取れなくなってる。だったら、早めに決断しようと思ったのさ」


「それじゃ、別に僕が独り立ちするから引退するわけじゃないんですか」


「いいきっかけではあるが、原因ってわけじゃねぇよ。最後にやれるこたぁやったんだし、もういいかって思ったんだ」


「なるほど」


「それで、1つ聞いておきたいことがあるんだ。ユウを受け入れるときにも言ったんだが、パーティ名の古鉄槌オールドハンマーを引き継いでくれるか?」


「ああ」


 そんな話もあったなとユウは思い出した。稽古を付けてもらうことに意識を向けすぎていてすっかり忘れていたが、アーロンたちは自分たちの持っているものを引き継いでくれることを期待していたのだ。


 未だに4人に敵わないユウとしては、このパーティ名を引き継ぐのは荷が重いように思われた。しかし同時に、自分以外で引き継げる者がいないことも理解している。だから返答は1つしかない。


「わかりました。引き継ぎます」


「そうか、引き継いでくれるか! ははは!」


 ユウからの返答を聞いた4人は破顔した。叫ぶ者もいれば木製のジョッキを一気に傾ける者もいる。


 それを見たユウも顔をほころばせた。このパーティに入って本当に良かったと思う。笑顔をそのままにユウは木製のジョッキを傾けた。


 ひとしきり喜んだアーロンが再びユウに話しかけてくる。


「そうだ! ユウ、お前のやりたいことをまだ聞いてなかったな。なんか見つかったか?」


 問われたユウは再びそんな話も合ったなと思いだした。色々と考えてみたがなかなか思い浮かばなかった件だ。改めて考えてみる。


 今までは生活を安定させることが何よりの目標だった。最初は町の中で再び働くことで実現しようとしたが叶わず、最後は冒険者として達成できたかに見えた。しかし、戦争の影響でそれも不可能になりつつある。結局、不安定な生活に戻ってしまいそうだ。


 しかし、不安定でありながらもこの身は自由であることに気付く。町民のように身分保障と引き換えの制約はなく、村人のように土地に縛られているわけではなく、貧民のように貧しくて何もできないわけではない。すべて中途半端だが、それだけに何でもできる。


 そこまで考えて思い出したのはずっと昔の話だ。かつてまだユウの祖母が生きていた頃、色々と話してもらったこと。遠くの東にある大国、変わった生き物、不思議な場所。聞いたことはあるけれど見たことはない。


「アーロン、1つやりたいことが見つかったんですけど」


「お、なんだ? 言ってみな! なんでもいいぞ!」


「旅をしてみようかと思うんです。昔、おばあちゃんが色々と話を聞かせてくれたんですけど、それが本当かどうか確かめたいんです」


「どんな話なんだ?」


 不思議そうに4人から注目されたユウは祖母の話の一端を紹介した。話をしている本人もよくわかっていないので質問にはほとんど答えられなかったが、何をやろうとしているのかは伝わる。


「なるほどな、謎を巡る旅か。悪くねぇ。いや、いいぞ! そいつぁ楽しそうだ!」


「今思い付いたんですけどね。これしかなくて」


「いやいや充分だ! だったらこっちも手伝ってやるぜ!」


 聞き出したユウの要望を気に入ったアーロンが嬉しそうに叫んだ。他の3人も目を輝かせる。更に祖母の話を聞き出そうと4人で話をせがんだ。


 その後、丸テーブルを囲んだ5人は普通の飲み会へと移っていく。珍しくユウが話題提供の中心だ。幸い、祖母の話はいくらでもあるので話題が尽きることはない。


 この日、ユウはまたもや酔い潰れるまで4人に飲まされる。そしてこれが、仲間の前で最後に見せた泥酔状態の姿だった。

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