嫌な雰囲気

 もう夏でもなくしかしまだ冬ではないこの時期はかなり涼しい。特に朝晩はたまに肌寒く感じられることがあるほどだ。また外套の世話になる季節がやってくるのかと寒がりな者たちは嘆くが、今はまだ冷え込みは厳しくない。


 曇り空が広がる空の下、ユウが次の魔物狩りの準備で貧民街を歩いていると以前と違う雰囲気を感じ取った。収穫祭は既に過ぎているので祭の浮かれた気分でもない。肌がひりつく嫌な感じだ。


 首をかしげながらも準備を終えたユウは仲間と共に夜明けの森へと入る。そうしていつものように魔物狩りを始めようとしてうまくいかなかった。肝心の魔物が見当たらないのである。


「あれ? 去年もこんなにいなかったかなぁ?」


「いや、明らかに魔物の数が少ねぇぜ。こいつぁいよいよ苦しくなってきやがったな」


 不思議そうに首を傾けるユウに対してアーロンが眉間に皺を寄せた。以前から予測していたことが実現しつつあるのだ。


 夜明けの森の近場ではまったく魔物を見かけなくなったことから、古鉄槌オールドハンマーは更に奥へと進む。2日目からはようやく魔物と遭遇するようになったが、それでも数はずっと少なかった。


 普段通り3日で夜明けの森を出たユウたちは魔物討伐証明の部位を換金したが、予想以上に金額が少ない。


 頭数で割った報酬を受け取ったジェイクが渋い顔をする。


「去年の同じ時期に比べて4分の1ほど少ないな。今はまだ利益があるが、これはそのうち危ないんじゃないか?」


「森で活動するための準備はケチれねぇし、生活費だって元々ぎりぎりだ。となると、いよいよ酒代を削るのか? ちっ、しけてんなぁ」


 受け取った貨幣を革袋に入れたフレッドが愚痴った。夜明けの森の魔物の数は季節によって変動するが、冒険者としての活動費は固定費の部分が多いので削れない。なので、これから更に魔物が減る冬のことを考えると頭の痛い問題だ。


 季節が秋に移ってから自分たちの生活が急速に苦しくなっていくことにユウは不安を覚えた。話で聞くだけと実際に体験するのとは大違いである。


 それでも、今はまだわずかに出ている利益をかき集めて、ユウは冒険者ギルド城外支所へと足を向けた。室内は以前よりも人の数が増えたが前ほど活気はない。何となく寂しい光景だ。


 感傷にひたりつつもユウは列のない受付カウンターの前に立つ。


「レセップさん、両替させてください」


「こんなときでもきっちりと稼いでんのか。大した奴だなぁ」


 頬杖をしていたレセップが呆れたような口調でしゃべりながらユウに目を向けた。受付カウンターの上に置かれた銅貨を手に取ると立ち上がる。しばらくすると、戻って来て銀貨をユウに手渡した。


 嬉しそうに銀貨を革袋に入れるユウにレセップが話しかける。


「こんな頻繁に両替してくる奴なんざお前さん以外にいねぇぞ」


「えへへ、必要な物も一通り買った後は意識して貯金していますから」


「貯金が趣味なのか?」


「そういうわけじゃないですよ。ただ、この先何があるかわからないじゃないですか」


「堅実だなぁ。とても冒険者とは思えん。もっとこう、パァっとカネを使いてぇって思わねぇのか?」


「知り合いとたまに飲みに行きますよ。そのときはおごることもありますけど」


「完全な堅物やケチってわけでもねぇのか。かぁ、どこまでも優等生じゃねぇか。全然面白くねぇ。お前さんはもっとこう羽目を外すべきだ!」


 詰問しているレセップは嘆かわしそうに天井へと顔を向けた。責められているユウは困惑しながらそれを見る。


「別に僕のお金の使い方なんてどうでもいいじゃないですか。それに、最近は段々と稼げなくなってきているんで、あんまり無駄遣いできないですし」


「やっぱお前さんのところでもそうなのか?」


「はい。特に今月に入ってからはひどいですよ。先月に比べて少し減ったってどころじゃなくて、去年の今頃と比べても4分の3くらいにまで減りましたから」


「銅級の連中は大体似たようなこと言ってるな。それでもまだ稼げるだけましだ。鉄級でも真ん中よりも下の連中は稼げねぇって嘆いてやがる」


 面白くなさそうに言いながらレセップは席に着いた。それからユウに目を向ける。


「なぁ、お前さんところの狩りはどんな感じなんだ?」


「うーん、森に入って最初の1日は全然魔物を見かけませんでした。2日目にはやっと遭遇するようになったんですけど、それでも数は多くないです」


「もう近場にはほとんどいねぇんだな。町としては魔物が溢れる心配がなくて万々歳なんだが、これじゃ冒険者の方は商売上がったりだ」


「みんなどうしているんですか?」


「大体3つに別れるな。1つは森の更に奥へ行くパーティ。中には1週間以上先に進む連中も増えてるみたいだが、その分だけ未帰還者も増えた。次いで薬草採取に励むパーティも出てきた。これだけ魔物が狩れないと、薬草を採る方が割に合うようになってきたんだよ。更に言うと魔物をあらかた駆逐した地域が広がって採りやすくなったって理由もある」


「薬草採取! その手がありましたね!」


「ああ、お前さんはそういうのが得意なんだっけか。できるんならそっち側も考えておいた方がいいな。あと最後に、町の依頼に比重を移すパーティもある。最近は街道の巡回や盗賊の討伐の依頼のも増えて来てるからこっちは都合がいいんだが、いかんせん安い」


「それは僕も思いました。本当に活動費くらいしか払おうとしないんですよね」


「どこもカネがねぇんだよ。特に町はトレジャー辺境伯爵から戦費調達を何度もせびられている上に、領内の治安維持もしなきゃなんねぇしな」


「戦争さえなかったら、こんなことにはならなかったんですよね」


「その通りだが、今更そんなことを言ってもしょうがねぇよ。ということで、魔物の数が増える来年の春までどうやってしのぐのか考えておけ。この分だと来年の間引きはないかもな」


「そんなに魔物がいなくなっているんですか?」


「何しろこの半年でパーティが倍に増えたからな。この傾向は当分変わらんだろうさ」


 再び頬杖をついたレセップと別れたユウは考えた。冒険者ギルドの職員からもアーロンの予想と一致するような話を聞いたということは、これから先の見通しが暗いのは確定と見て良いだろう。年内に独り立ちするのならどうするべきなのか頭をひねった。


 冒険者ギルド城外支所の建物から出たユウは貧者の道をぶらぶらと歩いてそのまま市場へと入る。そうして何となく歩いているとあの匂いに引っかかった。鍋をかき回すチャドに引き寄せられていく。


「チャド!」


「ユウ、久しぶり。1杯食べてく?」


「うん、もらうよ」


 代金を支払ったユウは木の皿を受け取って脇に移動した。木の匙でかき回してからスープを食べる。涼しくなってきたのでスープの熱さが心地よくなってきた。しばらく食べることに集中する。


 たまに食べるスープのおいしさをユウが味わっていると、店番をスコットに代わってもらったチャドが近づいて来た。気付いたユウは手をとめてチャドへ顔を向ける。


「どうしたの?」


「話しておきたいことがあるから、ちょっとだけスコットさんに代わってもらった。前にティムとジョナスがダニーに誘われたことを話したのを覚えてる?」


「うん。あれからどうなったのかまでは知らないけど」


「夏頃にティムがダニーのパーティに入ったらしい。パットがそう言ってた」


 不安に思っていたことが実現したと聞かされたユウは目を見開いた。かろうじてうなずくのが精一杯である。


「更に先月ジョナスもダニーのところに行ったって聞いた」


「2人とも行っちゃったんだ」


「うん。その後のことは聞いてないけど、今の冒険者は稼ぎが悪くなってきてるってお客が言ってた。これは本当なの?」


「夜明けの森の魔物狩りのことだよね。それなら本当だよ。僕のところも稼ぎが減っているんだ」


「ダニーのパーティはうまくやってると思う?」


 問われたユウは返答出来なかった。周囲から話を聞いている限り、中堅以上でもやっとの稼ぎで下の方は相当苦しいはずだ。ダニーのパーティが充分に魔物を狩れている可能性はかなり低い。


 周囲との軋轢を抱えたまま、更に内部にも問題がありそうなパーティがうまくやっていけるとユウには思えなかった。かつての仲間が3人も一緒に不幸になりそうな状況にうろたえる。


「その様子じゃ、ダメなんだね」


 とっさに返事ができなかったユウは表情を硬くした。


 2人の間に微妙な雰囲気が漂い始めたとき、スコットがチャドを呼ぶ声を耳にする。見れば客が増えて来たようだ。慌ててチャドが鍋へと戻っていった。


 話は中途半端で終わってしまったが、ユウははっきりと言わずにすんで安心する。しかし、スープの味は少し落ちた気がした。

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