故郷の村(後)
村人の遺体を埋葬した翌日、デクスターは村長宅の前に全員を集合させた。揃った7人を前に口を開く。
「昨日は村民の埋葬で終わったが、今日は盗賊の手がかりを探すことにする。各自、割り振られた場所に何かないか探すように」
デクスターが言い終わると、ショーンがそれぞれに担当地域を示していった。
「デクスター隊長、担当地域の割り振りが終わりました」
「よろしい。では、っとその前に、ユウ、気持ちは落ち着いたか?」
「あ、はい。昨日よりは」
「そうか。よし、それは全員行動開始!」
目を真っ赤にしたユウに声をかけたデクスターは1つうなずくと号令をかけた。同時に7人が散って行く。
割り振られた担当地域に自宅があることにユウは複雑な思いがあった。何らかの配慮なのかそれとも捜索の効率を重視したのかわからない。ともかく、仕事は仕事と切り替えて捜索に臨む。
最初にユウが考えたのはなぜ村を襲ったのかだった。もちろん金目の物や食料を奪うためだが、中心となる目的を知れば探しやすいと思ったのである。
「この辺りに盗賊が出るようになったのは難民がやって来るようになったからだから、元は難民の可能性が高い。難民が一番欲しがる物は? お金? 食べ物?」
自宅近所の家にたどり着いたユウはぐるりと1周した。遺体を運び出すため扉は開けっぱなしだが、まずは裏手にある納屋に入った。この開拓村の家は裏手に納屋があり、その納屋は収穫物を収める倉庫に直結している。
「やっぱり空っぽだ。そりゃ全部持っていくよね」
何も残されていない倉庫内を見たユウはつぶやいた。周囲を探してもこれといったものは見つからない。納屋から出たときにふと地面を見ると、自分のものとは違う足跡がいくつもあった。それは家の前の道にまで続いて消えている。
「別に同じ土なんだから足跡が残っててもいいはずなんだけどなぁ」
首をかしげながらもユウはその後何軒か捜索してみたがどれも結果は同じだった。
ため息をつきつつもユウは自宅の番になったので納屋から倉庫に入る。やはり空っぽで、このとき初めて怒りの感情が湧いてきた。食べ物に困った記憶が蘇ったのだ。
次いでユウは自宅内を見てみる。荷物の入った箱をひっくり返したかのような有様だった。一部には血糊が付いている。気持ちが沈んだ。しかし、懐かしむ気持ちはいくらか残っていたので室内を見回した。かまど、窓、物入れの箱、そして寝床。
寝床を目にしたユウは何となく近づいた。昨晩久しぶりに寝た場所である。
「そういえば、ここでよくおばあちゃんにお話を聞かせてもらったなぁ」
跪いたユウは懐かしそうに藁葺きの寝床を眺め続けた。毎晩違うお話をしてくれた祖母の話は尽きることがなく、いくらでも物語が湧いて出てくるのが本当にすごく感じられたことを思い出す。
「そうそう、ここで万華鏡をもらったんだよね。あ、万華鏡?」
祖母との思い出にひたっていたユウは自分の言葉に驚いた。冬のある日、もう長くない祖母が譲ってくれた思い出の品である。
しばらく目を見開いてじっとしていたユウは突然立ち上がった。あのもらった万華鏡をどこにやったのかを思い出す。すぐに家を飛び出した。
自宅の裏手に回ってそのまま走るとすぐに丘がせり上がる。しかし、そこは登らずに脇に逸れ、もう1つの丘との谷の部分に入る。あまり高くない下草を踏みながら進むと、一方の丘の斜面が崩れているところに出くわした。大半が土砂であるが一部は岩である。その岩の隙間に何かが挟まっていた。一見すると何かわからない。
「あった!」
叫んだユウはその岩の隙間に挟まっていた何かを掴んだ。すぐに引っぱって取り出した。ユウが手にしているのはぼろぼろの巾着袋である。泥を被り、元の色彩がわからない。それを開けると、次いで油紙に包まれた何かが現れる。
わずかに震える手でその油紙を開けると円筒形の筒が現れた。表面に赤く細い糸が巻き付けられ、その上に花のような模様が織り込まれている。底の部分は半透明で奥に多数のかけらがぼんやりと見え、反対側にはのぞき穴があった。
最後に隠したときそのままの万華鏡を見てユウの顔がほころぶ。中を覗いてみると、色とりどりのきれいな小石みたいなものが筒の中いっぱいに広がっていた。更に円筒形を手で回してみると次々に変化していく。小さくとも幻想的な世界だ。
しばらく覗いていたユウは万華鏡を目から話して満足そうに息を吐く。
「良かった。まさかまた手にできるなんて思わなかったよ」
諦めていた物を再び手にすることができたユウは満面の笑みを浮かべた。大好きだった祖母の形見だけにその喜びは大きい。
嬉しさが徐々に引いてきたユウは次いで万華鏡をどうしようか考える。もちろんこれはユウの私有物なのでどうしようが自由だ。たまたま秘密の場所に隠して盗賊の難を逃れただけである。
ただ、珍しい品ではあった。どこにあるかわからない祖母の国で作られた物であり、今まで町の内でも外でも見かけたことがない。ただの玩具だと祖母からは聞いているが、人によっては欲しがるかもしれない。
色々考えた末に、ユウは誰にも言わずに
結論を出すと、ユウは背負っていた背嚢を降ろして万華鏡を中に入れた。そこで一息ついて再び背嚢を背負う。
「ここには何もなかった。よし!」
傷んだ油紙をぼろぼろの巾着袋に入れて岩の隙間へと突っ込んだユウは何度もつぶやいた。そうして自宅へと戻る。
その後、ユウは担当地域の残りの場所を調べたが、特にこれと言った手がかりは見つけられなかった。調査が終わってデクスターの元へ戻ると他の6人が既に待っている。
「ユウ、どうだった?」
「申し訳ありません。盗賊の手がかりは何も見つかりませんでした」
「そうか。となると、宿駅に続く小道以外で村の外まで付いていた
顎に手をやったデクスターが目を閉じた。村人を1人も逃さす全員殺したことから、それが可能な人数であることには間違いない。
「よし、決めた。ショーンはすぐにアドヴェントの町へ戻ってこのことを報告しろ。残りは次の村へ行ってこのことを伝えて警戒させる。そして、近辺の村に警告を発しながら町に帰還する。ショーン、今すぐ行ってくれ」
「はっ、了解しました!」
命じられたショーンは敬礼すると、すぐに踵を返して駈け足で村を出て行った。
それを最後まで見送ることなくデクスターが他の6人に命じる。
「では、次の村に向かう。こちらも急ぐぞ!」
馬に乗ったデクスターの号令に全員が応じて歩き始めた。
状況は大変なことになっているが、ユウは内心今や自分のことで手一杯になっている。万華鏡を取り戻したことで家族の死の衝撃は和らいだが、それでも完全には払拭できていない。心を整理するための時間はしばらく必要だろう。
更にもう1つ、ユウはこれからどうしようか真剣に考え始めるようになった。年内で独り立ちすることになっているが、その先どうするのかということはまだ何も思い付けていない。アーロンにも何度か言われたが、ここに来てようやく考える気になったのだ。
そうやってユウが色々と考えているうちに物事は進んで行く。デクスターたちは最後の村に立ち寄って前の村であったことを伝えて警告すると、宿駅で1泊してから西端の街道を引き返し始めた。そして、宿駅に到着する度に再び村へと赴き、警戒するよう忠告する。
元々噂を聞いて不安になっていた村はこの話を真剣に受け止めた。駐在する戦士ギルドの代表者も頭を抱えつつも対策を講じることを約束してくれる。
他方、危機感のなかった村々の反応は鈍かった。被害に遭った村が遠いということもあって他人事としてしか受け止めないのである。この態度にデクスターたちはもどかしい思いをしたが、今の段階では警告をする以上のことはできなかった。
しかし、悪いことばかりではない。先に戻ったショーンの急報を受けて、戦士ギルドが派遣した増員とすれ違ったのだ。さすがに実害があると動きが早い。
そうしてアドヴェントの町を出発して2週間と少しを費やし、デクスターたちはようやく町に戻る。戦うことこそなかったものの、緊迫した巡回だった。
南門の検問所横にある原っぱに到着したところで
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