故郷の村(前)

 アドヴェントの町を出発して7日目、この日もそれまでと同じように村を回る。寝泊まりした宿駅を管理する村を訪問してから西端の街道を進む。


 この頃になると誰もが巡回に慣れていた。フレッドとレックスも道中雑談にふける。


「やれやれ、あと2つ村を回ったら終わりかぁ」


「さすがにこの辺までは来たことねーなー」


「街道もいつの間にかほぼ東に向かってるし、そろそろ別の領地になるんじゃねぇの?」


「さーなー。にしても、南っかわに広がってる丘、ひれーなー」


 2人は揃って南側へと顔を向けた。背丈の低い草木が生えている丘陵地帯が地平の彼方で白い雲と接している。たまに視界を遮るような木々が生えているがその数は少ない。


 その丘を見ながらレックスがジェイクに声をかける。


「ジェイク。次の村ってどこにあんだ?」


「俺が知るわけないだろう。デクスター隊長に聞けよ」


「この南側に広がる丘陵地帯の中にあるんですよ。比較的なだらかな丘の斜面に畑を作ってるんです。小さい開拓村なんです、あそこは」


 いきなり説明を始めたユウにフレッドとレックス以外も顔を向けた。


 急に全員から目を向けられて驚いたユウは愛想笑いする。


「次の村は僕の故郷なんです」


「そういえば、お前は町で買われたんだっけな。ということは、売ったのは」


 アーロンが口を閉ざした先の言葉に全員気付いていた。よくある話ではあるが、売られた本人が目の前にいるとなるとさすがに気まずい。


「家族とどんな顔をして会えばいいのか正直なところ困ってますけど、売られたこと自体はもう整理できてますよ」


「そうか。どうしても会いたくねぇんだったら、宿駅で荷物番でもいいぜ」


「ありがとうございます。でも大丈夫ですよ。一緒に行きます。大体、今のアーロンはそんなこと勝手に決められないでしょう?」


「あーまーそうなんだけどよ」


「構わんぞ。どのみち馬の世話は必要だしな」


 話に割って入ってきたデクスターにユウとアーロンは顔を向けた。馬の背に乗った隊長が振り向いている。その帯剣貴族に向かってユウは首を横に振った。少し苦笑いした隊長はうなずくと再び前を向く。


 昼頃、次の宿駅に着いた。いつもならここで昼食を食べて、それから村へと向かう。


 ところが、この宿駅はどこかおかしかった。まず、誰もいない。宿駅は領主の使いや軍の兵士の休憩所が本来の役目だ。そのため、通常は常に1人は管理者として居住するよう定められている。それなのに誰もいないというのは異常だ。


 異変を察知したデクスターはすぐに全員を警戒させた。そして、粗末な建物とその周辺を捜索させる。しかし、人がいないという以外はすべて正常だった。


 険しい顔をしたデクスターはしばらく考え込んでからユウを呼ぶ。


「ユウ、お前がまだこの村にいたとき、宿駅を空にする習慣はあったか?」


「ないです。聞いたこともありません」


「先程までの道中で、異常を知らせる者がこちらにやって来たわけでもない。一体何が起きている? 仕方ない。全員、ここで小休止する。その間に昼食を手早く済ませろ。休みが終わったらすぐに出発する」


「デクスター隊長、馬はどうします? 宿駅の厩は使えますが、誰もいないとなりますと繋いでおくわけにはいきませんが」


「そのまま乗っていこう。幸い歩かせただけだからな。こいつに飼い葉と水だけやっておいてくれ」


 ユウに次いでショーンと言葉を交わしたデクスターは馬を下りて中年の兵士に引き渡した。


 休むことを命じられた古鉄槌オールドハンマーの5人は表情が暗い。特にユウは青ざめて食事どころではなかった。




 小休止が終わるとデクスター小隊は村へ続く小道に入る。丘と丘の間を縫うように伸びていた。


 何もかもが懐かしい風景だが、ユウにとっては今それが逆に恐ろしい。同行を希望したが、その足取りはかなり重たかった。


 やがて視界が開ける。一見すると小麦の種まきが始まろうとしている村の風景が広がっていた。それはユウの記憶と一致するものだ。一瞬、懐かしさがこみ上げてくる。


 最初に疑問の声を上げたのはアーロンだった。小首をかしげてつぶやく。


「静かすぎるな」


「え?」


「小麦は秋になったら種を蒔くんだよな。なのに誰も外に出てねぇってのはおかしいぜ。ユウ、この村じゃ全員家に閉じこもる風習なんてあるのか?」


「ないです。それじゃ、みんなどこに」


「デクスター隊長、今の時期に村人が誰も外に出てねぇのはおかしいです。まずは家に人がいるか確認しましょうぜ」


「そうだな。一番近いあの家に向かおうか」


 村の入り口に最も近い粗末な家を指差したデクスターはそのまま馬を進めた。残りの7人も後に続く。


 最初に異変に気付いたのは臭いだった。何となく血の臭いが鼻についたのだ。家の前にたどり着くと壊された扉が地面に転がっている。


「ああ」


「ユウ、お前は待ってろ。デクスター隊長、ジェイクとフレッドの2人に家の中を調べさせまずぜ?」


「わかった。任せる。それより、ユウは真っ青だぞ」


 呆然としているユウを見たデクスターが眉をひそめた。アーロンに肩を押さえられたまま動かないでいる。


 残った6人が待っていると、家の中を調べていたジェイクとフレッドが戻って来た。一歩前に出たジェイクが口を開く。


「家の中は荒らされてました。それと、死体が3つ。殺されてまだそんなに経ってません。昨日か一昨日あたりだと思いますよ」


「そうか。だったらまだ周辺の村が気付いていないのも納得できるな。往来する旅人も少ないことが裏目に出たな」


 すれ違う旅人の数が1日に1人いるかどうかでは、異変があっても周囲には広がりにくい。昨日までまったく知らずにいたのも無理のないことであった。


 こうなると村が静かな理由も理解できる。生きている人間はもう誰もいないのだ。


 それに気付いたユウがはじかれたように踵を返して走り出した。仲間の制止も聞かず、ひたすら走り続ける。村を離れた当時と何も変わっていない風景、小さかった頃に散々通った道、それらの中を走り抜けて粗末な1軒の家の前で立ち止まった。


 家の扉は開きっぱなしで、その中から血の臭いが漂ってきている。1軒目の家と状況はほぼ同じで、しかしそれ以外は家を離れるときに見た光景と何も変わらない。


 ふらつく足で入り口の前に立った。室内は薄暗く、汚いなりに整頓されていたはずの中は物が散乱している。その中に、動かなくなった中年と青年の遺体が折り重なるように倒れていた。どちらも仰向けでその顔は恐怖に引きつったままである。


「ああ」


 ユウと父親との関係は微妙だった。お互いに直接気に入らないというよりも、ユウがおばあちゃんっ子だったから好かれていなかったということを今のユウなら理解できる。振り返ってみれば、父親は祖母と接するときはいつもやりにくそうだった。


 一方、兄とはあまり接した記憶がない。こちらも直接お互いどうというよりも、兄が祖母を好いていなくて近寄らなかったので疎遠になったのだ。元々あまりしゃべらない性格だったこともあり、ユウのことをどう思っているのかは最後までわからずじまいだった。


 仲が良かったわけではなかったが、悪くもなかった。楽しく会話をした記憶もほとんどない。しかし、それでも家族だった。不幸になってほしいともましてや死んでほしいなどと思ったことはない。何より、こんな死に方をしていいとも思わなかった。


 背後から近づいてくる足音がユウの耳に入る。しかし、まったく反応しない。その足音はユウの真後ろで止まる。


「ユウ、埋めてやろう」


 肩に手を置かれたユウはアーロンの声に従った。表情の抜け落ちた顔のまま裏手の納屋に回って、昔とまったく同じ位置にあった鋤やシャベルといった道具を取り出す。


 村の墓地の一角に穴を掘った。村人全員分をまとめて埋められる墓穴を掘る。デクスターを除いた7人が穴掘りに参加したが、それでも夕方までかかった。そこから遺体を集めて丁寧に並べ重ねてゆく。穴を埋め終わった頃には日が沈みかかっていた。


 作業の終わった7人にデクスターが声をかける。


「ご苦労、今日はもう日が暮れる。宿駅に戻るのは明日にして今日はこの村の家を使うことにする」


 全員がちらりとユウを見た。あれ以来無表情のままである。しかし、他の者たちは声をかけてやることすらできない。


 1泊する家は比較的ましな状態の家屋が選ばれた。幸い、数には困らなかったので寝泊まりする場所には困らない。


 ユウは自宅を希望した。本来ならば任務中なので団体行動が原則なのだが、デクスターの計らいで1人で泊まることを許される。


 改めてユウが自宅に入ったとき、中はほぼ真っ暗だった。明かりがなければこうだったと今になって思い出す。同時に目から涙が溢れた。

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