長期巡回任務
季節が秋に移って以来、空はすっかり雲に覆われていた。白に近い色なので雨が降る気配ではないが気温が振るわない。
すっかり秋らしくなった朝、
準備を整えたユウも
「これから2週間も旅をするんですよね」
「何もなけりゃ2週間で済むって話だけどな。どーなんだろーなー」
「トレジャー辺境伯爵領って今そんなに不安定なんですか?」
「とは聞いちゃいるんだが、実際には行ってみねぇことにはわかんねぇ。ただ、こんな僻地まで影響が出てるとなると、他の所はもっと大変なんだろーなぁ」
最後まで言い切ったレックスはあくびをした。緊張感はまるでない。
5人がしばらく待っていると、南門から乗馬した帯剣貴族と兵士2人が姿を現した。そのまま跳ね橋を渡って原っぱに入る。
「おはよう、諸君!」
「おはようございます、デクスター隊長!」
馬上からデクスターが声をかけると、アーロンが敬礼姿で対応した。一応形式には則っているが堅苦しさはない。
「今回の任務は以前と同じように街道の巡回ではあるが、西端の街道に沿って往復2週間の旅となる。知っての通り、我らがトレジャー辺境伯爵領内の東部の混乱がこの辺りにも影響を及ぼしてきた。これを鑑み、各地の治安を強化するための
一旦言葉を切ったデクスターはアーロン以下4人を見た。全員特に表情は浮かべていない。それからアーロンへと声をかける。
「依頼の詳細は事前に詰めた通りだ。何か質問はあるか?」
「いつもの巡回の延長ということは理解しました。それでつかぬ事を伺いますが、隊長は西端の街道のことに詳しいのでしょうか? 俺たちは夜明けの森のことならともかく、街道のことは大して知らないので不安があります」
「元々私の隊はこの西端の街道の巡回を担当していたのだ。フィルはまだ日が浅いが、ショーンも私と同じくらい経験があるので心配する必要はない」
「承知しました」
「他に何か質問はあるか? ないのなら出発する!」
誰も声を発しなかったので、デクスターは号令をかけた。デクスターの乗る馬を先頭に、ショーンとフィル、そして
西端の街道とは、獣の森の西側に沿って続く街道である。現在の人類の生存圏では最も西にある街道であり、盗賊も住みつかないほど人の往来が少ない。被害としては獣の森から出没する獣による者が多いくらいだ。
そんな街道を整備する意味はあるのかと問われると当然ある。この街道の先にはいくつもの開拓村が連なっているのだ。つまり、この街道は人類の生存圏を押し広げるための道でもある。
もちろんこの西端の街道にも他と同様に宿駅があった。徒歩半日程度の間隔で常設されており、それぞれを最寄りの村が管理している。設備は粗末な宿が1軒あるのみで領主の使いや軍の兵士の休憩所が本来の役目だ。もちろん最低限ながら馬を休ませる厩もある。
しかし、領主や軍が頻繁に利用することはなく、普段は行商や旅人がいくらかの金銭と引き換えに旅宿として使っていた。今ではその一般人を目当てに、村で作った地酒や食品を売る村人もいる。
獣狩りのために以前訪れたことのあるウェスティニーの宿駅を通り過ぎると、
そんなパーティ内で1人ユウだけは冴えない顔をしていた。この道はかつて人買いの荷馬車に揺られて通ったことがあるからだ。代わり映えしない風景なので記憶にはほとんど残っていないものの、それでもたまに既視感を覚える。
夕方、ウェスティニーの宿駅を過ぎて最初の宿駅にたどり着いた。ここで1泊し、翌朝宿駅を管理している村へと8人で赴く。最初に足を向けたのは戦士ギルドの宿舎だ。ここでデクスターが最近の治安状況を尋ねる。
「我々は西端の街道を巡回する警邏小隊だ。最近盗賊や怪しい者が出没するという話は聞かないか?」
「さっぱりでさぁ。こんな西の果てまで襲ってくる物好きなんていませんぜ。それより獣を何とかしてほしいくらいっすよ」
次いで村長の家をデクスターたちは訪ねた。初老の村長が出迎える。
「盗賊や怪しい者ですか? この辺りじゃ見かけませんな。宿駅を管理する者から旅人の噂はよく聞きます。他は大変なことになっているそうで」
世間話をする態度そのままの村長には外敵に対するおびえはまるで見当たらなかった。その次の村も旅人の噂を他人事のように話すばかりで危機感はない。
そののんきな様子に
「ふぁ、この調子なら本当に行って帰ってくるだけで終わりそうだ。去年やった街道の巡回となんも変わんねぇや」
「やっぱり同じ領内でも西の端はまだ安全なのかもしれないですね」
あまりにも何もないのでユウもすっかり緊張を解いていた。こうなると、次いで頭をよぎるのはどんな顔をして故郷に戻るかだ。成功者とまでは言わないが、きちんと生活できていることくらいは家族に伝えたかった。
3日目になると西側の景色が丘陵地帯から山脈に変化する。しかし、変わったのは景色だけではなかった。先々の村で盗賊に対する恐怖を現実のもとして受け止めるようになっていたのだ。
不思議に思ったデクスターが更に村長へと尋ねてみる。
「先日まで訪れた村だと大して心配していなかったが、何かあったのか?」
「アドヴェントの町へ行こうとしていた難民の集団から聞いた話なんですが、そいつらの仲間がもうダメだって言って途中で別れたそうなんですよ。で、最後に何をするつもりなんだって聞いたら、もう他人の物を奪うしかないと言っていたそうなんです」
「なんと、盗賊になる瞬間の話を聞いたのか」
「はい。それに、もっと南の村じゃ、実際に襲われたらしいと旅人が宿駅の管理人に話していたそうです」
「それはいつの話だ?」
「確か、小麦の収穫前後くらいだったと思います。ああそうだ、後だ。収穫が終わって一安心してたときだったんです。ちょうど管理人がこっちに来ましてね、雑談してるときに話してくれたんですよ。怖いですよねぇ」
割とおしゃべりなその村長は知っていることやどうでもいいことまで延々と話した。
更に4日目の村では実際に襲われた村がどこかを教えてもらう。幸い駐在する戦士ギルドの戦士によって撃退されたことも耳にした。
5日目にはその村へと足を踏み入れる。実際に盗賊と戦った戦士ギルドの代表者とデクスターが面会した。今ではのどかな村の風景を眺めながら話をする。
「大した連中じゃなかったですぜ。元は農民だったらしく一当てしたらすぐに散って行きやがったんですから。半分はその場で殺して、残りは獣の森の中に逃げちまいましたよ」
「では、村に被害はなかったわけか」
「ええもちろん。そのためのオレたちですからね!」
その代表者は歯を見せて笑った。街道を伝って広がる噂と一致していたが、実情は大したことではなかったわけである。もちろん村が盗賊に襲われたこと自体が大事件ではあるが、元農民の集団であれば致命的な問題にならないようだった。
6日目、この辺りから西端の街道は東へと向きを変える。山脈からは徐々に離れ、街道の東側には再び丘陵地帯が広がる。この辺りになると街道で盗賊に襲われる話も現実のもとして聞かされるようになった。
その日の夜、宿駅の寝台で一緒に寝ることになったジェイクが首をならしながらため息をつく。
「難民のいるところに盗賊の陰ありだな。言いたくはないが、人間、食い詰めるとやっぱりなんでもしちまう」
「せめてアドヴェントの町にたどり着けたら良かったんですけどね」
「そのときどうなるかなんて運次第だからな。どうにもならん」
ユウのつぶやきにジェイクは言葉を返すと寝台に寝転んだ。すぐに寝息が聞こえてくる。
話す相手のいなくなったユウも寝台に横になった。明日は自分の故郷の村に行くことになっている。まだ、何と声をかけるかすら思い付けないでいた。
寝返りを打ったユウだったがまったく眠気がこない。それでも小さくため息をついてから目を閉じた。
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