ユウの今後の話

 古鉄槌オールドハンマーは受ける依頼の数を増やす方針ではいるが、いつも条件の合う依頼があるわけではない。そして、思うような依頼がなければ夜明けの森で魔物を狩ることになる。


 そんなある日、稽古が終わるとアーロンに店へと誘われた。戸惑いながらもユウはその誘いに乗るが、振り返ってみると自分1人だけが誘われるのは初めてであることに気付く。何か話があるのは明白だった。


 荷物は宿において荷物番に任せ、2人で酒場『昼間の飲兵衛亭』へと入った。六の刻の鐘が鳴るにはまだ早い時間なので店内の客入りも今ひとつだ。丸テーブルへとアーロンが座るとユウもそれに続く。


「今日は俺のおごりだ。遠慮なく飲んで食ってくれ」


「あれ? 僕はもう」


「いいんだ。パーティメンバーとしては対等だが、今日は師匠と弟子としてだからおごってやるのさ。だから気にするこたぁないぜ」


 にやりと笑ったアーロンが給仕に酒と料理を注文した。給仕が去って行くのをちらりと見てからユウに向き直る。


「ユウ、最近の冒険者の活動だが、調子はどんなもんだ?」


「僕ですか? 調子良くやってますよ。とはいっても、アーロンたちに守られているようなものですから、1人でやれって言われるとここまで調子良くできるとは思えないですけど」


「この2年近く稽古を付けてきたが、その成果ってのは出てきてるか?」


「それはもう出てますよ。いつも休みの度に相当絞られていますからね。まだみんなほどは動けませんが、最近はみんなが次にどう動くのか少しわかるようになりました。稽古のときはそれでもやられちゃいますけど」


「はっはっは、年季が違うからな。少しわかるくらいでどうにかなるもんじゃねぇ」


 給仕が酒と料理を持ってきた。いつもの4人分だ。それを見てユウは目を丸くするが、アーロンは気にせず木製のジョッキの1つを持つ。


「ほら、さっさと持て。よし、それじゃ、ユウの成長を祝って!」


「アーロンたちの指導に感謝をこめて」


「おお、うまく言うようになったな! はは、乾杯!」


 ユウの言い回しを気に入ったアーロンが上機嫌に木製のジョッキを傾けた。一息で1杯を飲み干すと、次の木製のジョッキに手を伸ばす。


 一方のユウは酒をいくらか飲むと料理に手を付けた。鶏、豚、牛の肉をダガーで切り取って口に入れ、酒で油を洗い落とす。次いでパンを手に取ってちぎり、スープにひたして口に放り込んだ。そこからソーセージを摘まんで囓る。さっぱりした口内に油が広がった。


 胃の求めに応じて2人が手と口を動かすにつれて木製のジョッキが空になり、皿の中の料理が減っていく。この勢いが続くのならば、4人分の料理もきれいに消え去るに違いない。


 4杯目の木製のジョッキから口を離したところで、アーロンはまだ食べているユウに話しかける。


「ユウが去年の年明けに俺たちのところへやって来たとき、この辺りで冒険者家業はまだやりやすかった。冒険者ギルドの制約はあるにしろ、その範囲でなら自分の好き勝手にできるんだから当然だ。あんときゃこのままあの状態がずっと続くと思ってた」


「でも、続かなかった」


「その通り。覚えてるか、去年の秋に街道の巡回の任務をやったろ。俺たちがあの手の仕事をしたのは5年ぶりだったんだぜ。しかも、そのときはそれっきり。それ以前もそうだった。それが今やどうだ。今年に入ってもう何回指名依頼をやった?」


「領主からの指名依頼でしたら、去年の秋の街道の巡回、冬の討伐盗賊、夏の貧民街の警備、ですから3回ですね」


「そうだ。いくら何でも多すぎる。確かに冒険者ギルドは領主や町にべったりのギルドだが、俺たちゃ役人じゃねぇ。そう便利に使われちゃたまんねぇよ」


 若干面白くなさそうな顔をしたアーロンが4杯目の木製のジョッキを空にした。5杯目をたぐり寄せる。


「けど困ったことに、これからも夜明けの森で魔物を狩って生活できんのかってぇと、それも怪しくなって来やがった。同じ領内の東から冒険者が流れて来ているせいでな」


「あれってまだこっちに来てる冒険者は多いんですか?」


「はっきりしねぇ。ただ、東から来た冒険者に何人か聞いたところ、移動できる奴は大体移ってきたんじゃねぇかって言ってたな。それにしたって今の冒険者の数で森に入ったら、相当奥まで行かなきゃ魔物は狩りにくい」


「僕たちはまだそこまで困ってませんよね? 何か秘訣があるんですか?」


「秘訣ってほどのことはねぇが、何年も入ってると大体出てきそうな場所がうっすらとわかるようになるんだ。魔物の気配ってのとはまた違うんだけどな。けど、こんな勘みたいなのを持ってる奴はそういねぇ」


「それじゃ新人は狩りにならないじゃないですか」


「ああ。だから、若い連中だけで集まってパーティを組んでるところはきついだろうよ。何しろどこに行っても魔物がいねぇんだ。そのせいで森の奥まで行く若手だけのパーティも出てきたと聞く」


 話を聞いている最中のユウは目を見開いた。ダニーのことを思い出したのだ。欠けたパーティメンバーを補うために無茶な勧誘をしていたあの元仲間のことが不安になる。また、ティムとジョナスはダニーの誘いに乗ったのかも気になってきた。


 元仲間たちのことを気にしているユウのことに気付かず、アーロンは続けてしゃべる。


「とまぁこんな感じで最近は色々と考えていたんだが、考えるほどアドヴェントで冒険者を自由に続けるのは難しいなと思うようになったんだよ。正直なところ、このまま戦争が続けば冒険者は簡単に使い捨てられる便利屋か役人の手先みたいになっちまうだろうな」


「今はそこまで厳しいんですか?」


「俺たちだけじゃなく、他の銅級の連中も町からの指名依頼を何度も受けてるって話を聞く。戦争が始まって1年もしねぇうちにこの有様じゃ、先なんて期待できねぇだろ?」


「戦争が終わってくれたらいいんですけどねぇ」


「負けが込んでるって聞くしな。この状態で戦争が終わったとしても、前の通りとはいかねぇだろうよ」


 暗い見通しを聞かされたユウの気は沈んだ。最近はこういう話が多い。


 表情を暗くするユウに対してアーロンは構わず話す。


「だが、幸いお前に関してはある程度仕上げることができた。もちろん完璧じゃねぇ。そこまでやるならまだ何年かかかる。が、そんな時間はもうアドヴェントの町にはねぇ。となると、きりのいいところで終わらすのが一番だ」


「え?」


「ユウ、年内を目処にお前を独り立ちさせる。これが俺たち4人が出した結論だ」


 今まで聞いていた中で最も衝撃的な話を耳にしたユウは呆然とした。いつかは独り立ちすると思っていたが、それがもう目の前だとは考えもしなかったからだ。


 まったく動かないユウを面白そうに見ながらアーロンは更に続ける。


「本音を言えば、あと1年くらいは鍛えてやりたかったんだがな。戦争の影響なんて俺たちにはどうしようもねぇ。お前のためにも今年いっぱいでおしまいにするぜ」


「でも、今までよりもやりにくくなったとしても、言ってしまえばそれだけですよね? 何も無理に僕を独り立ちさせなくてもいいんじゃないですか?」


「独り立ちしたからといってすぐに何でもかんでもできるようになるわけじゃねぇぞ。その後も色々苦労することになる。本来なら穏やかな状況でその経験を積ませてやりてぇが、独り立ちをさせる時期を1年延ばすとそれが難しくなるんだよ」


「ああなるほど、独立後の修行期間も考えてということですか」


「そうだ。今のこの領内じゃ、戦争が終わってもあんまり明るい見通しはねぇからな。というより、状況は悪くなる一方だ。なら、前倒しで計画を進めた方がいいだろ」


 思った以上にアーロンが色々と考えてくれていることにユウは目を見開いた。今まで単純に従っていればいいと心のどこかで思っていた自分とは大違いである。


「なぁに、まだいくらか時間がある。その間にできるだけ仕込んでやるよ! それとお前、やりたいことは見つけられたか?」


「あ、あー、そういえば、そんな話をしていましたねぇ」


「その様子じゃ忘れてたみてぇだな。まぁいい。独り立ちする前に何か言ってくれりゃ、力になってやるぜ」


「ありがとうございます。ちょっと真剣に考えようと思います」


「ああそうしてくれ。送り出す方としても、これからお前が何をしたいのかは知りてぇしな」


「わかりました」


「さて、真面目な話は終わりだ。今日は徹底的に飲むからな!」


 にかっと笑ったアーロンが木製のジョッキを傾けた。引きつった笑顔を浮かべたユウも誤魔化すように木製のジョッキを呷る。


 それをきっかけにテーブルの雰囲気は明るくなった。いつもの食事風景が戻る。そして、ユウはこの晩酔い潰れるまでアーロンに飲まされた。

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