景気の悪い話

 互いに酒と料理をおごり合う会合をユウたちが始めて1年半以上になる。財布の中身とにらめっこをしながら店を選ぶので最初は店舗が変わったが、最近はみんな同じ店を選ぶようになってきた。


 その中でユウは最初から一貫して安酒場『泥酔亭』を選んでいる。当初は本当に貯金がなかったからだが、最近はもう完全に固定してしまっていた。何しろ何も考えなくても良いから楽なのだ。完全に流されていた。


 暦の上では秋になったばかりのある日、ユウはローマン、ピーター、マイルズを泥酔亭に誘う。六の刻の鐘が鳴る前に全員が揃った。


 酒と料理が揃うと4人とも一斉に始める。酒を胃に流し込み、肉を切って口に放り込み、パンをスープに浸して噛みしめた。


 いくらか飲み食いした後、ユウが独りごちる。


「最近、この4人で集まるのもちょっと大変になってきたね」


「前は夜明けの森に入って魔物狩りをする生活が中心だったからね。時間が合わせやすかったんだよ」


 焼き豚をナイフで切り取ったマイルズがしゃべってから口に入れた。それを見ていたピーターも焼き豚を切る。


「本当にねぇ。今じゃ僕のところなんて月に1週間森に入っているかどうかだもんね!」


「マジかよピーター。いくら何でも少なすぎねぇか?」


「ローマンのところみたいに純粋な戦闘型のパーティじゃないからね、うちは。代わりに依頼を受けてあちこちに出かける仕事が増えたよ」


「それ、ちゃんと稼げんのか?」


「リーダーがうまく依頼を選んでくれてるから大丈夫さ! できるだけ戦闘のない仕事を中心にしてるんだけど、これが結構安定してるんだよねぇ」


「うーん、オレんところじゃ考えられねーな」


 不思議そうな顔をしたローマンが首をひねった。


 そこへ木製のジョッキから口を離したマイルズが口を挟む。


「けど、夜明けの森に入っても最近は魔物を狩りにくくなったのは確かだね。浅い所ではもうほとんど無理だよ」


「そう、マイルズの言う通り! おかげで森の奥まで入らなきゃいけないんだけど、そこはそこで他のパーティが多いんだよ!」


「トレジャー辺境伯爵領の東から流れてきた冒険者がかなり増えたからね。魔物が森から溢れるのを防ぐ意味じゃいいんだろうけど、魔物狩りで生活してる身としては困るなぁ」


「もういっそのこと、去年みたいに探検隊が森の奥へ突っ込んで行ってほしいくらいだよね! そしたらまた魔物が大繁殖するかもしれないし!」


 不謹慎な話ではあるが一同は笑った。最近はそんな冗談を口にするほど魔物狩りの環境は悪化しつつあるのだ。


 笑い終わると今度はローマンが口を開く。


「けどよー、そのせいで稼ぐために森の奥へ行ってひどい目に遭うヤツが最近増えて来たよなー」


「あれ本当に危ないよね。それにさ、最近東から流れてきたパーティが森の中で大けがをしたのに、元からアドヴェントで冒険者をやってるパーティが見捨てたって噂があるけど、あれ実際のところ本当なのかい?」


「ガセだと思いたいんだけどなー。こっちとあっちで最近溝ができつつあるのは確かなんだよ。噂なんぞ信じてバカなことをするヤツがいなきゃいいんだが」


 悩ましい顔をしたローマンとピーターが同時に木製のジョッキを傾けた。その間に、パンを1つ食べ終えたマイルズがユウに尋ねる。


「ユウのところは最近どうなのかな? 魔物狩り中心?」


「今年に入ってから依頼を引き受けることが多くなったけど、最近はアーロンが積極的に依頼を受けるようにしてるんだ」


「積極的に? それはまたどうして」


「これから冬になるにつれて魔物の数が減るのに、東から流れてくる冒険者の数が減らないから、もうじきしたら取り合いになるって言ってたんだ。だから、今のうちに依頼を引き受けて実績を積むことでこっちの意見を通しやすいようにするんだって」


「なるほどなぁ。さすが年の功だ。その観点はなかったな」


「あともう1つあって、これは僕に対人戦を慣れさせるためだとも聞いた」


「へぇ、ユウのため? それはまたずいぶんな入れ込みようだね」


「僕もそう思う。でも、一人前にしてくれるって言ってもらってるし、僕も頑張らないと」


 笑みを浮かべたユウがソーセージを囓った。


 その様子を見ていたローマンが唸る。


「そっかぁ。ユウのところも依頼に力を入れてるのかぁ。こりゃオレんところも考えねぇといけねぇかな」


「リーダーに相談したらいいんじゃない? クリフさんなら何か伝手があるでしょ!」


「そうだな。ピーターの言う通りだ。よっし、帰ったら言ってみるぜ!」


 暗めの表情だったローマンは一転していつもの明るい顔に戻った。機嫌良く木製のジョッキを空にして給仕に注文する。


 一方、スープを飲んでいたマイルズが木の匙を止めた。そして、ローマンが顔をこちら側に向けると口を開く。


「それよりさ、最近この街の難民の数が減ったと思わないかい?」


「難民の数? 数えてねーからわかんねーなー」


「ローマン、感覚の話だってば。でも、難民の住んでる場所には普段行かないからなぁ」


 マイルズの問いかけにローマンとピーターは反応が鈍かった。それに対して、ユウは小首をかしげながら返答する。


「解体場の南側に集まる人たちの数は一時に比べてちょっと減ったように思えるよ。8月に薬草の違法買取者が取り締まられてから9月にどっと増えてたからね」


「お、ユウは詳しいね。そうなんだ。実は難民の数は減ったんだよ」


「でもどうして?」


「食えずに死んじまったとか?」


「ローマンは物騒だね! 違うよ。街に流れてきた傭兵崩れを雇って戦力化したときに、荷物持ちとかの補助要員として難民を採用したからだよ」


「その雇った傭兵って、もしかしてトレジャー辺境伯爵の戦争に送り込んだわけ?」


「今日のユウは冴えてるじゃないか。その通りだよ。難民に紛れている傭兵崩れが盗賊になると厄介だから、領主が色々と準備をしていたらしいんだ」


 説明を聞いていたユウは先日の盗賊討伐のことを思い出した。元農民だけならともかく、戦い方を知っている元傭兵が盗賊にいたら厄介この上ない。外に追い出せるのならばそうすることにユウも賛成だった。


 口の中を洗ってからユウがマイルズに尋ねる。


「そうなると、この辺り一帯はもう安全なのかな?」


「一時的にはね。でも、領内の東側はかなり荒れてきてるって聞くから、難民はこれからもこっちにやって来ると思うよ」


「そっかぁ、一時的にだけなんだ。早く戦争が終わらないかなぁ」


「っていうことは、冒険者もまだ東から流れてくるってわけだよね? ダメじゃないか!」


 結論を聞いたピーターが叫んだ。冒険者の問題は何も解決していない。


 他方、エールを給仕に注文したローマンがユウに顔を向ける。


「ユウ、さっき自分のところのパーティがこれからは依頼に力を入れるって言ってたが、どんな依頼を受けるんだ?」


「どんな依頼なのかは聞いていないけど、対人戦の経験を積ませてもらえるとは言われたよ。それから考えたら、討伐系の依頼になるんじゃないかなって思ってる」


「なるほどなー」


「ローマンのパーティだったらこういうのでもいけるんじゃないかな」


「うん、オレもそんな気がする。ちなみに、数は多いのか?」


「そこまでは知らないんだ。でも、アーロンは依頼と指名依頼を半々くらいで持ち帰ってきてたな」


「指名依頼なら何度か受けたことがあるな。街道の巡回とか獣退治とか。クリフさんはつまんないっつてたけど」


「実績を重ねたら僕たちの言い分も通りやすくなるってアーロンが言ってたけど、そんなことなかった?」


「どーだろ。オレ、その辺のことなんも知らねーや。まぁ、クリフさんだと強引に押し切ってしまいそうだけどな」


 その光景を容易に想像できてしまったユウは苦笑いした。毎回押し切れるのならばわざわざ実績作りなど必要ないだろう。


 ローマンは何か考えごとを始めたのか木製のジョッキを口にしながら黙った。


 なので、ユウは次いでマイルズに話しかける。


「マイルズのところは依頼に力を入れたりしないの?」


「どうなんだろうね。あったら引き受けるくらいじゃないのかな。魔物狩りでまだ稼げるから」


「となると、依頼のことを真剣に考えるのはもう少し先になりそう?」


「そうだね。でも、今の話を聞いていると不安になってくるなぁ。ちょっと相談しておこうかな」


 うなずきながらマイルズはスープを木の匙でかき回した。


 すっかりおなじみになった飲み会だが、最近は暗い話題が多くなってきている。当初は明るい話題が多かったので懐かしい。しかし、こうして色々と友人と話ができることにユウは安心感を覚えていた。1人で抱え込むよりは余程良い。


 こうして、話題が何であれ、久しぶりの雑談を他の3人と共にユウは楽しんだ。

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