盗賊討伐再び(後)

 盗賊討伐の本隊が総指揮官と共にミドルドの村へ向かって3日が過ぎた。宿駅に待機するよう命じられたデクスターたちは特にすることもなく待ち続ける。


 他に何も命じられていなかった8人はやることがなく待ち続けることになったが、待機2日目からユウの訓練が始まった。街道の巡回という名目で出歩くこともできなかったので、暇に耐えられなかったアーロンたちが体を動かす名目を欲したのである。


 稽古ができることはユウにとっても悪くないことだった。問題があるとすれば、デクスターたち3人に見学されている点である。はっきりと言うと恥ずかしかったのだ。4人の中年に順番に教えられる少年というのは非常に珍しい。


「普通、師匠は1人だが、きみの場合は違うんだね。教師役がそれぞれ自分の得意な分野を教えているという具合か」


「はぁ、そんな、はぁ、冷静に、はぁ、言われても、はぁ」


「他人の学ぶ姿というのは興味深いな。それに、よい余興でもある」


「こっちは、はぁ、遊びじゃ、はぁ、ないんですよ、はぁ、隊長」


「知っている。だからよい余興なんじゃないか」


「はぁ、意外と、はぁ、性格が、はぁ、悪い、はぁ、ですね」


 面白そうに眺めるデクスターに対して、休憩中のユウが息を切らせながら文句を垂れた。ちなみに、任務中なので叩きのめされはしなかったが、その代わりいつもより執拗に攻撃されてしまう。


 ある意味のんびりとした任務だったわけだが、それも唐突に終わった。4日目、総指揮官付きの兵士の1人が血相を変えてやって来たのである。


「申し上げます! 現在、本隊は盗賊の主力とミドルドの村の近辺で交戦中! 貴隊はすぐに村へと移動し、この戦闘に参加するべしとの命令をお伝えたします!」


「承知した。すぐに出発しよう。配下に準備させている間に質問がある。当初は索敵で盗賊を発見後、奇襲する手はずではなかったのか?」


「はっ、それが、村の東に徒歩1日のところに盗賊どもを発見まではしたのですが、奇襲するために本隊が村を出発したところ、恵みの川の河原を行軍中に盗賊どもに奇襲されてしまったのです」


「なんだそれは。一体何をやっているのだ」


 しかめた顔に手を当てたデクスターは呻いた。状況は最悪である。


 集合をかけられた古鉄槌オールドハンマーはすぐに集まった。デクスターと兵士の話を聞いていた面々の顔は暗い。


 ショーンとフィルを含めた7人を前にデクスターが口を開く。


「予定とはかなり違うが、盗賊との戦闘が始まった。奇襲を受けた本隊は現在村の近郊で交戦中、我々はこれを支援するためにこれから村へと向かう。以上、すぐに出発する」


 質問も許さずにデクスターは配下に出発を命じた。全員すぐに渡し船に乗って境界の川を北岸に移る。それから小道を伝って駈け足で村に向かった。


 その途中、ユウは隣を走るフレッドに話しかける。


「フレッド、これって、間に合うと思う?」


「盗賊の数によるが、普通に考えたら無理だな」


「それじゃ、村の中で戦ってる?」


「戦ってるならまだいい方だ。最悪、味方がやられて、盗賊が村を略奪してるかもしれねぇ」


 速歩よりも早く、しかし全速力ではない速さで走る中、フレッドは面白くなさそうに答えた。奇襲を受けた本隊の被害が少なく、その場で踏みとどまってくれる可能性は低いと見ている。


 ミドルドの村へは早く着いた。一見するとのどかな風景が広がっている。しかし、ときおり悲鳴や雄叫びが風に乗って聞こえてきた。盗賊は既に村へと侵入している。収穫直前の村からすると最悪の事態だ。


 村の入り口近くにある戦士ギルドの宿舎の前には2人の男がいた。1人は背の高い中年の男でもう1人の筋骨隆々の少し荒い感じのする中年の戦士に詰め寄っている。


「こういうときのためのお前たちだろう! さっさと行って盗賊どもを追い払え!」


「だからこっちも部下2人を向かわせましたよ」


「ならお前も行ってこい!」


「そりゃ行けるなら行ってますよ。でも、連絡役は1人くらい残ってないとまずいでしょう。でなきゃ村長だって文句を言う相手がいなくなりますよ? おー、来た来た」


 村長のハイドリーを押しのけて、ミドルドの村の駐在戦士ギルドの代表者ジェフがデクスターに近づいて来た。力なく笑いながらデクスターに話しかける。


「待ってましたよ。まずいことになりました。そこにいる兵士から聞いたと思いますが、村の近くで奇襲を喰らって返り討ちに遭ったそうです。そちらの本隊の兵隊で戻って来たのはいませんからたぶんダメなんでしょうなぁ」


「今の状況は?」


「盗賊が村に侵入してやりたい放題です。こっちの2人を向かわせましたが、数が違うんで焼け石に水でしょう。そっちは8人いますから、少しはましになると思いますよ」


「村全体がもうやられているのか?」


「今のところは恵みの川より北側だけです。もっとも、時間の問題でしょうが」


「おい、お前らも早く行って盗賊どもを追い払って来い! 何のために毎年税を払ってると思ってるんだ!」


 近づいて来たハイドリーがアーロンへと詰め寄った。目を丸くしたアーロンは困惑したが、すぐに嫌そうな顔をする。


「俺たちゃ兵士じゃねぇよ。あんたらの取り上げられた税でなんて食っちゃいねぇ」


「それでも雇われたんだろう? だったらもらった分は働け!」


「その言い分はもっともだがな、あんたに詰め寄られる謂われはこっちにゃねぇんだ。なんで税を納めてもらってる側の人間に直接言わねぇんだ?」


 言い終えたアーロンが顎をしゃくった先にはデクスターが立っていた。それに気付いたハイドリーが何か言おうとして口ごもる。


 しばらく様子を見ていたデクスターは小さくため息をついた。しかし、すぐに顔を引き締めて話しかける。


「盗賊を討伐するどころか村に侵入させてしまったことについては詫びよう。我々はこれから村で暴れ回る盗賊どもを討ってくる。村長には、今しばらく我慢してもらいたい」


「承知しました。なるべく早く盗賊どもを追い払ってください」


 震える声で応じたハイドリーにデクスターはうなずいた。そして、次いでアーロンに顔を向ける。


「今の状況だと、盗賊どもは村に広く分散しているはずだ。よって、我々も分散して対処する。私とショーンとフィルの3人は村の西側の盗賊どもを討ち取る。お前たち古鉄槌オールドハンマーの5人は東側の連中を始末せよ」


「承知しました、隊長」


 方針の決まった8人はすぐに行動に移った。アーロンたちが背嚢はいのうをジェフに預けると、村のほぼ中央にある水車小屋の東側にある橋を渡って東西に別れる。


「お前ら、家を回っていくぞ! 盗賊なら金目の物と食い物を盗っていくはずだからな!」


「収穫前の小麦は食えねぇもんな」


「そういうこった、フレッド!」


 実る畑の脇を走りながらアーロンがしゃべった。各家の間は開いているが数は多くない。近くの家から順に回っていった。たどり着く度に扉越しにアーロンが叫ぶ。


「盗賊どもがやって来なかったか!? 扉は開けなくていい! そのまま返事をしろ!」


「こっちには来てねぇよ! 早く追い払ってくれ!」


「そのまま絶対外に出るんじゃねぇぞ!」


 1軒目の家は無事だった。次いで2軒目は盗賊が4人押しかけている。扉を壊そうとしていた。ユウたちが近づいてくるのに気付くと全員が武器を構える。しかし、1人以外は様になっていない。


 走るそのままの勢いでアーロンが叫ぶ。


「おるらぁ、ぶち殺せぇ!」


 かけ声と共に突撃すると初撃で盗賊3人を殺した。しかし、アーロンの相手をした盗賊だけが戦斧バトルアックスを躱す。この1人だけ戦い慣れた動きをしていた。


 その躱した盗賊に向かって、1人相手のいなかったユウが槌矛メイスを振るって突っ込む。


「あああ!」


「がっ!?」


 躱した直後で体を動かせなかったその盗賊は、ユウの槌矛メイスを側頭部に受けて昏倒した。そのまま追撃を受けて絶命する。


「こいつ1人だけ動きが良かったな。もしかして傭兵崩れか?」


「元難民じゃないんですか?」


「その難民に傭兵崩れが混じってたんだろうよ。あるいは途中で合流したか。何にしろ、これはちょいと面倒だぜ、ユウ」


「もしかして本隊が奇襲されたのって、この傭兵のせいかもしれない?」


「その可能性はある。元農民だったら普通は逃げるだろうしな」


 渋い顔をしたアーロンが死んだ盗賊を一瞥した。こういった討伐依頼で情報が不正確なのは毎度のことだが、あり得ないと想定せずに挑んだ結果がこれである。


 結局、デクスターたちと古鉄槌オールドハンマーの活躍で盗賊の生き残りはミドルドの村から逃げた。最悪は回避できたが、結果は散々なものである。


 その後数日、ユウたちは戦士ギルドの宿舎で過ごした。ようやく任務を解かれたのは後任の戦士団が到着してからである。何とも後味の悪い結末であった。

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