盗賊討伐再び(前)

 貧民街の警備が一段落し、ユウたちは再び夜明けの森での魔物狩りに精を出した。今やユウもすっかり5人目のメンバーとなり、古鉄槌オールドハンマーの本業は調子が良い。


 ところが、ようやく調子を取り戻したというところで、ユウたちはアーロンに酒場『昼間の飲兵衛亭』へと連れて行かれる。今度はどんな依頼なのかとユウなどは思った。


 いつもの通りアーロンが給仕に酒と料理を注文すると、仲間に向かって説明を始める。


「依頼の話をする前に今後の見通しについて話をする。最近トレジャー辺境伯爵領の東側から流れてくる冒険者の数が増えてるってのはみんな知ってるだろう。今のところその数が落ち着く様子がねぇのもな。それに対して、季節はこれから秋から冬に向かう」


「ああなるほどな。夜明けの森で魔物狩りがしにくくなるわけか」


「ジェイク、察しがいいな。その通りだ。夜明けの森の魔物の数は夏に多くて冬に少ない。なのに、冒険者の数は増える一方だからな」


「今回の依頼はその話と関係あるのか?」


「関係があるのかというより、俺が関連付けたんだよ。これから森で魔物狩りがやりにくくなるってんなら、他で稼げるようになっておかにゃならんだろ。それともう1つ、ユウに経験を積ませておきたいってのもある」


 会話が一瞬途切れたところで酒と料理が運ばれてきた。丸テーブルに置かれた木製のジョッキと料理にそれぞれが手を出す。


 木製のジョッキを傾けたアーロンは大きな息を吐き出しながら口を離した。わずかにその余韻を楽しんでから話を続ける。


「今回引き受けた依頼は盗賊討伐だ。半年くらい前にやったやつと同じだぜ。最近は難民がアドヴェントの町にたどり着く前に途中で盗賊化することが多いらしいんだ」


「迷惑な話だぜ」


 肉料理に手を出しながらレックスがつぶやいた。口を動かしながら右手にソーセージ、左手には木製のジョッキを持っている。食べるのに忙しそうだ。


 その様子をちらりと見ただけのアーロンはしゃべり続ける。


「戦争が長引いてるせいで領主の兵士も戦士ギルドの戦士も当分は帰ってこねぇ。なら傭兵を雇えばいいのかって言えばそんな単純にもいかねぇ」


「盗賊側に寝返られたら面倒だもんな」


 2杯目の酒を注文したフレッドがアーロンの説明に言葉を付け足した。あまりに報酬を渋ると実際に起きてしまうのだから笑えない話だ。


 肩をすくめるフレッドにうなずいたアーロンが仲間を見る。


「ということで、信頼と実績のある俺たちが志願したってわけだ。もちろん、さっき言ったようにこっちの思惑もあってのことだけどな。特にユウに対人戦の経験を積ませるってのは重要だ。いつも得意な相手と戦えるとも限らねぇしな」


「ありがとうございます」


「なにいいってことよ! こっちは一人前になるまで育てるって約束したからな! 仕込みは任せな!」


 大笑いしたアーロンはその勢いに任せて木製のジョッキを一気に傾けた。中身を空にすると給仕を呼んで代わりを注文する。


「それにだ、こうやって繰り返し討伐系の依頼を受けることで、こっちの意見を通しやすくするって腹積もりもあるんだぜ?」


「こっちの意見なんて通るんですか?」


「数をこなしてりゃそのうちな。例えばだ、話のわかんねぇ貴族様の下で命懸けで戦えやしねぇだろ? だから、この隊長様の下でならいつでもやりますぜって言ってやるのさ」


「ああ、長く取り引きをしている相手に融通を利かせるってことですか。そういえば、商店でもそういうのはありました」


「だろ? どこも似たようなことはできるもんさ。特に人手不足の今だとな」


 にやりと笑ったアーロンが給仕から受け取った木製のジョッキに口を付けた。旨そうにすすってから木製のジョッキを丸テーブルに置く。


「今回の相手は少しばかり数が多いらしい。その分こっちも数を揃えるらしいが、前より派手な戦いになることは間違いねぇ。その分、気合い入れて戦うぜ!」


 木製のジョッキを上に突き上げてアーロンが叫ぶと、周囲の仲間も唱和した。ユウも控えめながらも声を上げる。


 仕事の話はここまでだった。後は飲んでしゃべって食べる。ユウも一緒になって騒いだ。




 9月の半ば、夏は終わりつつあるがまだ暑い。三の刻の鐘が鳴る前ともなると日差しはまだ容赦なかった。空には徐々に雲が広がりつつあるが、まだ人の役には立っていない。


 そんな時期に、アドヴェントの町の東門近くの原っぱにちょっとした武装集団が集まっていた。馬に乗った4人の帯剣貴族、10人の兵士、17人の冒険者の集団である。


 4人の兵士に囲まれた帯剣貴族が今回の総指揮官で全身金属の鎧に身を固めていた。今の時期だと見るからに暑そうで、実際に兜だけは外して兵士の1人に持たせている。


 残り3人の帯剣貴族には2人ずつ兵士が付き添い、その配下に冒険者の3パーティが付いていた。つまり、今回は3つの小隊が参加しているのだ。


 周囲を見ていたユウはフレッドに話しかける。


「他の小隊だと冒険者も知らない人ばかりですね。冒険者ギルドの建物内で顔を見たことがある人は何人かいますけど」


「だな。こりゃたぶん、オレたちが一番当てにされてるんじゃね?」


「そうなんですか?」


「銅級が集まるパーティなら大体知ってっからよ、知らねーってことはみんな鉄級なんだ。その鉄級でも長くやってるところはやっぱり知ってっから、こりゃどっちも新人なりたてだな」


 暑い日差しの下、全員が揃うと全身鎧の総指揮官に付いていた兵士の1人が整列と叫んだ。整列が済むと総指揮官の演説が始まる。これがなかなかに長い。下っ端としては真面目な顔をして聞き流すのが作法だ。


 三の刻の鐘が鳴るとさすがに演説も終わった。そして、行軍が始まる。境界の街道を東に進んで向かうはミドルドの村だ。あの近辺にまた盗賊が居着いたのである。しかもより大規模な集団がだ。村の戦士ギルドの戦士は3人に増えていたが現状役に立たない。


 今回の総指揮官は真面目な人物で、移動中も隊列を崩すことは禁じられた。水袋に手を出すことも許されないとなると炎天下ではきつい。ミドルドの宿駅に着いた頃には、冒険者たちはみんなへばっていた。


 ミドルドの村は、宿駅から境界の川を挟んで北側の恵みの森の中にある。なので、村に向かうためには渡し船を使う必要があった。ところが、ユウたちだけ、つまりデクスター小隊は宿駅に待機となる。古鉄槌オールドハンマーの面々は首をかしげた。


 そんな冒険者パーティにデクスターが説明する。


「今回の我々は側面支援をすることになっている。主力を担う本隊が森から盗賊を奇襲し、混乱して南側に逃げてきた連中を我々が討つのだ」


「そりゃいいですが、いくつも問題がありますぜ、隊長」


「よし言って見ろ、アーロン」


「馬に乗った貴族様や兵隊のことはひとまず置いて、冒険者パーティについてです。今回も盗賊の居場所を探すところから始めるんですよね? あいつらあんまり経験のなさそうな若い連中ばっかりなんで、そもそも索敵がどのくらいできるか怪しいですぜ」


「小隊長付きの兵士は経験豊かな者だと聞いているから、そちらが当てになるはずだ」


「でしたら次ですが、あのパーティの連中に奇襲なんて芸当ができるか怪しいです。妬んで言ってるわけじゃねぇんですよ。森の中だと足音を消すのが結構難しいんです。あいつらにそれができるかどうか」


「それは、確かに留意するべき点だな」


「あと、今回の盗賊は数が多いって聞いてますが、あの2つのパーティだけで足りますかね? 盗賊が元難民とはいえ、かさにかかって反撃されたらどうすんのかと」


「そこは私もわからんな。総指揮官殿にはお考えがあるようだが」


 アーロンの問いかけを聞くうちにデクスターの表情も次第に不安なものへと変わっていった。


 そこへユウも声を上げる。


「僕も質問してよろしいでしょうか?」


「ユウか。構わないぞ」


「森で奇襲された盗賊が南の境界の街道側に逃げるってどうしてわかるんですか? どこに隠れているかにもよりますけど、森の奥とかに逃げられるかもしませんよね」


「この地に不慣れな者たちだから、目印になる場所を求めるに違いないと総指揮官殿はおっしゃってたな。最初はそんなものかと思っていたが」


「あと、本隊の奇襲に僕たちはどうやって合わせればいいんですか? 連絡手段はないですよね」


「盗賊の根城を発見後にこちらへ連絡を寄越してもらえることになっている。そのときに渡し船で川を渡り、所定の位置に付くことになっている」


 デクスターの説明を聞いたユウは首をかしげた。どうにもうまくいくようには思えないのだ。しかし、魔物との戦い以外の経験が浅いため判断がつかない。


 不安がつのる作戦内容だったが、ユウたちはとりあえず待つしかなかった。

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