違法買取の取り締まり

 降臨祭が終わると夏本番だ。遮る雲がほぼない青空の下、日差しが人々を容赦なく照りつける。夜明けの森に入ればその日差しからは逃れられるが、今度は息苦しい空間が待っていた。どちらにせよ、暑さからは逃れられない。


 そんな暑い日々であっても古鉄槌オールドハンマーは魔物狩りに勤しんだ。噴き出す汗を袖で拭いながら生活費を稼ぐ。


 ユウたちがアーロンに酒場『昼間の飲兵衛亭』へ呼び出されたのは7月も終わろうかという日だった。


 全員が丸テーブルに座るとアーロンが話を始める。


「揃ったな。話を始めるぜ。冒険者ギルドからの指名依頼が来た。内容は貧民街の警備を1ヵ月間というものだ」


「完全に便利屋扱いだな。そんなのは代行役人の仕事じゃないか」


 面白くなさそうにジェイクが反論した。フレッドとレックスもうなずいている。盗賊や獣の討伐や街道の巡回は兵士や戦士の仕事なのでまだ許せても、街の警備はそうではない。わかりにくいが明確な線引きがある3人は渋い顔をしていた。


 そのとき、給仕が酒と料理を持ってくる。5人が木製のジョッキを手にすると思い思いに口を付けた。


 一旦間が空いたものの、アーロンは苦笑いしつつも説明を続ける。


「戦争の影響で同じ領内の東側から難民がやって来てるのは知ってるだろ。連中が春以来増え続けて貧民街の周辺に住みついてるんだが、やっぱり治安に悪いらしい。代行役人も全員出払ってるんだが、数が全然足りないんだと。そこで、俺たちの出番ってわけだ」


「あいつらどっかでカネを巻き上げてんじゃねーだろーな」


「現場を押さえたら俺たちがとっ捕まえてやればいいんだ。そのための権限も冒険者ギルドからもらってんだからな」


「マジかよ?」


「ああ。誰であれ犯罪者は処罰するって言質を取ってきたぜ」


「はは、ちったぁやる気出てきたぜ!」


 思わぬ話を聞いたレックスは嬉しそうに皿のハムをナイフで切って口に入れた。機嫌良く噛んで木製のジョッキを傾ける。


 アーロンもナイフで鶏肉の塊を削って口に入れた。旨そうに噛んで飲み込むと話を続ける。


「聞いたところによると、難民の中にゃろくな準備もなしに獣の森に入っては怪我人が出ているらしい。たぶん普通の森と勘違いして入ってるんだろうな」


「でも、それで採った薬草や狩った獣はどこに売っているんですか? 特に薬草なんて普段は使わないでしょうし、自分で製薬できる人も少ないと思うんですけど」


「さすがユウ、いいところに目をつけるな。早速難民にたかってる連中もいるらしいから、そいつらをしょっ引くのも仕事の内なんだぜ」


「なるほど、つまり自分の島を荒らされて冒険者ギルドが怒ってるわけか」


 納得した様子のフレッドが何度もうなずいた。貧民のための警備と言われるよりも余程理解できる。


「そういうこった。代行役人には難民の治安を維持してもらう一方で、俺たちは獣の森の利権に横から手を突っ込んでくる連中を押さえるつもりでいる。どうせなら効率良く点数稼ぎをしなきゃな!」


 あまりにも露骨なアーロンの言い方に全員が苦笑した。しかし、気持ちは全員同じである。


 方針が決まると、その後は具体的な行動について話し合った。




 8月になった。古鉄槌オールドハンマーの面々は冒険者ギルドの指名依頼に従って貧民街の警備を始める。


 尚、今回に限っては冒険者ギルドが責任を持って背嚢はいのうを預かってくれた。もちろん無料である。当然、紛失物があった場合は冒険者ギルドが弁償する約束させてだ。さすがに自分たちの直接的な仕事となるとその辺はしっかりとしている。


 5人は1ヵ月を4週間に分けて、最初の1週間で貧民街とその周辺にある難民の居住区をつぶさに見て回った。貧民街は貧民時代だったユウの伝手がかろうじて使えたのでそれも利用する。


「こりゃ思ってたよりもひでぇな。難民の扱いなんてこんなもんって言えばそうなんだけどよ。みんなぼろぼろじゃねぇか」


「着の身着のままで逃げてきた先でこれじゃ、何でもやらなきゃしょーがねーよなー」


 難民の様子を見て回ったフレッドとレックスが難しい顔をしていた。何かあれば取り締まる側とはいえ、いつもは自分たちがそちら側なのだ。この間にかっぱらいなどを何人か捕まえたが、どうにも気分の良いものではなかった。


 仲間の愚痴を聞きながらもアーロンは他の仲間に話しかける。


「ジェイク、代行役人との話はついたか?」


「手柄を向こうに渡すという条件でな。もっとも、こっちだって1人捕まえりゃ報酬の上積みを約束させたがね」


「上出来だ。俺たちが欲しいのは実入りだからな。ユウ、そっちはどうだ?」


「どうにかなりました。どうも町から貧民街に流れ着いた連中らしくて、みんな嫌ってるみたいですよ」


「なるほど、そりゃぁいい。仕込みは上々ってわけだ。なら、次の段階に移るぜ」


 作戦がうまくいっていることに気を良くしたアーロンが仲間に宣言した。


 8月の2週目、5人は獣の森に入ってすぐのところで何人もの難民の薬草採取者たちを待ち構える。捕まえるためではない。話を聞くためである。


「なぁあんたら、ちょっと待ってくれねぇか」


「あ、あんたは誰だ!?」


「この町で冒険者をやってるアーロンってんだ。ちょっとばっかり話をしたいんだよ」


 みすぼらしい難民に近づく厳つい男の構図はどう見ても獲物に近づく獣にしか見えない。しかし、逃げられるわけにもいかないのでユウが間に入って事情を説明する。


「この町ですと、この森で薬草を採ったり獣を狩ったりするときは、冒険者ギルドに所属者として登録しないといけないんです。でも、登録したら冒険者ギルドに買い取ってもらえますよ。というか、他の人に売ると違法になりますから」


「けどよ、俺たちみたいなよそ者は登録できないって聞いたぞ」


「嘘ですよ。ここの貧民街の人たちの中にはよそから来てる人もいますから。それに、どの薬草も一律鉄貨1枚なんてありえない。状態の良し悪しは判別されますが、価値のある薬草だったら鉄貨6枚になるものだってありますよ」


「そんなに違うのか!?」


 あまりの差額に難民たちは目を剥いた。ユウの説明を聞いた人々は怒ったり泣いたりと反応は様々だったが、5人に感謝はしてくれる。そして、その中の一部の難民に、違法買取者取り締まりの協力をしてもらうことに成功した。


 8月の3週目、ユウたちが難民を正規の手続きに誘導したことにより、違法買取者たちが騒ぎ出した。これはユウの協力者から聞いた話になるが、余計なことをした冒険者を始末する話も出てきているらしい。


「どうやら僕たち、狙われているみたいですね」


「はっ、来るなら来いってんだ。こんなしょうもねぇことをする連中なんぞ、返り討ちにしてやるぜ! ジェイク、代行役人の方は準備できてんだろうな?」


「手柄が上げられるときは素直ですよ」


「よぅし、それじゃ仕掛けるか!」


 そうして最後の週、ついに冒険者ギルド側が本格的に動いた。薬草採取をしている難民の通報により、代行役人による貧民街に一斉検挙がかかったのだ。一部は冒険者も動員がかけられて各地に潜伏していた違法買取者が次々と取り締まられる。


「なんだテメェら!?」


「うるせぇ罪人ども! くたばれや!」


 声だけ聞くとどちらも犯罪者としか思えないが、ともかく違法買取者に検挙の手は伸びた。


 もちろん、これには古鉄槌オールドハンマーの5人も参加しており、違法買取者を次々とたたきのめしている。血を流している者も何人かいるがお構いなしだ。


 当然ユウも検挙する冒険者の1人である。


「あああ!」


 割と容赦なく槌矛メイスを振るって違法買取者を打ち据えていた。峰打ちと受け取れないこともないが、生き物を殺せる峰打ちである。一撃を受けただけで違法買取者は動けなくなった。


 この一斉検挙により、多数の違法買取者が生死を問わず捕らえられる。珍しく代行役人が貧民街の住民から賞賛される1件となった。


 以後、難民は冒険者ギルドに代表者が所属者として登録し、薬草や獣を解体場の買取カウンターで換金することになる。その手数料に不満を持つ者は確かにいたが、ひとまず合法的な手段で生活できることに大半の難民が安心した。


 しかし、獣の森で活動するグループが一気に増えたことにより、従来のグループとの軋轢はこれから深まることになる。また、難民のグループは大半が非武装なので死傷者が多いことも問題だった。


 それでも貧民街全体としては若干良い方向へと雰囲気が傾いたのは確かだ。そして、自分たちがその一部に関われたことにユウは密かに喜んだ。


 8月最終日、ユウたちは貧民街の警備の任を解かれた。しかししばらくの間、ユウたちを見かけると貧民たちの中には笑顔で声をかけてくれる者も現れる。照れながらもユウは律儀にそれに応え続けた。

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