気になる話
今年も魔物の間引き期間直後に慰労会を開いた。去年とほぼ同じパーティである。今年も儲けたということでみんな上機嫌だった。
もちろんユウも参加していたが、最後まで何事もなく終わったことを一番喜んでいる。去年みたいに変なあだ名は付けられることはなかったからだ。また、去年のあだ名も話題にならなかったことが一層機嫌を良くしていた。
そうしてユウたちは6月から再び日常に戻る。今年はいささか魔物の数が少ないが、これは間引きの効果だろうと誰もが思った。
いつもの日々に戻るとなると生活習慣も元に戻る。ユウはすっかり馴染みの店となっている安酒場『泥酔亭』に夕飯を食べに行った。
足下に
「っはぁ~、生き返るなぁ」
「あんたすっかりおっちゃん臭くなったわねぇ」
「うるさいなぁ。いいだろう、森から帰ってすぐの1杯なんだから」
「そんなうっすいお子様用エールで一丁前のことを言われても説得力ないわよ。ちゃんとしたエールを飲みなさいよ、エ、ー、ル!」
頭巾をしていないせいで肩で切りそろえた髪の毛が丸見えのエラが、大きな目を細めてユウを睨んでいた。夕方のかき入れ時なので、すれ違うときに少しだけ立ち止まって話をしてから去って行く。
次いで近くを肩下まで伸びた髪を紐で結わえ頭巾を被ったサリーが通りかかった。ユウは声をかけると注文する。
「パンとスープをお願い」
「は~い。って、なんでさっきエラに頼まなかったのよ?」
「文句を言うだけ言ってどっか行っちゃったんだよ」
「いつも薄いエールばっかり頼んでるからよ」
「もうこっちに慣れちゃって、普段はこれの方が落ち着くんだ」
「それもどうかと思うけどねぇ。それより、いっつもパンとスープばっかりじゃない。たまにはお肉を食べなさいよ、お、に、く!」
「結局エラと似たようなことを言ってるじゃないか」
ユウの愚痴にサリーは笑って答えて去った。ここは気分は落ち着くが、たまにこうやって落ち着けないときがある。
しばらくすると、カウンターの奥から頭巾を被った愛嬌のある顔が出てきた。同時にパンとスープが目の前に差し出される。
「うちの看板娘2人に大人気じゃないか」
「あんな遊ばれているような扱いは嬉しくないですよ」
「冗談は抜きにして、もっと食べなくてもいいのかい? 冒険者は体が財産なんだろう?」
「帰ってきた直後は疲れててそこまで食べたいと思わないんです」
「年寄りみたいなことを言うねぇ。そんなんじゃダメだよ」
「タビサさんもそんなこと言うんですかぁ」
がっくりとうなだれるユウを見てくすりと笑うとタビサは奥へと引っ込んだ。
泥酔亭の3人に散々からかわれたユウは力なくパンをちぎってスープにひたした。口に入れると柔らかくなったパンとスープの味が口の中に広がる。薄いエールとは違った意味で体が落ち着いた。夜明けの森からの生還と共に夕食を噛みしめる。
体がほぐれるのを感じながらユウが落ち着いていると、エラが空になった皿を抱えてきた。そして、またもやユウの席で立ち止まる。
「そうだ。ユウ、ウォルトが冒険者になったって知ってる?」
「え? 知らない。本当に?」
「春くらいだったかしら。この店にウォルトと冒険者らしい人が来て、パーティに入る話をしてたのよ」
「どこのパーティかわかるかな?」
「うーん、どこだったっけなぁ。パーティの名前までは覚えてないわ」
小首をかしげたエラが眉を寄せた。給仕としてホール内を頻繁に往来しているので、雑多な話を広く集めることはできても特定の話を注意深くは聞けないのである。
「それと、そのウォルトなんだけど、先日うちの店にティムとジョナスを連れてきたわ」
「あの2人を? 冒険者の話でもしてたの?」
「部分的に話を聞いた限りではそうみたい。それで、ティムが冒険者になるんだって息巻いてたわ。ジョナスも来年にはなりたいって」
「あの3人は一緒に行動することもあったからなぁ。ウォルトに触発されたんだろうね」
「そうね。注文の品を見てる限り、あんたよりウォルトの方が金払いは良かったわよ?」
「え?」
最後の言葉に呆然となるユウに笑顔を向けてからエラはカウンターの裏へと姿を消した。何を言われたのかを察したユウは少し肩身が狭くなる。
もそもそと食事を再開したユウは自分は思った以上にケチなのかと悩んだ。今の生活で充分だと思っているし、生活習慣も合っている。ただ、周りにあまりにもケチくさいと思われてしまってはそれはそれで都合が悪い。付き合いの中にも最低限の見栄はあるのだ。
そうして食事の進み具合が遅れていると背後から声をかけられる。
「ユウ! よかった。今日はいたんだ」
「あれ、テリー? 僕を探していたんですか?」
「そうなんだ。ちょっと話しておきたいことがあったからね。隣いいかい?」
「はい、どうぞ」
カウンター席でユウと並んで座ったテリーはタビサに酒を注文した。すぐに差し出された木製のジョッキを手にすると、いくらか傾けてから口を離す。
「はぁ、落ち着いた。もう夏が近いからね。この1杯がたまらないよ」
「僕も最近そう思うようになりました」
「大人になってきたね。いいことだ。さて、それじゃ本題に移ろうか。実はダニーのことなんだ。どこまで知ってるか教えてくれるかい?」
「去年、テリーからパーティを結成したって話を聞いて以来さっぱりです」
「それは意外だな。少しは様子を探ってると思ってたのに」
「なんていうか、あんまり関わる気にはなれなくて」
「あーうん、まぁね。今からする話も面白いものじゃないし」
「何かあったんですか?」
「今年の春までは強引ながらもそれなりにうまくやっていたみたいなんだ。けど、先月の魔物の間引き期間で無茶をしたらしくて、パーティメンバーに死傷者が出たらしい」
「え、死傷者!? 死んだ人がいるんですか?」
そこまで重い話だとは思っていなかったユウは目を見開いた。
ユウの反応を見たテリーの顔も悲しげに歪む。
「1人死んだと聞いている。もう1人は復帰不可能な傷を負ったそうだ」
「6人中2人も欠けたんですか。それならしばらくは活動できないですよね」
「4人で活動することも不可能じゃないけど、そうなると1人1人にかなりの技量が求められることになる。
「それじゃ今はどうしているんです?」
「とりあえずは森の浅い所を回って生活費を稼いでいるらしいんだけど、それはいい。欠けた2人の穴を埋めるためのメンバー集めの方が問題なんだ」
「え? 仲間を集める方法が問題なんですか?」
「やり方が見境ない上に強引なんだ。特に知り合いに片っ端から声をかけるところがね」
「どうしてそんなことをするんです? やりすぎたらみんなに嫌われてしまうでしょう」
「端から見ると焦ってるとしか思えない。もしかしたら、パーティ内の関係が影響してるのかもね」
ため息をついたテリーが木製のジョッキに口を付けた。
それを見ながらユウは考える。昔からダニーは強気なところがあった。次いで、そこまで無茶なことをする気配はと思い返そうとしたところで、何となくやりそうな気がしてしまう。具体的なことよりも、言動の端々に強引さを感じることはあったのだ。
木の匙でスープを掬って飲んだユウがつぶやく。
「なんでそんなに焦ってるのかなぁ」
「それは本人に聞いてみないとわからないな。ともかく、今のダニーは良くない状態だ。それで、もしかしたらユウにも声をかけてくるかもしれないから今日会いに来たんだよ」
「僕に声をかけてくると思います? 去年テリーが僕にダニーのことを色々教えてくれたとき、ダニーは僕に対抗心があるって言っていましたよね。むしろ僕を避けるくらいじゃないですか?」
「人間、追い詰められたら何でもするものだよ。他に誰もパーティに引き込めなかったら、ユウを選ぶことだってあり得る。何しろ、ユウは
「今のダニーとは一緒に活動したいとは思わないですね」
木製のジョッキを見つめながらユウは感想を漏らした。明らかに失敗しているパーティに入りたくないというだけでなく、今のダニーとはうまくやっていく自信がないからだ。
その言葉を聞いたテリーは苦笑いする。
「俺もだよ。とにかく、今後しばらくダニーの様子には注意しておいてくれ。今のあいつは何をするかわからないところがあるからね」
「わかりました」
「それじゃ、俺は帰るよ。明日から仕事なんでね」
手にした木製のジョッキを傾けきったテリーは席から降りて店を去った。
残されたユウはじっと動かない。料理はすっかり冷めていた。
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