魔物の間引き再び
冬はその活動を抑えていた動植物も春になると活発に動き出す。森の草木は色濃くなり、獣はその姿を頻繁に現すのだ。これは魔物も例外ではない。
夜明けの森では毎年春になると増える魔物に対処するため、5月に魔物の間引き期間というものを設けている。冒険者ギルドに登録することで魔物の討伐証明の部位の取引額が5割増しになるため、冒険者からは人気のある制度だ。
今年の5月も魔物の異常繁殖を防ぐために開催される。この時期に成果を出すため予定を調整する冒険者も多い。
「よーし、お前ら! 今回も気合い入れて稼ぐぞ!」
冒険者ギルド城外支所の建物の南側にアーロンの声が響いた。去年と同じ4パーティで魔物の間引き期間に臨む。6日森に入って1日休みという予定だ。
夜明けの森に入ってしばらくすると遠くで戦いの音が風に乗って耳に入ってくる。
「去年よりも少ないですね」
「だな。やっぱり去年が異常だったんだよなー」
周囲に気を配りながらユウとレックスが言葉を交わした。今年は普通らしいことを知って胸をなで下ろす。
実際に戦ってみてもそれは実感できた。戦闘回数はともかく、1度に現れる魔物の数が去年よりも明らかに少ない。そうなると、勢い夜明けの森の更に奥へと足を踏み入れることになる。
「だっはっは! 去年を知ってると今年は楽に感じるな!」
「油断はしちゃいけないんだけど、今回ばかりはローマンの言う通りだよね!」
「稼ぎが少ないって思ってしまうのは、去年が稼ぎすぎたせいなんだよな」
昼食時、ローマン、ピーター、マイルズと一緒にユウは雑談を交わした。去年よりも魔物が少ないことは誰もが実感しているようで、みんな前年と色々比較している。油断はいけないが余裕があることは良いことだ。
1週目の遠征から戻って来たときにその実感は更に強くなる。冒険者ギルド城外支所の建物の南側に横たえられている負傷者の数が去年よりも少ないのだ。そのため、2週目は更に夜明けの森の奥へ進むことになった。
いつもより魔物の数が多く、それでいてそこまで倒しにくくない、というのは慣れた冒険者パーティにとっては非常にありがたい。それこそ稼ぎ時だった。
手招きされたユウはジェイクの横に並んだ。前を見ると冒険者が魔物と戦っていた。他のパーティの獲物を横取りしないよう立ち止まったのだとユウは理解する。不要な争いをなくすための習慣だ。
前方の状況を知ったユウがジェイクに顔を向ける。
「あの戦いが終わるまでここで待つんですね。アーロンに伝えてきます」
「それともう1つ。見ない顔の連中だとも伝えてくれ」
「見ない連中?」
「冒険者になりたての新人なら顔を知らないのはしょうがないが、ある程度歳を食った連中のパーティで知らないところがあるってのは珍しいんだ。もしかしたら、最近流れてきた冒険者パーティなのかもしれない」
「わかりました」
何を懸念しているのかわからないユウだったが、ともかくアーロンに話をするべきとすぐにその場を去った。少し離れた場所で待っていたリーダーにジェイクの言葉を伝える。
「わかった。とりあえず様子見だな。ユウ、後ろの連中にも伝えてくれ」
伝言を聞いたアーロンはしばらく何かを考えていたが、ユウには何も言わずに後ろのパーティへの伝言役を頼んだ。他の3パーティのリーダーも似たような反応だった。
前方の戦いが終わると再び歩き始める。突然現れた冒険者の集団に相手のパーティは驚いていたが、ジェイクとの情報交換で合同パーティということを理解した。
見ない顔のパーティと別れた後、最初の小休止でジェイクが皆に語ったところ、次の通りである。
あのパーティはこの春にアドヴェントの町へとやって来た冒険者たちで、元はトレジャー辺境伯爵領の東部で活動していた。ところが、戦争による影響で生活が成り立たなくなり、やむなく西の果てのこの町に移ってきたという。
戦場にこそなっていないが、物価の高騰、度重なる徴兵、物流の混乱など、大変なことになっているとのことだった。幸い、貧民や冒険者はまだ徴兵の対象外のうちに逃げてきたとのことである。
何とも暗い話に一同は唸った。そのパーティは戦争の形勢までは知らなかったが、聞いた
水袋から口を離したクリフがため息をつく。
「この分じゃ、そのうちアドヴェントの町もどうにかなっちまいそうだな」
「東とは正反対の西の果てとはいえ、同じトレジャー辺境伯爵領だもんなぁ」
「どうせ戦争をするなら勝ってほしいもんだ」
バートは上を向いて嘆き、エディは下を向いて言葉を吐き捨てた。
3人の感想を聞いたアーロンが最後に締める。
「ま、何にせよ、今の俺たちにできることは魔物を狩ることだけだ。せいぜい稼いでその後の身の振り方をやりやすくしようぜ!」
その露骨な言い方に聞いていた全員が苦笑した。しかし、再び魔物狩りへのやる気は出る。
小休止を終えた合同パーティは魔物狩りを再開した。良い間隔で魔物が襲ってくるのでその後は調子良く討伐証明の部位を集められる。
5月の3週目になると魔物の数が減ってきた。今年は冒険者の死傷者が少ないので、魔物の間引きが順調だという証明だ。森にさらわれる冒険者も今のところは現れていないので、冒険者ギルドとしては八方良しの状態である。
4週目ともなるともう夜明けの森の奥へと行かないと魔物は狩れなかった。これにはアーロンたち古参の冒険者も驚く。去年は例外にしても、例年ならもう少し魔物を狩れていたからだ。
同時に、見ない顔のパーティが散見された。いくつかと話をしてみると最初のパーティと同じトレジャー辺境伯爵領の東部から移ってきた冒険者たちである。今月こちらに来たばかりで、とりあえず日銭を稼ぐために魔物を狩っているとのことだった。
昼休みのとき、ユウはアーロンに気になったことを尋ねてみる。
「あの、このまま東から冒険者が増えてきたら、困ったことになりませんか?」
「どんなことだ?」
「例えば、この森の魔物を取り合いにならないかなって思うんですよ」
「どうだろうなぁ。戦争が終わったらこっちに来る奴はいなくなるし、続くとしても別の場所に移る奴も多いんじゃねぇか?」
「それは考えてませんでした。でも、そんな都合良くいくかなぁ」
「先のことはわかんねぇな。ただ、もうしばらく大丈夫だと思うぜ」
「夏までは魔物の数が多いからですか?」
「それもある。が、他にも、兵士や戦士が抜けた穴を依頼という形で埋める仕事があるからだ。俺たちもいつくかやっただろ」
指摘されたユウは半年ほど前から受けるようになった依頼について思い出した。今から思い返せば、あれも戦争の影響で発生した依頼である。そう考えると、案外何とかなるのではと思えるようになってきた。
表情を明るくしたユウがアーロンにうなずく。
「そうですね。何もかも悪いことばっかりじゃないんだ。考えすぎていたようです」
「いろんなことを考えるのはいいことだ。あとは思い詰めないようにすることだな」
「
別のパーティの誰かの叫び声を聞いたユウとアーロンは話を切り上げて立ち上がった。アーロンが仲間に指示する横で、ユウは
「あああ!」
やって来た
初撃をしのいだユウは周囲を見ると、完全に乱戦となっていた。遅れを取る冒険者はこの中にいないが、手早く始末しておくに越したことはない。2匹目、3匹目と続いて殺していく。5匹目を倒した辺りで、ようやく落ち着いてきた。
散乱する
「あーあ、せっかくの休憩だったのに、これから作業かぁ」
「夜襲よりもずっとましだろ。さぁ、部位を取るぞ」
「昼休みって延長できませんか?」
「用が済んだらすぐにここから立ち去った方がいいのは知ってんだろ? 諦めろ」
苦笑いされながらアーロンに言われたユウは肩を落とした。
こうして5月最後の週も過ぎていく。そして去年とは違って、最後までそれほど危なげのない魔物狩りだった。終わってみれば数ヵ月分の稼ぎを得る。これぞ冒険者の醍醐味だ。
あとは、締めの慰労会をするだけである。今年こそは変なあだ名を付けられないようにとユウは祈るばかりだった。
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