仲間内の定例会

 日々命をかけて魔物や獣と戦う冒険者には休息が必要だ。いつ死ぬかわからないという緊張感をほぐすためであり、生き残ったという喜びを爆発させるためでもある。


 そのための最も手っ取り早い手段が宴会だ。とはいっても肩が凝るような格式張ったものではない。そこは冒険者である。飲み食いできればそれでいいのだ。


 仲間内で持ち回りの飲み会をしているユウは安酒場『泥酔亭』に友人3人を集めた。ローマン、ピーター、マイルズも慣れたもので酒と料理が届くとすぐに始める。


「ローマン、マイルズ、先日はお疲れさまです。ピーター、来てくれて嬉しいよ」


「大変だったらしいねぇ。昼も夜も関係なくひっきりなしに獣に襲われたんだって?」


「そうなんだ。最初に聞いた話だと、獣の活動が活発になっているって話だったんだ。だから、冬眠から早く目覚めた獣が多かったのかなって思ってたんだけど、外に溢れるんじゃないかってくらいの数がいたんだよ」


「それは行かなくて正解だったかなぁ。僕のパーティだと戦力不足になりそう」


 最初に話し始めたのはユウとピーターだった。森蛇フォレストスネークはウェスティニーの村の獣狩りに参加していなかったので、まずはおおよその雰囲気を伝えたのだ。そこからはローマンとマイルズも参加して話が盛り上がる。戦いは冒険者の華なのだ。


 一通り話せることを話しきると、次はピーターの番になる。


「僕の方はそうだねぇ、はっきりとは言えないんだけど巡回みたいなものだったよ」


「巡回? 街道の警備みたいなもんか?」


 木製のジョッキから口を離したローマンが首をかしげた。ユウも最初に思い付いたのはそれである。去年の秋に境界の街道を何往復もした記憶が蘇った。


 不思議そうに尋ねてくるローマンに対してピーターは首を横に振る。


「いや、そうじゃなくて、アドヴェントの町の近辺の町や村を一巡りしてきたんだ」


「もしかして、盗賊でも出てきたのかい?」


 今度はマイルズが口を挟んだ。犯罪者やその集団が出没するとなると兵隊の出番である。しかし、昨今は人手不足なのでユウたち冒険者に仕事が回ってくることが多い。


 窺うようなマイルズの質問にピーターは一瞬考えるようなそぶりを見せたが、すぐにしゃべる。


「いや、それも違うんだ。僕たちのパーティは町や村の様子がどうか偵察、あいや観察してきたんだ」


「単に見てきただけなの?」


「そうなんだよ、ユウ。僕たちはいくつかの町や村を見てきたんだ。そして、それをありのまま依頼人に伝えたんだよ」


「他には?」


「なかった。それだけで3週間以上いろんな場所を巡ってきたんだ。しかも費用は全部依頼人持ちで」


「おいおい、怪しいぜ、それ」


「確かに怪しいんだけど、依頼人はアドヴェントの町なんだよね。あのお役所さ。冒険者ギルド経由の依頼だったから、まぁ犯罪じゃないはずだよ」


 口を挟んできたローマンの問いかけにピーターが答えた。納得したのか、ローマンはあまり反応することなく木製のジョッキを傾ける。


 話を聞きながらユウはパンを取ってちぎった。具が溶けているスープにひたして柔らかくすると口に入れる。肉を食べた後の口内がさっぱりとした。


 木の匙でスープを掬って飲んだ後、ユウがピーターに尋ねる。


「ピーターの話を聞いていると、アドヴェントの町は周りの町や村の様子が知りたかったんだろうね。でも、そんなの知ってどうするんだろう?」


「さぁね。そこまでは知らないし、たぶん考えちゃダメなんだろうさ。ただ、方々を見て回って色々とわかったことがあったよ」


「へぇ、例えばどんなこと?」


「ユウはトレジャー辺境伯爵が戦争を始めたって知ってる?」


「え!? そうなの!?」


 驚いたのはユウだけではなくローマンもだった。しかし、マイルズは眉をひそめるだけで何も言わない。


 その様子を見たピーターがマイルズに顔を向ける。


「マイルズは知ってたみたいだね」


「今年に入ってから始めたらしいって噂はね。東からやって来る行商人なんかが話してるのを聞いたことがある」


「さすが! 1月に東隣の貴族様と始めたみたいなんだよ。で、それがうまくいっていないらしい。僕の聞いた話によると、相手に援軍が来たそうなんだ」


「敵に援軍がやって来てうまくいってないって、まずいと思うんだけど」


「僕もそう思う。で、あっちこっちの町や村の様子を見て、その戦争の影響がどのくらい出てるのか少しわかったんだよ」


 自信ありげに言い切ったピーターを他の3人はしばらく呆然と見た。ユウなどはそんなのがわかるのか見当も付かない。


 1度木製のジョッキに口を付けたピーターが続けてしゃべる。


「みんな、ちょっと前から町の兵士や村に常駐してる戦士の数が減ったと思わない?」


「あ、確かに減ってるよ! 僕知ってる!」


「へぇ、ユウが知ってるんだ?」


「去年の秋に街道の巡回をしたんだけど、そこの警邏隊の隊長が部下のほとんどを連れて行かれたって言ってたんだよ。それに、近くの村にもいくつか行ったけど、どこも戦士を取られちゃって困ってたのを見たんだ」


「なるほどな。ユウもあっちこっち行ってるんだね!」


「うん、冒険者ギルドからの指名依頼ってのがあったんだ」


「あー、古鉄槌オールドハンマーならそういうのもあるかぁ。ちなみに、他の2人はそういう依頼は受けたことない?」


 ピーターに話を向けられたローマンとマイルズは顔を見合わせた。すぐにローマンが口を開く。


「オレんところは虎退治の依頼をやったことがあったなぁ。村の戦士ギルドが人手不足で手伝ったんだ。街道の巡回はまだねぇぞ」


「俺のところは指名依頼で街道の巡回を1回やった。今はそのくらいかな」


 次いでマイルズが目をつむりながら答えた。隣でローマンが豚の薄切りを口に入れながら興味深そうに見ている。


 2人の話を聞いていたピーターは何度も相づちを打っていた。それから口を開く。


「みんなのパーティもいくつか依頼を引き受けたみたいだけど、去年の秋から領主様の兵士と戦士ギルドの戦士がいなくなったんだよね。これは全部トレジャー辺境伯爵の戦争のせいだよ」


「言われてみるとつじつまが合うよね」


 再びソーセージや鶏肉に手を出したユウが小首をかしげながら同意した。今度は木製のジョッキを傾けて口の中をきれいにする。


 同意してもらえたピーターは嬉しそうにうなずいた。更に調子付いてしゃべる。


「そうだろう? でさ、戦争の形勢が不利になったトレジャー辺境伯爵だけど、このまま戦争を終わらせられないとなると、戦場に行った人たちは戻ってこれないよね」


「あ! ということは今の状態がずっと続くってことかよ? やべーじゃん」


「そうなんだよ、ローマン。だから、足りなくなった頭数をどうにか増やさなきゃならない。けど、町も村もそんなに余裕がなさそうなんだよね。元々数の少ない人でやり繰りしてたから」


「どーすんだよ、領主様と戦士ギルド」


「さぁねぇ。徴兵しようにもそんなに人はいないし、無理に引っぱっていったら町や村がダメになるし、戦士ギルドの方は勧誘をかけてもすぐに人が集まるわけでもないし」


 話し終えたピーターは木製のジョッキを傾けた。それからソーセージを摘まむ。旨そうに口を動かした。


 一方、ユウはその話が自分にどんな影響を与えるのかを考える。冒険者ギルド経由の指名依頼や普通の依頼は今後も度々発生するだろう。しかし、それ以上は何も思い浮かばない。


「ピーター、それって僕たちにどんな影響があるのかな?」


「ん~そうだね、兵隊が不足することによる巡回なんかの指名依頼や戦士ギルドからの応援依頼が増えるだろうな。後は引き抜き」


「え、引き抜き?」


「そうだよ。冒険者ギルドだけ直接影響を受けてないけど、このままで済むはずがないんだ。いずれは色々と手を回されてくるんだろうけど、さしあたっては冒険者の引き抜きだね。特に戦士ギルドは即戦力が欲しいから狙ってると思うよ」


「例えばどんな人が引き抜かれるの?」


「そりゃもちろん優秀な冒険者は欲しいんだろうけど、立場が不安定な奴は狙われやすいかな。例えば、パーティに入れずに困ってる奴や、逆にパーティメンバーが足りなくて解散したばかりの連中なんかだね」


「なるほど」


「可能性で言えば、古鉄槌オールドハンマーも声がかかるかもしれない。アーロンたち4人は中年で冒険者としてはもう先が見えてるし、ユウは独立したら1人だからね」


「僕もなんだ」


 予想だにしなかった話を聞いたユウは目を丸くした。アーロンたち4人はまだしも、自分が視野に入っているとは夢にも思わなかったのだ。今のところ戦士ギルドに入るつもりはない。


 他の3人が別の話題に移る中、ユウは木製のジョッキを傾けながら考える。しかし、楽しい将来はなぜかあまり浮かんでこなかった。

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