獣討伐隊の遠征(後)

 2日目の朝の間も前日同じくユウたちは獣に襲われ続けた。どこにこれだけの獣がいるのかと不思議に思うくらいだが、現に襲われているので考えても仕方がない。


 そうして昼近くまで獣の森の中を巡っていた3パーティだったが、ついに難敵と出会う。


 この日は古鉄槌オールドハンマーが先頭を歩いていた。何度も襲撃を受けるがその度に返り討ちにしていく。そのパーティの先頭を歩くジェイクが獣の気配を察知した。後に続く仲間に停止を合図し、その先の気配を見極める。


「熊だ!」


 叫ぶと同時にジェイクが横っ飛びに避けると、その場を気の立った熊が猛然と走り過ぎた。成人男性の倍ほどもある黒っぽい塊が相手を殺す気で突っ込んでくる。


 一列縦隊の順にフレッド、アーロンも左右に飛び退いた。4番目を歩いていたユウへと熊が急速に近づく。


 もちろんユウも横っ飛びで熊を避けた。しかし、ただ避けるのではなく、悪臭玉をその場に叩きつけて避けたのだ。ハラシュ草の粉末が広がる中に突進する熊が突っ込む。


「ガゥアアァァ!?」


 最後尾を歩いていたレックスが飛び退いた辺りで熊は悶絶して転がった。突進勢いはそのままだったので、熊は文字通り黒鹿ブラックディアの前に転がりながら突っ込んでくる。


 この機を逃す冒険者は合同パーティの中にはいなかった。悶絶している熊めがけて3つのパーティが次々と手持ちの武器を振り下ろす。さすがに巨体の熊もこれには勝てなかった。悪臭に苦しみながら力尽きる。


 難敵があっさりと倒せたことに誰もが驚いていた。ユウの一部始終を見ていたレックスが笑顔でしゃべる。


「逃げる直前に悪臭玉を叩きつけるたぁ、やるじゃねーか! お前その辺器用だよなぁ」


「え? ユウ、あの突進する熊にあれを投げつけたのかい?」


 かつて一緒に活動していたテリーも驚いていた。テリーもかつては悪臭玉を使っていたが、あくまでも動きの止まった獣に投げつけるだけだったのだ。


 目を見開くテリーに対してユウは答える。


「最初は狙ってやっていたわけじゃないですよ。追い込まれて仕方なくやったのが始まりです。でも何度かやっているうちに慣れてきてできるようになりました」


「はぁ、器用だな。俺には無理だよ」


「すげぇな! これからは『棍棒のユウ』改め、『悪臭玉のユウ』だ!」


「やめてよ、ローマン! それじゃ僕が臭いみたいじゃないか!」


 後からやって来たローマンが上機嫌に宣言するのを聞いたユウが慌てて止めに入った。周囲で聞いていた仲間たちが揃って笑う。


 熊に襲われた一行は、ウェスティニーの村に近い場所にまで戻ることになった。それに伴い獣の襲撃頻度がある程度下がる。


 3日目の夕方、ユウたちはウェスティニーの村へと戻ってきた。早速買取出張所で討伐証明の部位を換金する。


「1つずつの単価が安いですね」


「そりゃ殺した獣を丸々持ってきてくれたらもっと値段を上げられるぞ。肉とか毛皮とか使い道のあるところは売れるしな。けど、部位だけじゃこれが精一杯だ」


 換金の手続きをしていたユウの不満に買取担当者が肩をすくめた。その主張は正しくて、報酬の財源が今回はないのでどうしても渋くなってしまうのだ。


 買取カウンターに置かれた貨幣を数え終えたユウがつぶやく。


「魔物の部位並に値段を付けてくれただけでもましかな」


「そういうことだ。こっちも今回は大赤字なんでね。我慢してくれ」


 革袋に貨幣を入れたユウが小さくうなずいて踵を返した。


 自分たち以外のパーティを見てみると、その反応は様々だ。喜んで獣狩りをしているところもあれば、思うような成果を出せずに渋い顔をするところもある。


 日を重ねるにつれてぽつぽつと新たなパーティがやって来るが、同時に去って行くパーティも現れる。討伐証明の部位の換金額が総じて低いことが不満の1つだが、ひっきりなしに襲撃してくる獣に音を上げたパーティもあった。


 月の半ばくらいになると、ユウたちは古参パーティ扱いになる。入れ替わりが頻繁にあるので、最初から居続けるパーティは珍しいからだ。今やすっかり冒険者ギルドからは主戦力扱いである。


 そのため、その頃になると冒険者ギルドの指示で特に獣の多い場所へ行くように頼まれた。良く言えば儲かる場所を教えてもらっているわけだが、溢れそうな場所へ火消し役として送り込まれているのが実態である。


「虎だ!」


 3パーティの中で真ん中を歩いていた黒鹿ブラックディアが横から襲われた。飛び出してきた虎はメンバーに覆い被さる。


 最初に仲間を助けるために動いたのはテリーだった。剣を抜いて水平に構えると虎の顔めがけて突っ込む。


「はっ!」


「ガゥ!」


 テリーの突きに気付いた虎は飛び退いて離れた。倒れていたそのメンバーは別のメンバーに引きずられて後方に下げられる。


 パーティリーダーであるエディを中心に虎への攻撃が始まった。1人ではなく、複数人で虎の気を散らしながら攻撃していく。


 背後に回った1人が虎の後ろ足を傷つけた。怒った虎が後ろを振り向くが、その隙に周囲から頭を殴られ切りつけられて昏倒する。この時点で勝敗は決した。


 戦いが終わると、様子を見ていた他の2パーティが寄ってくる。いずれも虎を倒した黒鹿ブラックディアを賞賛していた。


 その中にユウもいて、テリーに声をかける。


「あの突き、格好良かったですね!」


「いやぁ、ありがとう。エディに教えてもらったんだ。仲間が押さえつけられている場合の対処法としてね。あの状況で剣を振り下ろすと仲間が危ないだろう?」


「なるほど、剣にも槍みたいな使い方があるんですね」


「そうだね。俺もまだ修行中だよ」


 笑顔を浮かべたテリーが肩をすくめた。


 こうしてウェスティニーの村にやって来た冒険者パーティが奮闘したおかげか、月の後半になるとようやく襲撃してくる獣の数が減ってくる。既に春に近いので獣の活動はこれから活発になるのだが、それでも目に見えて成果は現れた。


 ある休日の昼時、焚き火で炙った干し肉を食べながらユウはアーロンに問いかける。


「3月も残り1週間くらいですけど、最後までここにいるんですか?」


「いや、次潜って終わりにするつもりだ。獣の数はすっかり減っちまったし、戦士ギルドの追加要員は来月に来る。もう俺たちが頑張らなくても大丈夫だ」


「やっと終わりですか。なんだかいつもよりも長く感じたなぁ」


「そうだな。とにかく獣に襲われまくったからな。夜も休みなくってのがちょいときつかったぜ」


「1日しかない休みはほとんど寝てましたよ。それでも寒くてたまに目覚めてましたけど」


「はは、そんな生活ももうすぐ終わりだぞ。帰ったら来月まで休みだぜ!」


「あーいいですねぇ。あ、そうか。アーロン、月末は謝肉祭だから早めに帰るんですね?」


「当然だ! 祭の日まで働いてられるかってんだ! ああいうときは休むもんだぜ!」


「まぁ、その件については僕も賛成ですが」


 細めた目を向けていたユウだったが、アーロンの意見には賛成だったのでそれ以上は突っ込まなかった。


 そうして最終日、獣の森から戻ってきた合同パーティは買取出張所に向かう。もう以前ほどの成果はないが、それでも結構な数の部位だ。


 数え終わると買取担当者がユウに話しかける。


「今回もなかなかの数だったな。次が最後になるんだろうが、残りの獣も狩ってくれよ」


「あ、僕たち今回で終わりなんです。明日アドヴェントの町へ帰るんですよ」


「ええ!? 最後までいるんじゃないのか?」


「獣の数も大分減ったし、もう大丈夫だろうってアーロンが言ってたんです」


「そっかぁ、帰っちまうのかぁ。あ、ということは、謝肉祭に間に合うのか。いやさては、謝肉祭のために切り上げたな?」


「らしいですよ。ここでは充分稼げましたし、お祭りのときくらい休みたいって」


「いいなぁ。俺は末日までここにいなきゃいけないから、今年は祭に参加できないんだよ」


「大変ですね。まぁ僕たちは死ぬような目に遭ったんですから、少しくらい良いことがあってもいいんじゃないですか?」


「ちぇっ、何にも言えねーや」


「ははは」


「ほら、もう終わっただろ。早く帰りやがれ、ちくしょう」


 羨ましそうな買取担当者の視線を背に受けながらユウは踵を返して仲間の元に戻った。


 そうして、最後に報酬の分割を終えると今回の合同パーティは解散となる。結果的にはいつもよりも儲けられたが、それはいつも以上に危険な目に遭ったからだ。喜びはしても浮かれるほど集まった面々の経験は浅くなかった。


 最後の一泊をしたとき、ユウは最初ほど寒くないことに気付く。暖かくなってきているのだ。寒さで震えていた日々のことを振り返ると何となく口元がほころぶ。


 朝食を食べ終えるとユウたちは自分の荷物を背負う。これでウェスティニーの村ともお別れだ。一行は意気揚々と村を出た。

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