獣討伐隊の遠征(前)

 体感では冬真っ盛りな日々が続くが暦の上では春先が近い時期、ユウはとある休日に酒場『昼間の飲兵衛亭』へと足を踏み入れた。丸テーブルの1つが仲間によって占められており、声をかけられる。


「ユウ、こっちだ! もうやってるぞ!」


 最初にユウの姿を見つけたフレッドが木製のジョッキを突き上げた。


 座る前に通りかかった給仕に酒を注文したユウは座ってソーセージを摘まむ。


「ごめんなさい。遅れました。ちょっと冒険者ギルドに寄ってたんです。これ酒代です」


「お、こういうところはきっちりとしてんな! いいことだぜ!」


 割り勘の代金を先払いされたアーロンは機嫌良く銅貨を受け取った。これで気持ちよく遅刻の件を忘れられる。


 給仕から受け取った木製のジョッキに口を付けたユウは喉を鳴らした。一息ついたところでアーロンに話を振る。


「今回も指名依頼なんですか?」


「いや、違う。冒険者ギルドからの誘いに乗った。ウェスティニーの村近辺での獣狩りだ」


「ウェスティニーの村? どこにある村なんです?」


「西端の街道を南に半日ほど歩いたところだ。獣の森の中にある村なんだぜ」


「それはまた大変なところにあるんですね。いつも獣に襲われてそう」


「実際その通りらしい。だから他の村に比べて戦士ギルドの連中も数が多い、はずだった」


「え~またですかぁ? まさかそこも1人だけしかいないとか?」


「あそこでそんなことをしちゃすぐに全滅しちまうぜ。さすがにぎりぎり対処できるくらいには数を残していたんだが、今度は獣の数が増えてどうにもならなくなってるらしい。今月の時点で溢れつつあるって聞いたな」


「そんなに増えるものなんですか?」


「さすがにそれは俺にもわからん。同じ森でもこっちではあんまり増えたとは聞かねぇがな。ただ、冒険者ギルドはそこを不安に思ってるらしいんだ」


「同じ森だからこっちでも増えるかもしれない?」


「その通り! だからウェスティニーの村での獣狩りを冒険者ギルドが募集してんだ。来月1ヵ月間の限定でな。しかもだ、職員を派遣して獣の討伐証明の部位を換金できる買取出張所を臨時で設置するって気合いの入れようだ! すげぇだろ?」


「それだけたくさん獣がいるから危ないってことですよね」


「お、わかってきたか! まぁだがよ、危険なんてのは夜明けの森でも一緒だ。だからこれに募集するんだよ」


「他にも理由はあるんですか? 稼げるとか」


「もちろん稼ぐって理由はある。が、他にも、こっちの町にその混乱がやってこねぇように防ぐって目的もあるんだ。ウェスティニーの村とおんなじようになってみろ、薬草を採ってる連中が森に入れなくなって食いっぱぐれちまう」


「それに貧民街に溢れてきたら大変ですよね」


「そうなんだ。だからこれは行かなきゃいけねぇんだ。わかったか?」


「はい」


 自分のところのリーダーが色々と考えて行動していることを知って顔をほころばせた。


 話を聞いていたジェイクがアーロンに尋ねる。


「いつウェスティニーの村へ行くんだ?」


「次の魔物狩りを終えたらだ。3月になっちまうがまぁいいだろ」


「あっちではどういう風に活動するんだ? 3日森に潜って2日休みか? それとも6日潜って1日休みか?」


「現地の様子を見てから確定するつもりだが、今のところは3日潜って1日休みだな。結構切羽詰まってるらしいぜ」


「森の中はもちろん、村でも安心して寝られそうにないな」


 ため息をついたジェイクが木製のジョッキを呷った。


 今まで黙々と食べていたレックスが今度は口を開く。


「他のパーティと組んだらどーよ? 単独はきついんじゃね?」


「わかってる。火蜥蜴サラマンダー黒鹿ブラックディアには声をかけてるところだ。たぶん一緒に組むことになるぜ」


「お、森蛇フォレストスネークはどーした?」


「あそこは今回不参加だ。別件で他の場所に出張だとさ。まぁ、あそこは攻撃力よりも偵察力の方が高いからな。そっち方面で引っ張りだこらしい」


「なら仕方ねーな。まぁ3パーティだったらなんとかなるか」


 何度かうなずいたレックスは再び食べる作業に戻った。


 他に質問が出てこなくなったところでアーロンが宣言する。


「よし、それじゃ来月の仕事はウェスティニーの村の獣狩りにするぜ! みんな、準備は怠んなよ!」


 笑顔で言い切ったアーロンは木製のジョッキを一気に傾けた。それを合図に仕事の話は終わる。


 古鉄槌オールドハンマーの面々は酒と料理に集中した。




 西端の街道を南に向かって歩いていると、ユウは何とも言えない複雑な感情に囚われた。6年前のちょうどこの時期に同じ街道を荷馬車に乗って北へと向かっていたことを思い出したのだ。故郷の村で両親に売られたことが脳裏に浮かぶ。


 しかし、意外に覚えているものだなと内心で驚いていたのも事実である。何年も前に1度通った道など忘れているとユウは思っていたのだ。道案内できるほど鮮明に記憶できているわけではないものの、不安にならない程度には知っている。


 東に獣の森、西に丘陵地帯という景色が延々と続く道を鐘の音1つ分以上歩き続けた先にウェスティニーの宿駅はあった。ピオーネの宿駅やミドルドの宿駅と同じく、領主の早馬を中継する場所であり、旅人に宿を提供する場所である。


 その宿駅には獣狩りに参加する別のパーティがいた。近づいて声をかけようとしたアーロンが途中で動作を止める。


「こんな所に冒険者ギルドの職員がいるのか。何やってんだありゃ?」


「お前たちもウェスティニーの村の獣狩りに参加するパーティなのか?」


「そうだが、こんなところで何やってんだ?」


「参加パーティの確認と村に滞在するときの注意を説明している。村人との諍いは避けねばならんからな」


 ユウが別の職員にパーティメンバーの名前などを伝えていると、声をかけてきた職員からの説明が始まった。寝床は戦士ギルドの宿舎周辺で野宿、居酒屋は神殿の隣にあるが節度を持って使え、民家や畑には絶対に入るな、などと伝えられる。


「おいおい、野宿ってなんだよ。戦士ギルドの宿舎は使えねぇのか?」


「やって来るパーティの数が多いから全員は無理なんだ。それと、どうせ野宿だからって好き勝手な場所で寝るなよ。あくまでも戦士ギルドの宿舎周辺だからな」


「ひでぇ扱いだな、おい」


「この獣狩りが急遽決まったっていうこともあるが、期間が1ヵ月だけなのと、人手不足でこっちにまで手が回らないんだ。買取出張所の小屋だって俺たちだけで今作ってるところなんだからな」


「大丈夫なのかよ」


 文句を言ったアーロンは呆れて黙ってしまった。


 次いでジェイクが職員に問いかける。


「その買取出張所ってのはどこにあるんだ?」


「戦士ギルドの宿舎の近くだ。見たらすぐにわかる」


「仮に今日獣を狩って部位を持っていったらもう換金してくれるんだよな?」


「ああ。小屋は作りかけだが換金はできるぞ。それは心配しなくていい」


 最低限の設備は整っていることを知ってジェイクは表情を緩めた。


 説明と質問を終えると古鉄槌オールドハンマーの面々は村に続く小道に入る。獣の森の中ではあるが、まだあまり危険ではない場所だ。


 しばらく無言で歩いていた一行だが、フレッドが難しい顔をしながら口を開く。


「なんていうか、雑に扱われてるっていうより、全然手が回ってねぇ感じだな」


「冒険者ギルドの職員に文句を言ってどうにかなりそうじゃありませんよね」


「ユウも感じたか。いつもの適当にあしらってるっていう感じがしねぇもんな」


 何となく気勢を削がれた雰囲気の5人がウェスティニーの村に到着した。左手には戦士ギルドの宿舎があり、その対面で少し離れたところに作りかけの小屋がある。その小屋には数人の男たちが取りかかっており、大工音を響かせていた。


 戦士ギルドの宿舎の周辺にはいくつかのパーティが寛いでいる。アーロンがすぐに近づいて話しかけた。


 その間、ユウは村の様子を窺う。あまり大きな村ではないらしく、少しこぢんまりとしていた。かなり育ってきた小麦が植わった畑が一面に広がっており、風が吹く度に穂を揺らしている。収穫の時期はもう近い。


 他のパーティと話をしていたアーロンが戻ってきた。白い息を吐きながら仲間に話しかける。


「既に獣の森に入ったパーティがいくつかあるらしいが、ほとんどは明日から入るそうだ。俺たちは火蜥蜴サラマンダー黒鹿ブラックディアが来るのを待つ」


「その2つはいつ頃こっちに来るんですか?」


「明日中には揃うはずだ。だから、今日と明日は休みだ。とは言っても、ここじゃなーんもやることがなさそうだけどな」


「それなら寝てればいいじゃないですか」


「こんな寒空の下でか? はは、森の中の方がまだましだぜ」


 リーダーが笑うのをよそにユウは周囲を見回した。遮る物がないため吹きさらし状態だ。外套があっても厳しい。


 白い息をユウは大いに吐き出した。

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