盗賊討伐(後)

 村長の印象は悪くとも依頼は果たさなければならない。今後どうするべきかデクスターを中心にアーロンとジェフが話し合う。その結果、古鉄槌オールドハンマーの5人とジェフを合わせた6人で2人1組のペアを組んで盗賊を索敵することになった。


 捜索の能力は、ジェイク、ジェフ、アーロンの順に高い。この3人に対して、ユウ、フレッド、レックスがそれぞれ組むことになる。


 遅めの昼食を手早く済ませた6人はすぐにミドルドの村の東側の索敵を始めた。恵みの川の北側をジェフとフレッドが、恵みの川の南側の河原沿い近くをジェイクとユウが、そしてジェイク組の更に南側で境界の川寄りをアーロンとレックスが東側へと進んで行く。


「ユウ、今日はもう日も長くないから、索敵の方法について学ぶつもりでいた方がいいぞ。他のペアもフレッドとレックスに同じことをしてるはずだからな」


「わかりました。それにしても、歩きにくいですね。河原を歩けたらいいのに」


「それじゃ盗賊にこっちのことがバレちまうだろう。面倒だが森の中を進むんだ」


 戦士ギルドの宿舎に荷物を置いて身軽になったジェイクとユウはゆっくりと恵みの森の中を歩いた。単に森の中を歩くだけならユウも慣れたものだが、忍びながらとなると勝手はまるで違う。ジェイクの指導を受けながら少しずつ木々の間を進んで行った。


 ある程度進むとジェイクは止まり、踵を返す。


「今日はこの辺りまでだな」


「まだ明るいですよ?」


「これから同じ距離を隠れながら村まで帰るんだ。帰りも往きと同じだけ時間がかかるぞ」


 指摘されたユウは目を見開いてからうなずいた。


 日没までに3組とも戦士ギルドの宿舎に戻ってくると、隙間風に耐えながら初日の成果を報告する。もちろん盗賊は見つからなかった。しかし、ユウ、フレッド、レックスの索敵および隠密の能力が議題に上がる。


 その結果、レックスの能力が3人の中でどちらも高いことがわかった。普段一列縦隊で最後尾を担当するため、気配を探るのがうまくなったらしい。また、喧嘩のときに奇襲を仕掛けることがよくあったことから隠れることは得意だったという。


 一方、ユウは可もなく不可もなくで、フレッドは難ありだった。そのため、2日目からの索敵にはフレッドは外れて宿舎待機となる。


「まぁ、最近は1人で行動することも多かったですから、明日からも1人でやりますよ」


 その荒い雰囲気に似ず丁寧な口調でジェフは肩をすくめた。ショーンとフィルのどちらかをペアにという意見も上がったが、どちらもフレッドと似たようなものと判明してからの言葉である。


 2日目、この日は外套、干し肉、水袋を持って3組は出発した。恵みの森の中で1泊するためだ。冬の日照時間は短いため、索敵が充分にできない可能性を考えてのことである。


 朝から恵みの川に沿ってその南側の森の中をジェイクとユウは東へと歩いて行った。そのまま延々と周囲を見ながら進み続けた結果、夕方となる。


 この日はその場で野営することになったが、いつものように火は熾せない。日が落ちる中、2人は外套に身を包んで干し肉を囓った。


 固く冷たい食事が終わると夜の見張り番である。


「あのあばら屋の隙間風は結構冷たかったから、森で眠るのもあまり変わらないな」


「そうですか? 寝台の上で体を伸ばせるからあっちの方がいいなぁ」


 先に眠ることになったジェイクのつぶやきにユウが言葉を返した。更なる返答はなく、静かな寝息がわずかに耳に入る。


 ほぼ新月の夜ということもあって周囲は黒一色だった。1年前のユウであればただその暗闇に怯えるだけだったが、今は違う。まだ未熟とはいえ、視覚以外からも周囲の状況を窺えるようになってきていた。ただ、襲ってくる眠気との戦いは未だ熾烈である。


 その後、ジェイクと夜の見張り番を交互に担いながらユウは朝を迎えた。若干重い頭を朝食で覚醒させる。


 食べるとすぐに行動開始だ。今日は朝の間しか前に進めない。その間に盗賊を見つける必要があった。


 ジェイクを先頭に2人は進む。ジェフの前情報が正しいのならば、もうそろそろ盗賊を見かけても良いはずだった。


 慎重に歩いていたユウは突然ジェイクが止まったので自分も立ち止まる。しばらく前方の様子を窺っていたジェイクに前へ進むよう指で指図された。それに従ってゆっくりと歩き、草木の陰からその奥を見る。


 視線の向こうには、ぼろをまとった垢まみれの男たちが寛いでいた。鎧を身につけている者はほとんどおらず、剣や槍も手入れされているようには見えない。


小鬼ゴブリンみたいですね」


「言い得て妙だな。11人か。これで全部なら、ジェフの話が正しかったことになる」


「このまま帰って報告するんですよね」


「帰るのはユウ1人だ。俺は残って見張り続ける。どこかに移動するかもしれないからな」


「干し肉と水袋は?」


「まだ3日分ある。だから心配ない。途中までは静かに森の中を進んで、それからは河原を伝って帰れ。その方が速い」


 2日分しか持ってきていなかったユウはジェイクの周到さに目を見開いた。そして、ペアを組んでいる理由も悟る。


 指示通りにユウは慎重に森の中を引き返してから、河原に出てミドルドの村へと急いだ。




 そこからの展開は速かった。


 ユウが盗賊発見の報告をデクスターに知らせると、他の2組が戻って来るや、夜にもかかわらず松明たいまつを燃やして河原沿いに東へと強行軍で進む。夜が明けてユウが帰るとき森から河原へ出た地点で仮眠を取ると、昼頃までにはジェイクの元に全員が揃っていた。


 現場確認のために、デクスター、ジェフ、アーロンの3人が盗賊の様子を確認する。その後、少し離れた場所で見張り役のフレッドとレックスを残して集まった。


 最初にジェイクが口を開く。


「昨日見つけたときから特に動きはない。会話を聞いてると、そろそろまた誰かを襲うことを話してたな」


「そうなると、すぐにでも捕らえる方がいいな。全員捕縛できるのが一番なんだが」


「デクスター隊長、乱暴ですが多少殺しても確実に全員押さえる方がいいですぜ。逃がすと面倒なことになりますし」


 アーロンの提案にジェフだけでなくショーンも賛成した。後日生き残りに村が襲われたなんてことがあってはならない。


 しばらく悩んでいたデクスターだったが、やがてうなずく。


「そうだな。村の安全が優先だ。よし、やろう!」


 方針が決まると後は戦い方だ。三方から攻めることになる。真正面はデクスター、ショーン、フィル、フレッド、レックスの5人、境界の川側からはアーロンとジェフの2人、そして恵みの川側からはジェイクとユウの2人だ。


 動物の鳴き声で古鉄槌オールドハンマーの面々が互いの準備の完了を告げると戦いが始まる。


 最初に行動を起こしたのはデクスターだった。剣を抜き、先頭に立って盗賊たちへと突っ込んで行く。それにショーン、フィル、フレッド、レックスが続いた。


 盗賊の注意が5人へと完全に逸れると、続いてアーロン組とジェイク組が静かに突撃する。わずかな間だけでも時間を稼いで距離を詰めるためだ。


 初撃、デクスターたち5人が盗賊と接したとき、相手は何もできなかった。目を見開き、体を固まらせたまま動けなかったのである。3人が昏倒させられ、2人が頭をかち割られた。


 この時点で盗賊たちの命運は尽きたと言っていい。11人中5人が戦えなくなったところに9人で囲まれたのだ。逃げられない。


「あああ!」


「うわあああああ!」


 目の前の盗賊がユウに刃こぼれした槍を突いてきた。見る人が見ればとりあえず突いているという攻撃だ。


 その刃先に対してユウは槌矛メイスを振り下ろした。すると、かち合った瞬間に槍の穂先が折れる。


 1度槍を引いた盗賊は槍の先に刃がほとんどないことに気付いた。呆然として動きを止める。


 その隙にユウは間合いを縮め、槍を持つ腕を槌矛メイスで打ち据えた。その瞬間、盗賊が絶叫する。


 大きな声に一瞬顔をしかめたユウだったが、構わず槌矛メイスで盗賊の頬を打ち据えた。叫んでいた男は声を途切れさせて地面に倒れる。


 周囲を見回すと既に戦いは終わっていた。気絶しているにしろ嗚咽しているにしろ死んでいるにしろ、盗賊は全員地面に転がっている。


 立っているデクスターたちは気勢を上げていた。ショーンとフィルはもちろん、ジェフやアーロンたちも自分たちの武器を突き上げている。


 その中で、1人ユウだけが呆然としていた。何となく雄叫びを上げる気にはなれないでいる。


 その後、盗賊たちは全員ミドルドの村へと連れて帰った。死体は木の枝で組んだ簡易台を作って盗賊に運ばせる。1泊した翌日、ジェフを除いたデクスター以下7人でアドヴェントの町へと移送した。東門の検問所で解散である。


 村も盗賊も印象の悪かった仕事はこうして終わった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る