ピオーネの村の熊狩り(後)

 アドヴェントの町の近くにあるピオーネの村で冬眠できなかった熊が出没した。古鉄槌オールドハンマーは駐在する戦士ギルドの熊退治の依頼を受ける。しかし、熊をどうやって誘き寄せるか、更には誘き寄せてどう倒すのかという問題があった。


 獣の森で熊と遭遇したことを思い出したユウは顔をしかめたが、そこではたと気付く。


「アーロン、提案があるんですけど話していいですか?」


「おう、いいぜ。何か思い付いたか」


「熊を探す方法ですけど、餌で誘き寄せたらどうです? 餌が足りなくて冬眠できないんでしたら熊は今も必死に餌を探しているはずです。なら、こっちで用意してやって都合のいい場所に誘導するんです」


「いい案だが、何で誘き寄せる?」


「熊は蜂蜜が大好きだって聞いたことがありますけど」


「蜂蜜はねぇな。それにあの臭いって遠くまでは届かねぇんじゃねぇか?」


 横からロニーが口を挟んできた。興味を持ったようで顔つきが真剣になっている。


 疑問を突きつけられたユウは眉を寄せた。しばらく黙っているとジェイクが口を開く。


「臭いを広い範囲に撒けたらいいんだよな。だったら、燻製肉の煙を炙ってやったらどうだ。あれなら結構広がると思うが」


「燻製肉なんて持ってねぇぞ。いや、干し肉を炙ってもいいな! 焚き火の横に串刺しにしてよ! あれいい匂いがするんだよな!」


「頭いいな、フレッド! だったらそこら辺の河原で焚き火を焚いて干し肉を炙ろうぜ!」


 案が具体化してきて機嫌が良くなったアーロンが叫んだ。最も難しい問題が解決しそうで興奮している。


 同じように興奮していたレックスだったが、急に訝しげな表情を浮かべて首をかしげた。そのまま誰に尋ねるともなく独りごちる。


「それで熊はいつ喰いにくるんだ?」


「森に隠れて見張るしかないと思いますよ。いつやって来るかわからないですし」


「でも夜に来られちゃまずいよな。なんも見えねぇぞ」


「月齢だと今の時期はほぼ満月なんですけど、ずっと雲がかかってますからねぇ」


 しゃべりながらユウは空を見上げた。今も鉛色の雲に空が覆われている。吐く息の色と相まって寒く感じられた。


 再び顔を仲間へと戻したユウが再び提案する。


「日中だけ焚き火をするのはどうですか。夜はやらないんです。こうすれば昼の間にだけ誘き寄せられると思うんですけど」


「なるほどな。それを何日が繰り返して誘い出すわけか。このユウってガキ、頭いいじゃねぇか」


「だろ? 自慢の仲間だぜ!」


 感心しているロニーにアーロンが胸を張った。


 しかしまだ1点、どう倒すのかという問題が残っている。これに関してもユウは案があった。機嫌の良い仲間たちに話しかける。


「それと、熊を倒す方法ですが、最初は悪臭玉を投げつけたらいいと思います。焚き火を囲むように周りの森の中にみんなが隠れて、餌に食いついたら一斉に投げるんです」


「なるほどな、それなら誰かが外しても他の誰かの悪臭玉が命中するってわけか」


「その後みんなで熊に攻撃したら殺しやすいんじゃないですか」


「うん、悪くねぇな。ロニー、どうだ?」


「いいけどよ。アーロン、お前らいっつも悪臭玉を使ってんのか?」


「まさか。格上の魔物や数が多すぎる場合だけだよ。それだってユウに言われるまでは俺たちだって使ってなかったしな」


 知り合いの冒険者の説明にロニーは微妙な表情を浮かべた。悪臭玉は効果的だが、その性質上あまり好まれないことが多い。ロニーの反応はまだましな方だ。


 それでも他に方法がないためにユウの案が採用された。早速全員で準備に取りかかる。


 提案者であるユウは焚き火をおこすために木の枝を拾った。夏よりも乾燥した気候であるとはいえ、冬でも生木は燃えにくい。宿舎に置いてきた背嚢はいのうから松明たいまつの油を持ち出して燃えやすくした。


 次いで干し肉は木の枝に刺して焚き火の近くに立てかける。今回は人間が食べるために炙るのではないので、その辺の木の枝を串代わりしようとレックスが提案したのだ。


 その間にアーロンたちはどこに隠れるべきか検討していた。恵みの川の北側の河原で焚き火を熾したが、熊が逃げられないようにうまくそれを囲まないといけない。また、人間の臭いに気付かせずに焚き火の炙られた干し肉に近づけさせる必要がある。


 散々検討した結果、川の南側の森にジェイクとロニーが隠れることになった。これは6人の中でも2人が身軽だからだ。川を挟んでいるので焚き火まで少し遠いが、川底は深くないので頑張って10レテムの川幅を越えてもらう。


 残りの4人は川の北側の森に隠れることになった。このとき、村側の3人は木の根の間などにその身を隠すが、反対の東側に隠れるユウだけは木の上に登る。熊の予想進路に最も近いため、臭いで気付かれないようにするためだ。


 焚き火に干し肉2つを炙るように木の枝を調整したユウが立ち上がる。


「用意できました」


「よし、それじゃ早速やるか。みんな、所定の場所で隠れろ」


 アーロンの指示でロニーを含めた全員が決められた場所へと散った。


 久しぶりに木に登ったユウはそこから焚き火へ目を向ける。木登りが一番得意という理由で最も危険な場所に配置されたわけだが、獣の森で散々やってきたことだったので悲観はしていない。それよりも、この作戦が成功するか気になる。


 初日、昼食もその場で食べて待ったが熊は現れなかった。焼けすぎて縮れてしまった干し肉を見ながらフレッドがつぶやく。


「ダメだったな」


「1日でかかってくれるとはさすがに思ってねぇよ。こういうのは気長にするしかねぇさ」


 小さくため息をついたロニーが肩をすくめた。


 日が傾きつつある中、宿舎に帰る直前になってレックスが縮れた干し肉を指差す。


「これどーすんだ?」


「そのままにしましょう。夜に熊が見つけて食べて、味を占めてくれたら却ってやりやすいですし」


「なるほど、それじゃほっとこーぜ!」


 ユウの意見に笑顔を浮かべたレックスが踵を返した。


 2日目、初日と同じように焚き火で干し肉を炙って待ち続けたが熊は現れず。冬の寒い日に日陰でじっと待ち続けるのは思いのほか体が強ばった。特にユウは木の上で待ち続けたので他の5人よりも疲労が強い。尚、干し肉は初日のものもそのまま残しておいた。


 そして3日目、変化があった。朝一番に焚き火跡に向かうと荒らされていたのだ。干し肉はすべてなくなっている。この辺りに自分たち以外の人間が来ることはまずない。


「来たな」


「ああ、いよいよだぜ」


 待望の変化にロニーとアーロンがお互いの顔を見て口元をつり上げた。


 焚き火と干し肉の用意を済ませると、全員がすぐに隠れて待つ。餌がここにあると知った以上、必ずまたやって来ると信じて。


 昼過ぎ、ユウが固い干し肉を食べ終わったときにその獣はやって来た。川沿いに東から熊が歩いてきたのだ。警戒しつつも焚き火へと向かって行く。


 大きさは成人男性くらいだった。獣の森の熊よりもずっと小さい。餌不足で太れなかったらしい。


 その熊は燃える火を注意深く眺めつつも干し肉をしきりに気にしていた。やがて我慢できなくなったようで、木の枝を手ではたいて焚き火から遠ざける。干し肉が地面に落ちるとすぐにかぶりついた。


 ちょうどそのとき、4方向から小さな玉が焚き火近辺に放り込まれる。それを認めた瞬間ユウは木の上から飛び降りた。そして、腰から悪臭玉を取り出して熊の手前に投げつける。


 4つの玉が次々に河原へと叩きつけられてハラシュ草の粉末を飛散させた。遅れて1つの玉も破裂する。食べることに集中していた熊は対応が遅れた。気付いたときには粉塵の中である。


「ガアアァァアアァァ!?」


 同時に5つの悪臭玉を受けた熊はのたうち回った。焚き火も関係なく蹴り飛ばす。逆に危険ではないかと思えるほどだ。


 煙がほぼ収まると全員が熊に向かって突撃した。熊に対して有効な武器を持つアーロンとフレッドを中心に次々と殺傷および殴打していく。勝負はしばらくしてから着いた。


 熊の死体を見下ろしながらロニーが機嫌良くしゃべる。


「いやぁ、助かったぜ! これで安心して眠れるってもんだ!」


「はっはっは! 俺たちにかかっちゃざっとこんなもんよ!」


「また何かあったら頼むぜ!」


「いやなこった! さっさと自前の戦士を揃えろ!」


 同じくらい上機嫌なアーロンがロニーの言葉を朗らかに拒否した。すぐにお互いの顔にこぶしが飛ぶ。どちらも笑顔で殴り合っていた。


 周囲はまた始まったと呆れながら見守る。ユウが後で聞いたところによると、アーロンとロニーは昔からこんな感じだったらしい。下手に仲裁に入ってもひどい目に遭うだけなので力尽きるまで好きにさせるのだ。周りからすると迷惑な話である。


 こうして、年末のピオーネの村の熊退治は終わった。

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