ピオーネの村の熊狩り(前)

 アドヴェントの町は周辺に点在する村を管理しているが、ピオーネの村もその1つである。いくつかある村の中で最も町に近いこの村は、境界の川で隔てられた恵みの森の中にあった。町から北に延びる境界の街道上にあるピオーネの宿駅を管理している。


 現在、古鉄槌オールドハンマーの面々はこのピオーネの村の入り口にいた。朝日を浴びながら近くのあばら屋に向かってアーロンが白い息を吐きながら声を上げる。


「ロニー、来てやったぞ! 出てこい!」


「相変わらずうるせぇなぁ、アーロン。よく来てくれた!」


 やや線が細い顔つきの革の鎧を着た中年があばら屋から出てきた。立て付けが悪いのか随分と乱暴に扉を開ける。


「おおさぶっ。暑苦しい顔は変わんねぇな。お、なんだそのガキは? 荷物持ちか?」


ちげぇよ! こいつは俺たちの仲間だ。今年入ったばかりの新人だぜ」


「おいおい、こんな子をだまくらかして入れたらダメだろう。おじさんが一緒に官憲のところへ行ってやるからな」


「やめろよ! こいつは本当に仲間なんだよ! そうだろ、ユウ?」


「初めまして、ユウです」


「ほら見ろ絶対ウソじゃねぇか。なんでこんな真っ当な子がお前らの仲間なんだよ。かっさらってきたって言われた方がまだ信じられるぜ?」


「てめぇ!」


 話が全然進まないうちにアーロンとロニーの喧嘩が始まった。ユウは不安そうに他の仲間へ顔を向けるが、暇そうに待っているだけである。


 しばらくもみ合っていた2人だが、やがて息を切らして離れると大きなため息をついた。そうして握手する。


「はは、変わんねぇな、お前さん。昔のまんま口は達者だぜ」


「よせよ照れるじゃねぇか。その暑苦しい顔ほどじゃねぇよ」


「まだ言うのか?」


「終わってからにしようか。とりあえず、我が戦士ギルドの宿舎に入ってくれ」


 言いながら踵を返したロニーが立て付けの悪い扉を強引に開けた。アーロンを先頭にユウたちも中へと入る。


 室内は殺風景だった。中は1部屋の大部屋で寝台が4台置いてある。壁に隙間があるのか冷たい風が入ってきていた。


 一巡り中を見たレックスがつぶやく。


「俺たちの宿の方がマシだな」


「そういうなよ。5年前に比べたらこれでも天国なんだぜ?」


「そんな地獄は知りたくねーなー」


 背負っていた背嚢はいのうを降ろしながらレックスはぼやいた。他の4人も続いて荷物を降ろす。


 ロニーの勧めで身軽になった者から寝台へと腰をかけた。外とあまり気温が変わらないので外套は羽織ったままである。


 5人が座ったのを確認するとロニーはアーロンの正面に座った。そして、すぐに話しかける。


「依頼の内容は聞いてると思うが、俺からも簡単に説明しておく。今回来てもらったのは、この村の近くに出没するようになった熊を退治するためだ。どうも餌不足で冬眠し損ねたヤツみたいでな、今も恵みの森の中をうろついてる」


「恵みの森で餌不足ってのはシャレっ気のあるヤツだな」


「笑えるだろ? けど、状況は笑えねぇんだ。何しろ村の近くまで来てるからな。腹を空かせて眠れないなんて熊が人間に目をつけたらどうなると思う?」


「状況はわかった。けど、1頭くらいなら戦士ギルドでも対応できるだろ。ここにだって何人か戦士がいるんだからよ」


「先月まではいた。けど、全員徴兵されて今は俺1人なんだよ」


「マジかよ。笑えねぇぞ」


「まったくだ。来月に2人来るらしいが、ちょうどその隙間に厄介事が来ちまったわけだ。正直お前がすぐに引き受けてくれて助かったよ」


 事態が意外に深刻なことにユウたちは目を見開いた。今のところは平穏だが、いつ熊が襲ってくるかわからないのだ。


 アーロンの近くに座っているジェイクが口を開く。


「熊はどの辺りに出るのかわかっているのか?」


「出くわした村人の証言と俺が調べた範囲では大体目星は付いている。村の真ん中に恵みの川ってのが流れてるんだが、それに沿って村から出て東側にいくらか進んだ所だ」


「1頭だけなのか?」


「俺が調べた範囲だとな。冬眠し損ねたヤツがそう何匹もいないとは思うんだが」


「いつから仕事を始める?」


「この話が終わってすぐだ。荷物はここに置いておけばいい。どうせ日帰りだからな」


 次いでフレッドがロニーに尋ねる。


「村の連中に挨拶とかしなくてもいいのか?」


「一応最初に村長には面通しさせる。が、今回は俺たち戦士ギルドが出した依頼だからな。お前たちが村人と関わることはないと思っていい」


「なるほど。人の移動の隙間を狙われたなんて事情、村にとっちゃ知ったこっちゃねぇもんな」


「そういうことだ。あー頭いてぇ。他に質問は? なければ早速行こう」


 古鉄槌オールドハンマーの5人の顔を見たロニーは声をかけてから立ち上がった。


 境界の川と同じように東から北へと流れる恵みの川は幅が10レテム程度の穏やかな川である。ピオーネの村はこの川の流域を開拓した三日月状の村だ。


 目立つ建物は少ない。宿駅に通じる小道の隣に戦士ギルドの宿舎があり、そのまま東に進むと恵みの川の西側に水車小屋がある。その南に村の東西を繋げる橋が架けられていた。川の西側の土地にはやや南側にパオメラ教のアグリム神を祭った小さな神殿と村唯一の居酒屋が見える。あとは村民の小さな家が点在していた。


 小麦の作付けの終わった畑が広がる中、村で唯一の橋を渡って東にすぐのところに村長の家はある。他の村人の家よりも大きいがみすぼらしい点は同じだ。


 ロニーに呼び出されて家から出てきたのは痩せ細った老人である。


「ああ、出ていった戦士の代わりかね。熊を追っ払ってくれるんだって? ありがたいねぇ。まぁ、こっちに影響がないんだったら好きにしてくれ」


 興味なさそうな態度で古鉄槌オールドハンマーを一瞥すると村長はすぐに家の中に消えた。


 あっさりとしすぎた面通しが終わってアーロンがロニーに顔を向ける。


「やりやすいっちゃやりやすいんだが、熊が出たってのに無関心すぎねぇか?」


「村の外のことに興味ねぇんだよ。それに、まだ被害も出てねぇしな」


 苦笑いしたロニーが肩をすくめた。それから村の南東へと足を向ける。


 川沿いの小道を進む中、周囲の畑には村人が作業をしていた。開拓村出身のユウなどはそれを懐かしそうに眺める。


 小道は恵みの森の手前まで続いていた。そこからは川の両岸にある狭い河原に沿って進むしかない。


 先導して河原を歩くロニーにアーロンが話しかける。


「そういや、村人が森の中で熊と出くわしたって言ってたが、なんで村の連中は森にいたんだ?」


「必要なもんを取りに行ってたからだよ。山菜はもちろん、薪なんかも毎日いるからな。ただ、今は昔と違って何にでも税金がかかるってぼやいてたが」


「まぁここら辺じゃ、いくら狩っても税金がかかんねぇのは夜明けの森くらいだろうしな。いや待て、となると、この森にいる動物に手を出すのもまずいんじゃねぇか?」


「害獣に関しては構わねぇんだよ。今回だと熊だな」


「へぇ、他にもあんのか?」


「作物を荒らす獣は全部だぞ。猪、鹿、たまに猿なんかも来やがる」


「かぁ、まるで獣の森みてぇだな」


「この森の獣はあそこほど凶暴じゃねぇし、そもそもそんなに数もいねぇよ。だから、戦士ギルドおれたちが年に何度か追い払うだけで足りてるんだ」


 河原を歩きながらロニーはしゃべりながら親指を自分に向けた。


 のんきそうに歩いていたロニーだったがやがて立ち止まる。それからアーロンへと振り返った。それから近くの河原に右の指先を向ける。


「これだ。食い散らかされた魚の跡がある。他にもあっちに糞が1つ」


「熊がこれを食ったかはわかんねぇが、糞があるってんなら確実だな。ここには何度も来やがるのか?」


「跡を見る限りは1回だけだな。ただ、この向こうの木に爪を研いだ跡があったから、もしかしたらまた来るかもしれん」


「となると、問題はどうやって熊と出くわすかだが、何か案はあるか?」


「困ったことにそれがねぇんだよなぁ。今んところ根気よく探すくらいしか」


 顔をしかめたロニーが歯切れ悪く返答した。都合良く遭遇できれば後は戦うだけなのだが、問題は相手の熊と出会えないという点だ。


 それともう1点、重要な問題がある。熊は巨体だ。厚い皮膚に鋭い爪を持った下手な魔物より恐ろしい獣である。これをどうやって倒すのかも考えねばならない。


 話を聞いていたユウは獣の森で熊と出会ったときのことを思い出す。あのときは戦う術がなかったので逃げるだけだった。もちろん冬に遭遇する熊などいたら全力で逃亡である。


 嫌な思い出が脳裏に浮かんだユウの表情は暗くなった。できれば出会いたくない獣の筆頭である。本音を言えば今すぐ帰りたいくらいだ。


 それでも依頼を引き受けた以上は逃げられない。幸い仲間はいる。なので、ユウはユウで何とかする方法がないか考えた。

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