常備薬を揃えよう!
今年もいよいよ最後の月を残すばかりとなった。まだ晩秋の色がいくらか残っているが暦の上では冬である。
近頃ようやく落ち着いてきたこともあって、ユウは街道の巡回任務のときに感じたことを思い出した。常備薬についてだ。今のところ体に異常はないが、いつ必要になるかわからない。そして、こういう薬の類いは必要になってから揃えるのでは遅すぎるのだ。
そこで、ユウはとある休みの日に
「シオドア、おはよう。常備薬について相談があるんだけどいいかな?」
「常備薬とは珍しい。いや、冒険者なら備えているべきと見るべきかな?」
「うっ、痛いところを突くね。傷薬の軟膏は前に用意してもらったけど他はまだ持ってないから、この機会に揃えようかなって思って」
「いい心構えだと思う。それで、どんな薬が欲しいんだい?」
「実を言うとよくわからないんだ。だから、どんな薬を常備薬として揃えるべきか教えてほしいんだよ」
「ふむ、そうかい。でも、ビリーに教えてもらいながら薬草採取をしていたんなら、そのときの経験を元にある程度思い付くんじゃないかな」
目深に被ったローブのせいで表情が見えないシオドアは静かに言葉を返した。
かつての経験から何が言えるのかと考えながらユウは答える。
「うーん、ラフリン草から作る痛み止めの水薬、クレナ草から作る腹痛止めの水薬、くらいかなぁ。傷薬の軟膏はもう持ってるし、虫除けの水薬と悪臭玉は違うしね。あれ? この2つの薬って同じ痛み止めだよね。なんでわざわざ違う薬なの?」
「おや、そこは知らないのかい。ラフリン草から作る痛み止めは傷の痛みや頭痛に効くんだ。鎮静剤みたいなものだよ。それに対してクレナ草は腹痛や下痢に効く。いわば整腸剤なんだ」
「なるほど、同じ痛み止めでも効くところが全然違うんだ。作り方ばっかり教えてもらって、効果の方はあんまり教えてもらわなかったなぁ、そういえば」
「それは片手落ちだね。わからないことがあったら聞いてくれたらいいよ」
楽しげな声でシオドアがたしなめた。ばつが悪くなったユウは頭を掻く。
そんなユウの態度を気にすることなくシオドアが話を続ける。
「本題に戻ろう。常備薬なんだけど、人によって揃えるべきものは大きく変わるよ。胃腸が弱いのなら腹痛止めの水薬になるし、頭痛持ちなら痛み止めの水薬が必須になる。ユウは何に対して備えるつもりだい?」
「実は何も考えていませんでした。単にあったらいいなぁっていうくらいで。ただ、夜明けの森の中で何かあったら困るから備えておきたいんだ」
「なるほどね。誰も助けてくれない環境でも何とかしたいってことかな」
「うん、そんな感じ」
「だったら、痛み止めの水薬、腹痛止めの水薬、傷薬の軟膏これはもう持ってるか、となると、後は解毒の水薬くらいだね」
「3種類か。思ったよりも少ないなぁ」
「可能ならいくらでも挙げられるけど、薬屋じゃないんだからそんなに多くは持てないだろう? だから種類と数は絞り込むのさ。第一、お金がいくらあっても足りなくなるよ」
金銭の問題を持ち出されたユウの顔が引きつった。確かに経済的な制約は大きい。
そこで何かを思い出したかのようにユウが尋ねる。
「その3つって結構な値段がするんだったよね?」
「解毒は植物系と動物系の2種類があるから正確には4種類だよ。この解毒の水薬はそれぞれ1回分で銅貨2枚、痛み止めの水薬は3回分で銅貨2枚、腹痛止めの水薬なら2回分で銅貨1枚かな」
「やっぱり銅貨単位かぁ」
「薬は何だって高いよ。もっとも、きみの場合は薬草を持ってきてくれたら半額にするからまだましだと思うよ」
「解毒の水薬で使う薬草って何?」
「ああ、あれはこの辺では手に入らないんだよ。残念だね」
「うーん、一番高いやつの薬草が採れないのかぁ」
残念な話を聞いたユウは肩を落とした。思うように出費は抑えられそうにない。
難しい顔をしたユウにシオドアが更に告げる。
「で、薬の話ばかりしたけど、その薬を入れる入れ物も揃えないといけないよ」
「あ! そうだった! えぇ、どのくらい必要になるんだろう」
「きりのいい値段で薬を買いたいのなら、解毒の水薬は動植物で小瓶1本ずつ、痛み止めの水薬は小瓶3本ずつ、腹痛止めの水薬なら小瓶2本ずつだから、合計で小瓶が7本だね」
「どうして小瓶ばっかりなの?」
「薬を飲むときに小分けする余裕なんてないからね。だから最初から小分けしておくのさ」
「あーなるほど」
納得の理由にユウはうなずいた。中瓶を検討していただけに間違った選択をせずに済んだと内心安堵する。
「にしても、全部揃えたら瓶も含めて銅貨14枚かぁ。結構するなぁ」
「いきなり全部揃えなくてもいいと思うよ。必要な薬から少しずつ揃えたらいい」
「ありがとう、参考になったよ」
薬を揃えるに当たって必要な知識を得られたユウが笑顔でシオドアに礼を述べた。
次いでユウが向かったのは道具屋『小さな良心』である。かなり傷んだ木造の家屋に遠慮なく入る。
「ジェナ、おはよう」
「おや、ユウかい。靴の調子はどうだい?」
「いいですよ。ぴったりなんで動きやすいです。しばらくはこれを使いたいですね」
「そりゃ良かったよ。使い倒してくれるってんなら、あたしも道具も嬉しいってもんだよ。で、今日は何を買いに来たんだい?」
「小瓶を買いに来ました。7つです」
「いきなりたくさん買うじゃないか。しかも小瓶? 何か商売でも始めるのかい?」
「常備薬を揃えようと思っているんですよ。知り合いの薬師と相談しながら」
「ああ、思い付きでやろうってわけじゃないんだね。結構なことだよ。ということは、水薬を入れる瓶がほしいんだね?」
「はい。ありますか?」
「そりゃもちろんあるさね。ここはあたしの道具屋だよ。ちょいと待ってな」
いつも通りに椅子から腰を上げたジェナが店の奥へと姿を消した。しばらくすると戻って来る。頭巾の内のしわくちゃな顔を機嫌良さそうに歪ませていた。
カウンターの上に1本ずつ小瓶が並べられる。
「水薬を入れるんなら、この細い瓶がいいさね。全部で銅貨7枚だよ」
「はい、ありがとうございます」
革袋から銅貨を七枚出したユウはカウンターに置いた。ジェナがそれを手にしている間に小瓶を手にしようとして体を止める。
銅貨をすべて手にしたジェナが怪訝な目を向けた。ユウと小瓶との間に視線を1往復させてから尋ねる。
「どうしたい? 気に入らないことでもあったのかい?」
「いえ、そうじゃないです。どうせなら足りないものをまとめて買っておこうかなって思ったんです」
「結構なことじゃないか。言ってみな、用意してやるよ」
「えっと、巾着袋2袋、包帯、麻の紐、ぼろ布2枚、かな」
「よくわからない組み合わせだねぇ。まぁ、用意はできるよ。待ってな」
巾着袋は常備薬を入れるためだ。小瓶を背嚢の中に直接入れてしまうと肝心なときにどこにあるかわからなくなってしまう。包帯は常備薬の一環だ。今まではかすり傷などはそのままだったが、今後はどうなるかわからない。
麻の紐は前から買おうと思っていて忘れていたものである。こういう物は思い出したときに買わないと後でまた絶対に忘れるものだ。
ぼろ布は
注文の品を抱えてジェナが戻ってきた。カウンターに並べていく。
「巾着袋2袋、瓶を入れるならこのくらいの大きさでいいだろうね。包帯は6本、麻の紐は長さ50レテム、ぼろ布2枚はこれだよ。締めて銅貨6枚と鉄貨20枚」
「結構しますね」
「ひひひ、珍しくたくさん買ってくれて嬉しいよ」
嬉しそうに笑うジェナの前でユウは少し渋い顔をした。しかし、止めていた手を動かして革袋から銅貨と鉄貨を再び取り出す。それが終わると、今度こそ小瓶を手にして買ったばかりの巾着袋へと入れていった。
背嚢にすべて詰め込んだユウはそれを背負うと店を出る。これで常備薬を手に入れる準備は整った。後は薬草を採ってシオドアに渡せばよいだろう。
そうなると、夜明けの森に入っているときに薬草を採る許可をアーロンからもらわないといけない。
こうして今年中を目処にユウは常備薬を揃えるように行動した。なかなかの出費は懐には厳しいが必要なことである。ユウはいずれ準備しておいて良かったと思えるときが来ると信じることにした。
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