町民の依頼
いよいよ晩秋となり冷え込みも日々厳しくなってきた。境界の川に入って水浴びすることも難しくなり、焚き火が欠かせなくなる。
街道の巡回任務が終わってからのユウたちは再び魔物狩りの日々に戻っていた。危険だがやることがわかっているので安定して稼げる仕事になっている。
そんな日常に戻っていたユウだったが、あるときアーロンが薬草採取の護衛の依頼を引き受けてきた。酒場で話を聞くと、街の中にある製薬ギルドから直接派遣される薬草採取のグループを護衛するという内容だ。
依頼元の製薬ギルドが求めているのは魔法薬を製作するときに用いるマギィ草という植物である。これを採るため丘の上の森へと向かうとのことだった。期間は6日で報酬は1人銅貨20枚、ただし、前金で半額を先に支払ってもらう。また、護衛中に殺した魔物の討伐証明の部位を回収できることになっていた。
条件だけ見るとなかなかの依頼である。しかし、条件外で2点問題があった。
1つめは、丘の上の森には
2つめは、薬草採取のグループを率いる人物の性格だ。スチュアートという町民の薬師なのだが、町の外の者たちをかなり見下している。しかも、それを隠そうとしていない。これが理由で依頼の引き受け手がいつまでも見つからなかったという。
結局、冒険者ギルドに泣きつかれる形でアーロンがこの依頼を引き受けたわけだが、他の冒険者が避けていただけあって色々と苦労することになった。
出発当日、三の刻に集合して夜明けの森へと出発したが、スチュアートは早速を露わにする。
「おい、貴様! 荷物を落とすとは何事だ! まともに荷造りもできんのか!?」
「も、申し訳ありません」
森に入ってしばらく歩いていると、薬草採取グループの1人が背負っていた荷物が突然ばらけて地面に落ちた。紐の縛り方が甘かったので
いつまで経っても終わらない説教に業を煮やしたのはアーロンだった。しばらくはグループの先頭で待っていたが、ため息をついて2人の間に割って入る。
「スチュアートさん、その辺くらいにしてもらえませんか。このままじゃここで一夜を明かすことになりますぜ」
「貴様、貧民の分際で私に指図する気か!?」
「このままだと薬草を採る時間が減っちまいますけどいいんですかい? それに、大声を出すと魔物が寄ってきますぜ」
目的と危険性を指摘されたスチュアートは青白い顔を強ばらせた。全身を震わせながら目をあちこちに動かした後、アーロンを睨みつける。
「いいだろう、今回は貴様の意見を認めてやる。さっさとこいつの荷物を片付けろ!」
「了解。ユウ、こっちに来て荷物をまとめてくれ!」
「はい!」
呼ばれたユウはすぐさまアーロンの元へと寄ってきた。地面に散らばっていた荷物を手早く集めると、叱られていたグループメンバーが降ろした背嚢にまとめてくくり付ける。そうして作業が終わるとすぐにパーティ内に戻っていった。
一事が万事このように何かあるとスチュアートが怒り、グループメンバーか
丘の上の森に入っても状況が変わらないことに
来襲してきた魔物を撃退してももっと離れたところで戦えと文句を言い、条件で認められている討伐証明の部位の回収をするなと怒鳴り、羽虫が鬱陶しいと文句を垂れる。実はいない方が良いのではと思えるくらいだ。
夜の見張り番のときにユウは一緒になったアーロンへと尋ねる。
「元々町の中で働いていましたけど、あんな町民いたんですね。初めて知りましたよ」
「同じ町民にゃ案外まともに対応してんのかもしれねぇな。その分、俺たち貧民のすることがいちいち気にくわねぇんだろうさ」
「あっちのグループの人、かわいそうでしたね。完全にやる気をなくしちゃって」
「そりゃあんな奴の下にいたらみんなああなっちまうぜ」
「昼間こっそり見てたんですけど、薬草を採る人たちがあからさまに手を抜いていて驚きましたよ」
「どんな手抜きをしてたんだ?」
「マギィ草を見つけても採らなかったり、乱暴にとって薬草を傷めたりしてるんです」
「相当嫌われてんな、あいつ」
「この作業、6日じゃ絶対終わりませんよ」
「たぶんそれが狙いなんだろう。目的を達成しないことであいつの評価を下げようとしてんだ」
「でもそれって、自分の評価も下がっちゃいますよ?」
「それでも構わねぇってことなんだろ。怖いねぇ。それか、どんなに頑張っても評価されないからか」
「それも嫌ですね」
「何にしても最悪の仕事場だってことだ」
そんな依頼が6日間で終わると知ってユウは心底喜んだ。そして、まだ4日残っていることに肩を落とす。
翌日もその翌日もスチュアートの態度は何も変わらなかった。薬草採取の進捗が思わしくないせいで不機嫌になっていく。
もちろんその間にも魔物は襲ってきた。丘の上で一番厄介なのが
そこで悪臭玉の出番だ。前回大活躍したこの道具をユウどころかメンバー全員があらかじめ買い込んでいた。そして、
「ほらよ!」
「ピギィ!?」
突っ込んでくる
この戦法により、
ではこれで安心なのかと言われるとそうでもない。問題は3つある。
1つめは、悪臭玉の数に限りがあるという点だ。1人10個ずつ持っているのでさすがにそれ以上の数には襲われないだろうと予想したものの、実際どうなるかはわからない。
2つめは、スチュアートたちを巻き添えにしないように戦う必要がある点だ。悪臭玉の臭いは強烈だ。これを浴びると人間もしばらく悶絶して動けない。なので、同士討ちを避ける戦いを求められた。心情的にはスチュアートを巻き込みたかったという思いはあるが。
3つめは、6頭以上に襲撃されるとお手上げになる点だ。これは他の魔物も同じだが、1頭でも突破されるとスチュアートたちは大混乱になること確実である。なので、ユウが魔物の襲撃があったときは木の上に登るよう提案したがスチュアートに却下された。
こんな危うい状態で5日間も薬草を採取できたことがむしろ奇跡的である。しかし、破綻は最終日に起きた。
質と量のどちらも不充分な結果にスチュアートがかなり苛立っていたが、食料がなければ作業は続けられない。その認識はあったらしく、不満を垂れ流しながらも全員に帰還を命じた。
今度は最後尾を歩くことになった
しかし、それが悪かったのか。警戒していた背後から
「そっちに1匹行ったぜ!」
目の前の
「うわあぁぁ!」
「来るなあぁぁ!」
士気が最低で言われるがままにしか動けないグループメンバーたちは、荷物を投げ捨てて早々に逃げて行った。その混乱に巻き込まれる形でスチュアートも逃げ惑う。
戦いが終わった後には荷物だけが残されていた。
相当迷った末にアーロンは捨てられた荷物のうち薬草の入った麻袋だけを持って帰る判断を下す。他の荷物はさすがに持てなかった。
話がここで終われば良かったのだが、帰還後にもう一悶着あった。スチュアートは
散々言い合った後、薬草を引き渡すのと引き換えに半金を受け取ることになった。スチュアートは最後まで文句を言っていたが、ユウが本気で薬草を買取カウンターで換金しかけたところでようやく黙る。
尚、風の噂によるとスチュアートはこの件で製薬ギルドでの評判を落としたらしい。貧民もろくに管理できない無能者と馬鹿にされたという。
その話を聞いたアーロンたちは特に反応を示さなかった。もらうものはもらったし、もう2度と会うこともないのだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます