街道の巡回(後)
かつて故郷の開拓村からアドヴェントの町へとやって来たユウは、荷馬車の中から同じ風景を延々と見続けたことがある。西端の街道も周囲の景色は単調だったが、しかし見飽きたという記憶はない。
それに対して、現在2週間以上往復を繰り返している境界の街道の景色は、ユウにとって完全に見飽きたものとなっていた。初めて往復したときはよく周囲を眺めたものだが、今は首を動かすこともない。
景色と同じくらい困ったのは、丸1日かけてアドヴェントの町とミドルドの宿駅を往復する行軍だ。ひたすら同じ道を同じ速度で淡々と歩く。
そんな巡回の中での唯一の楽しみは昼食だった。ミドルドの宿駅に到着すると1時間の昼休憩になるのだ。宿駅は領主の早馬の乗り換え場所兼旅人の宿屋なので何もないが、行軍で歩くよりはずっとましである。
昼食後のユウは何もなければ横になるが、当初はデクスターに掴まって色々と話をすることになった。主にユウが質問に答える形になるのだが、アドヴェントの町へやって来て冒険者になるまでの経緯に驚かれる。
「元々貧民ではなく、開拓村で売られて町の商人に買われたのか」
「はい、貧民になったのは不況で解雇されて町の外に出たときです」
「それで町に戻れず冒険者になったのか。そういった者は多いのか?」
「いえ、ほとんど見かけません。と言いますのも、冒険者の装備を買うのにはお金がかかるので、まずは獣の森で薬草採取をしないといけないんです。けど、みんなここで躓いて、生活すらままならなくなるんです」
「なるほどな。なかなか厳しいな」
町の外のことを具体的には知らないデクスターはユウの話を興味深そうに聞いていた。また、
「ははは! まさか棍棒で魔物を狩っていたとは! しかも半年ほど前までだと!? 惜しいな、その勇姿を見てみたかった!」
「大体の人は同じこと言うんですよね。僕としては、もうそろそろ心の奥底にしまっておきたいんですけど」
「いやいや、せっかくの面白い話なのだから皆に話すべきだろう」
「絶対面白がってますよね」
「当然だとも! 面白い話を面白がらなくてどうするのだ!」
実に楽しそうにデクスターはユウの話を聞き続けた。
一方、ショーンとフィルも時間の経過と共にユウと話をするようになる。きっかけは棍棒の話だ。ユウにとっては恥ずかしい思い出だが、人と繋がるきっかけになるのだから痛し痒しである。
2人のうち年上のショーンは中年だ。デクスターやアーロンたちと同年代だと紹介されていた。挨拶から始めて、毎日昼休みに少しずつ話をすることで会話ができるくらいには打ち解ける。
「俺ぁ町民でよ、昔はもっと尖ってたもんだが、今じゃこれよ。ああ、尖ってたと言っても悪さをしてたわけじゃねぇぞ。貧民のことをむやみやたらに見下してたってだけだ。今じゃそんな気も起こらねぇけどな」
「何かあったんですか?」
「なぁんもねぇよ。兵隊になってから20年くらいになるが、おんなじことばっかりの繰り返しだ。けどよ、警邏隊に配属されて貧民を直に見てたら、あいつらも俺たちとそんなにかわんねぇなって思っただけさ」
「僕もそう思います。町から出て一緒に暮らしてよくわかりました。町の中よりも臭いがきついのは困りましたが」
「あれな! 余裕がないからしょうがねぇんだろうけど、あの臭いはどうにかしてほしいよなぁ。今でもあれだけは慣れねぇんだ」
本当に困ったという表情を浮かべつつもショーンは笑った。
2人のうちもう1人のフィルは若い。年代で言えばローマン、ピーター、マイルズと同年代に見える。こちらとも話はできるようになったが、会話はまだ固い。
ある日の昼休みにユウはフィルと食べながら話をする。
「お前、また町には戻りたくないのか?」
「町を出た最初の年は戻ることばかり考えていたよ。薬草採取で必死にお金を貯めてギルドホールで仕事も探した。けど駄目だった。それからは、町の中に戻るっていうこだわりはなくなったかなぁ」
「でも、冒険者って生活が安定しないんだろ? しかも危険だって聞くし」
「そうだね。その通りだよ。ただ、町の外で生活するってことは、どうしたって危険がついて回るからどの危険を選ぶかの違いでしかないって思ってるんだ」
「なんだそれ? 危険に種類があるのか?」
「例えば冒険者だったら魔物に殺される危険、獣の森で薬草採取するときにも獣に襲われる危険があるし、貧民街で生活していたら代行役人に身ぐるみ剥がされる危険があって、犯罪に遭っても助けてもらえない危険だってある」
「危険ばっかりじゃないか」
「そうだよ。だから貧民の中には冒険者になりたがる人が多いんだ。どうせ同じ危険なら稼げる方がいいってね」
「お前、そんなところでこれからもやっていくつもりなのか?」
「そもそも町の中に移れないからどうしようもないよ」
質問してきたフィルが目を丸くして絶句した。
巡回警備の任務が3週間を超える頃には、境界の街道を行軍中に会話をするくらいにまでになる。本来ならば軍紀が乱れていると注意すべきデクスターは何も言わない。当初は一応隊列を組んでいたが、今やただ歩いているだけだった。
隣を歩いているユウにショーンが歩きながら説明する。
「いいか、一口に盗賊といっても色々いる。しかし、俺たちの場合だと大きく分けて2種類になるな。町の中にいるこそ泥と町の外にいる野盗だ」
「泥棒に違いなんてあるんですか?」
「大ありだぞ。まずこそ泥は、盗賊ギルドってやつを結成していることが多い。あいつらでもやっぱり1人だと寂しいらしくてな、一丁前にギルドなんてものを持ってやがるんだ。もちろん、領主様も町も認めてなんていねぇぞ?」
「はい。さすがにそれはわかります」
「で、このこそ泥共は基本的に金は盗んでも命までは取らねぇ。別に人の命を大切に思ってるからじゃない。殺しまですると俺たちみたいなのが本気で探すって知ってるからだ」
「え? ということは、お金を取られても本気で犯人を捜さないんですか!」
「まぁあんまりこういうことを言うのは気が引けるんだが、やることが多くて金品の盗難にまで手が回らないんだよ。連中もそれを知ってて人を殺さないんだ」
そんな線引きがあるとは知らなかったユウは目を剥いた。
更にショーンの話は続く。
「問題は野盗の方だ。こいつが厄介でな。実はこの野盗も大きく分けて2種類ある。食えない元農民と食いっぱぐれた傭兵くずれだ」
「傭兵はともかく農民も?」
「そうなんだよ。飢饉で食えなくなった、税が納められなかった、なんてのが主な理由だな。こいつらはその日の食い扶持さえあればいいから襲った相手を殺すことはあまりない」
「でも傭兵はそうじゃないんですよね。聞いたことがあります。襲った商人や旅人を皆殺しにするとか、村を襲うこともあるって」
「そうなんだよ。何せあいつらは元々戦争するための集団だからな。人を殺すのにためらいがねぇんだ。しかも村を襲って財貨を根こそぎ持っていきやがるときもある」
「そんな傭兵崩れの野盗を退治したことがあるんですか?」
「デクスター隊長と何度かな。お前さんの仲間とも1度だけ一緒に戦ったことがあるぞ」
「え?」
口元を少しつり上げたショーンの言葉にユウはアーロンへと顔を向けた。視線の先の顔が微妙なものへと変わる。
「結構でかい野盗の群れだったよなぁ。慣れねぇ仕事だったから面倒だったぜ」
「怖いですね」
「そうだな。だからこそ領主様や貴族様にはしっかり領地を治めていただかねぇと!」
今度はアーロンがデクスターへと目を向けた。馬に乗ったデクスターが苦笑いする。三男坊とはいえデクスターも貴族なのだ。
結局、今回
そうして最終日、別れ際にデクスターから今後はこういった依頼が増えるだろうと指摘される。それは領主の手足が人手不足になることが常態化するという宣言でもあった。
安定して稼げるという意味では稼ぎの悪い冒険者には受け入れられるこの手の依頼は、しかし稼げる冒険者からすると割が悪いので嫌われている。あまり頻繁にこういった指名依頼を乱発すると冒険者から反発が起きかねない。
それでも今回の指名依頼に限って言えば、貴族と直に接することができたのはユウにとって貴重な経験となる。
デクスターの解散宣言の後、ユウは笑顔を浮かべながら仲間と共に街に向かった。
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