街道の巡回(前)

 日常の生活には面白みはないが安定感はある。日々の仕事と稽古を重ねるユウにとっては悪くない。振り返れば以前よりも強くなっていることが実感できるので、今は外からの刺激は必要としていないのだ。


 しかし、例え望まなくても向こうから厄介事がやってくることがある。そして、困ったことにそれは大抵逃げられない。


 ある日、ユウたちはアーロンに酒場『昼間の飲兵衛亭』へ連れて行かれた。最近は雰囲気で仕事の話だなというのがわかる。


 丸テーブルを5人で囲ってアーロンが酒と料理を注文した。荷物番がいないので持ってきた全員の脇には自分の荷物が置いてある。


 注文の品が来る前にアーロンは早速話し始めた。その表情は少しうんざりとしている。


「冒険者ギルドから指名依頼があった。内容は町の警邏隊の配下について1ヵ月間街道を巡回するというものだ」


「うわ、久しぶりだなぁおい。事実上の徴兵」


「そうだな、フレッド。ここ最近はなかったんだが、とうとう来ちまった。でだ、巡回場所はここから境界の街道を東へ進んでミドルドの宿駅までの範囲だ。歩くだけなら往復しても日没までには帰ってこれる」


「何日も歩いた前と比べりゃましだけど、今回は随分と短いな?」


「余裕はないがまだそこまでじゃねぇってことらしい。俺たちの歳のことを考えて配慮してくださったそうだ」


「はは、ありがたくて涙が出るね」


 乾いた笑いをフレッドが吐き出していると、酒と料理が運ばれてきた。早速木製のジョッキを手に取って傾ける。


 同じく木製のジョッキで口を湿らせたアーロンが更に話を続ける。


「配属先はデクスター隊長の警邏隊と聞いてる。あの親父なら知ってるから安心だ。今の部下がどうかまではわからんが、まぁそうおかしなことにはならんだろうぜ」


「不幸中の幸いかな」


「そうだな。あんまりにも見下されるってぇのも面白くねぇしな」


 いくらか安心した表情を浮かべたジェイクにアーロンがうなずいた。町の中と外では意識の隔たりはかなりある。それをあまり気にしなくても良いというのは仕事をする上で非常に重要だった。


 今までひたすら飲み食いしていたレックスがここで顔を上げる。


「で、報酬はいくらなんだよ?」


「1日にかかる一般的な活動費を日数分だけ支給することになっている。1日銅貨1枚だ」


「どーせなら町の中を基準にしてほしいよなぁ。そーしたら絶対何倍にもなるぜ?」


「さすがに冒険者ギルドが向こうに付いてちゃこっちの実態は筒抜けだ。それに、町の外じゃ銅貨よりも鉄貨が出回ってることは向こうだって知ってるしな」


「ちぇっ。で、盗賊に遭ったらどーすんだよ?」


「そのとき次第さ。無理なら逃げるし、勝てるならやる。戦ったときは、倒した相手の所持品は倒した奴のものってことになってる」


「まーそんなもんか」


 面白くなさそうにレックスが木製のジョッキを呷った。


 それを横で見ながらユウはアーロンに質問する。


「そのデクスターっていう隊長はどんな人なんですか?」


「見た目は結構な男前な親父でな、確か貴族のワイエス家の三男坊だったはずだ。こう、鼻と口の間に髭を蓄えてて、ありゃ若いときはかなりモテただろうなぁ」


「かっこいい人ですか」


「そうだな。それで、性格もおとなしくて、俺たちみたいな冒険者や貧民を露骨に見下したりしねぇんだよ」


「珍しい人ですね」


「そう、珍しいんだ! 前のときはあの隊長の下で幸運だったと喜んだもんだが、今回もそうだとはな。こりゃツイてるぜ」


 珍しくアーロンが町民のことをべた褒めしていることにユウは目を見開いた。これは余程の人物なんだろうと理解する。


「そんなわけで、何もなけりゃ毎日同じ道を行ったり来たりするだけで金がもらえるってわけだ」


「僕たちが巡回する場所って安全なんですか?」


「実際のところはまだ安全らしいぜ。何しろミドルドの宿駅まで、北には恵みの森と境界の川、南には獣の森が延々と続くからな。獣の森は獣が多くて隠れるのには適さねぇし、境界の川を越えた先に隠れるってのも大変だ。だから危険はほぼないって聞いてるぜ」


「そのミドルドの宿駅より先は巡回しなくてもいいんですか?」


「別の警邏隊が担当するからいいんだ。俺たちは自分たちの担当した場所だけ考えりゃいいんだぜ」


「わかりました。それで、いつからその巡回を始めるんです?」


「おっといけねぇ、言い忘れてた。来月からだ。11月中はこの仕事をすることになる。1週間のうち6日間は巡回して1日休みを繰り返すことになるぞ。だから、次に森に潜った後、休みの2日間で準備をしておけ、いいな」


 話を聞いたユウたちは全員うなずいた。すると、アーロンはにかっと笑って仕事は終わりと宣言する。後はいつも通り、楽しく飲んで食べてしゃべった。




 11月になった。秋らしくなりつつある気候の朝は涼しい。


 古鉄槌オールドハンマーの面々は集合場所であるアドヴェントの町の東門の検問所へと向かった。日はすっかり昇り、三の刻の鐘の前ともなると東門を往来する人の数も多い。


 その検問所の脇の原っぱに3人の男たちが立っていた。2人は剣と硬革鎧ハードレザーという一般的な兵士の姿だが、1人だけ革に金属を織り込んだ鎧に兜を手に持った人物が混じっている。しかも、隣には馬が草を食んでいた。


 先頭を歩くアーロンがその1人だけ違う人物に声をかける。


「デクスター様! ただいま到着しました!」


「アーロンか! 久しぶりだな」


 直立不動から敬礼したアーロンにデクスターが機嫌良く応えた。ジェイク、フレッド、レックスがその後ろに立つ。初めてのことに目を丸くするユウもかろうじて3人の後に続いた。ジェイクの背後、フレッドの左横で立ち止まる。


 アーロンに親しげに話しかけてくるデクスターは確かに美男子だった。ユウなどは今でも女性にもてるのではと内心で思う。


 一方、デクスターの配下らしい兵士2人が向けてくる視線は無機質だった。感情を隠しているのか無関心なのかは不明だが、その顔には何の感情も浮かんでいない。


 隊長とリーダーの話は積もる話から入ったが、仕事中なので早々に切り上げられた。しかし、どうしても好奇心を抑えられなかったデクスターの視線がユウへと向けられる。


「これはまた随分と若いメンバーだね。きみ、名前は?」


「ユウです」


「どうしてまたアーロンのパーティに入ろうと思ったんだね。こう言っては何だが、親子ほど歳が離れているよね?」


「冒険者になろうと思って入れるパーティを探していたときに誘ってもらったからです」


「なに、アーロンに誘われたのか?」


 デクスターの視線が1度アーロンへと向けられた。そのアーロンはにやにやと笑って肩をすくめるだけで何も言わない。


 苦笑いしたデクスターは小さく息を吐き出すとユウに目を戻す。


「その辺りはまた追々聞くとしよう。さて、私の部下を紹介しよう。右の歳のいった方がショーン、左の若いのがフィルだ。本当はあと6人いたんだがね、事情があって今はこの2人だけなんだよ」


「つまり、俺たちはその6人の代わりってことですかい」


「そういうことだ。きな臭い世の中になってきたよ、まったく。それはともかくとしてだ、私を含めたこの8人がワイエス小隊ということになる。これから1ヵ月の間頼んだぞ」


「承知しました。任せてください!」


 三の刻の鐘が鳴った。全員の視線が城壁の向こう側に向く。


「少々おしゃべりが過ぎたな。残りを手短に話そう。我々の任務はアドヴェントの町とミドルドの宿駅を結ぶ境界の街道を巡回することだ。約1ヵ月間巡回して問題があれば対処する。1日の巡回は何もなければ、三の刻の鐘から出発してミドルドの宿駅で1時間休憩して夕方にはここに戻れる。以上だ。何か質問は?」


 古鉄槌オールドハンマーの面々はデクスターから問いかけられたが無言だった。


 5人の様子を見たデクスターはうなずく。


「よし、では出発だ!」


 号令をかけたデクスターは草を食んでいた馬に乗った。それから両足で軽く蹴って進ませる。それに合わせてショーンとフィルの兵士2人が続いた。古鉄槌オールドハンマーはアーロンを先頭に、ジェイクとフレッド、ユウとレックスが並んで歩く。


 検問所を離れたワイエス小隊は原っぱから境界の街道に移った。そのまま東へと歩き、貧者の道と安宿街を通り過ぎる。


 その後、先に見えるのは街道、原っぱ、川、森だけだった。それだけに向かいからやって来る荷馬車や旅人が随分と目に入りやすい。


 いつも体を洗っている河原の辺りを通り過ぎた。見た目には変化はないが、ユウはここから先に行ったことがない。未知の場所だ。


 仕事中ではあるが、ユウはわくわくしてきた。指示に従って歩くだけだがそれでも初めての場所というだけで嬉しい。


 これから先のことをユウは楽しく想像した。

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