先輩と後輩
夏の名残がかろうじて残る10月の前半は、しかし夜になるともう秋を感じさせる。日々、日の出は三の刻に近くなり日の入りは六の刻へと近づいていた。同じことをしていても汗だくになることはなくなる。
毎日魔物狩りと稽古が続くユウも日差しが柔らかくなることは歓迎していた。夜明けの森に入っているときはともかく、稽古は日陰のない原っぱでやっているのでつらいのだ。
そんな充実しつつも単調な日々を送っているユウに飲みの誘いがあった。ローマン、ピーター、マイルズの3人ではなく、テリーからである。しかも、安宿屋『ノームの居眠り亭』にわざわざ出向いてだ。これは珍しい。
夕方、貧者の道を歩いて安酒場街へと出向き、安酒場『泥酔亭』に入った。丸テーブルを2人で占めるとサリーに注文をして酒と料理を待つ。
「結構久しぶりだよね。最後に会ったのはいつだったかな?」
「あれ? まさか間引きの慰労会以来ですかね?」
「いや、未帰還者の捜索のときに少しだけ話をしたはず。だけどもう3ヵ月近く会ってなかったのか。意外と会わないもんだね」
「そうですね。ちょっと前に会ったっていう感覚といつでも会えるっていう感覚があったから、こんなになっちゃったのかも」
「それは俺も言えてるね。それじゃ、最近何があったか話そうか」
時の経つ速さにお互い驚いた2人は、最後に会ってからの目立った出来事を簡単に話し合った。ユウは薬草採取のときに上げた大金星の話をし、テリーは依頼で町から離れたときのことを教える。
話が盛り上がっているところでサリーが酒と料理を持ってきた。ここで飲み食いするときの定番である。木製ジョッキを持つと2人で乾杯して飲んだ。
近況話が一段落付くと、木製のジョッキから口を離したテリーが話題を振ってくる。
「ユウは、鉄級の冒険者の話には詳しいかな?」
「鉄級ですか。うーん、あんまり知らないです。知り合いに銅級の人が多いからかなぁ」
「それはダメだなぁ。自分だって鉄級なのにあんまり知らないなんて。横の繋がりを疎かにしてると、つまらないことで蹴躓くぞ」
「わかってるんですけど、時間があんまりなくて」
「あれ、そっちのパーティは3日間森に入って2日間街で休んでるんじゃないのかい?」
「その2日間の休みなんですけど、1日目の四の刻から六の刻と2日目の三の刻から四の刻までは稽古を付けてもらっているんです」
「稽古はいいけど、どうしてそんな中途半端なんだい?」
「森に入るときに疲れを残さないためだそうです」
「あーあの人たちはまったく」
理由を知ったテリーは力なく笑った。各個人、各パーティのことは原則として外から口出しをしないのが礼儀である。
「まぁその件はいいかな。ともかく、同じ鉄級の話はもっと仕入れておいた方がいいぞ。いざってときに話が違うってことになりかねないからね」
「はい」
「それでだ、銅級の冒険者が中心のパーティだと長年一緒にやっている人が多いから固定メンバーが普通なんだ。たまに代替わりで入ったりすることもあるけどね」
「僕やテリーみたいな感じですか」
「そうだよ。でも、鉄級の冒険者が中心の場合、特に冒険者になってから日が浅い連中だと結構出たり入ったりすることが多い」
「肌に合わなかったり何か問題が起きたりするからですか」
「そうなんだ。でも、それは仕方ないことでもある。どちらも経験が浅くてうまくまとまれなかったなんて誰にでもあることだしね。何度か繰り返して落ち着くのが大抵さ」
ここまで聞いたことは一般論だ。特に言い返すこともユウにはない。
酒で口を湿らせたテリーが再び口を開く。
「先月、鉄級の冒険者ばかりが集まって新しいパーティが結成されたらしいんだ。普通は中堅の冒険者を中心に若手が集まるものなんだけど、みんな冒険者になって5年未満の若手ばかりらしい」
「そんなのやっていけるんですか? というより、集まったってことは、元いたパーティを抜けちゃったんですか? みんな? 6人なんですよね?」
「ユウの疑問はもっともだと思う。やっていけるかどうかは何とも言えない。それと、6人とも元のパーティから抜けたそうだ」
「そんな都合良く一斉に抜けられるものなんですか? 半年くらいかけて1人ずつっていうならわかりますけど」
「穏やかに抜けた奴もいれば、揉めたところもあるらしい。で、このパーティのリーダーなんだけど、あのダニーなんだ」
「はい?」
遠い世界の話だと思って気楽に聞いていたユウの体の動きが止まった。知り合いが関わっている上に中心人物っぽいとは予想外である。
「パーティのリーダーってことは、たぶん中心になって動いたんですよね。ダニーは何でそんなことをしたんですか?」
「ユウは
「僕の話? そんな変になるような話なんて」
「さっきも話してくれたけど、
呆然としながらユウは当時のことを振り返った。褒めてくれると思っていたのにやけに反応が鈍かったことを思い出す。確かに心当たりはあった。しかし、それが新パーティ結成に繋がる理由がわからない。
返答しないユウに対してテリーがしゃべり続ける。
「その
「確かによく話しかけられましたけど、別に絡まれるなんてことは」
「その当たりは主観の問題だから置いておこう。ともかく、どうやらダニーは冒険者として戦うことにこだわりがあって、なおかつユウに対抗心らしきものを持っていたんじゃないかって予想してたよ」
「そうですか」
短く返事をするのが今のユウには精一杯だった。ユウからするとダニーに含むところなどない。ダニーがはるか先に進んだとしても素直に賞賛できると今は思う。
「僕の何が悪かったんでしょうか」
「別に何も悪くないよ。あくまでもダニーの心の問題だからね。ユウが何かしらの影響を与えてたとしても、問題はあくまでもダニーにある」
「そうですか。でもだったら、どうしてこの話を僕にしたんです?」
「1つは気に病んでいたらそれを和らげようとするためだよ。何も悪いことをしていないのに心に抱え込むなんてつまらないからね。あと、ダニー関係で何か言われたときに、必要以上に受け止めないようにさせるためでもある」
「そっか、新パーティ結成で問題がちょっとあったんですよね」
「あれで鬱陶しい絡み方をされたときに流せるようにしておくんだよ」
「はい」
自分のことを気にかけてくれたテリーにユウは笑顔を見せた。こういう細やかな気遣いは今のユウにはできない。
「それともう1つある。後輩が自分を追い抜くような実績を積み上げたとしても、それを妬まないようにって忠告したかったんだ」
「え?」
「恐らくダニーは後輩のユウが自分を追い抜こうとしているって焦ったんじゃないかって思ってるんだ」
「追い抜くって言われても、別に僕は」
「あくまでもダニーの心情だよ。ユウを見てあいつがどう感じたかという話なんだ。それで、ユウにも後輩がいるとは思うけど、その子らが冒険者になってきみを追い抜いても妬んだり焦ったりしないでほしいんだ」
この場でうなずくのは簡単だった。しかし、実際にはそのときになってみないとわからない。ユウの後輩となると例の3人だが、あの3人に自分が妬むところを想像してみようとしてできないことに気付く。これが良いことなのか悪いことなのか今はわからない。
「できるだけ妬まないようにします。ただ、そのときになってみないとわからないので、何とも言えないですけど」
「それでいいよ。いつか今の話を思い出してくれたらいい。この先必ず役に立つはずだから」
「わかりました」
「よし、それじゃこの話は終わりだ。暗い話だったからね。これからは明るい話だけをしよう。そういえば、ユウって『棍棒のユウ』って呼ばれてるよね」
「あれまだ呼ばれているんですか!?」
突風のごとく話題が急変したことにユウはむせた。すっかり忘れていたところで思い出さされたので動揺が激しい。
こうしてこの日の夜も更けていく。
未だユウは冒険者としては半人前だが、それでも周囲に助けられて少しずつ成長していた。このまま数年もすれば立派な冒険者になるだろう。
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