薬草採取の護衛(中)

 アドヴェントの町の西に広がっている夜明けの森は北側と南側を丘陵地帯に挟まれている。その北側の丘陵地帯は奥の山脈と北上する境界の川に挟まれて北に続いているが、大半が木々で覆われていた。この丘の上の森も夜明けの森と呼ばれている。


 この丘陵地帯の森に行く方法は1つではないが、突撃雄牛アサルトブルズ古鉄槌オールドハンマーは森の境界に沿って進む経路を選んだ。これは歩きやすさと夏の日差し避けのためである。困難は避けられるのならば避けるべきなのだ。


 アドヴェントの町を出発した一行は、まず普段汲み取り屋が往来する小道をたどって町の西側を北上する。そうして夜明けの森の東端と丘陵の南端に出くわしたところで森の木々を伝うのだ。あとは丘陵に広がる森まで進めばよい。


 最初の小休止に入る直前に一行はその端へとたどり着いた。せり上がっていく地面に這うように木々が続いている。


「ここで1度休憩にしよう。次からは丘の上に行く。ここからが本番だ」


 振り返ったクレイグが2パーティのメンバー全員に呼びかけた。ここで本番直前の確認がリーダー同士で行われる。


 休憩後、古鉄槌オールドハンマーを先頭に丘陵へと登った。そこから森へと入る。


 低地にある森と丘陵地帯の森の植物の植生にほとんど違いはない。植物に詳しくてようやく見分けが付くくらいである。今回、突撃雄牛アサルトブルズが求める薬草はそんな差異から希少価値を認められた植物だ。


 大まかな方角を決めて古鉄槌オールドハンマーは森の中を進みながら周囲を警戒する。その後に続く突撃雄牛アサルトブルズは周囲の植物に目を光らせた。


 しばらく進むと、突撃雄牛アサルトブルズのメンバーの1人が声を上げる。


「あったあった、マギィ草だ!」


 やや光が差し込む比較的明るい場所に声を上げたメンバーが歩み寄った。それを見て一行全員が足を止める。


「どれがマギィ草なんでしょうね?」


「さぁ、俺にゃわかんねぇなぁ」


 跪いて薬草を採る作業をしている人物を見てつぶやいたユウにアーロンがぼんやりと答えた。しかし、2人の仕事は警護である。すぐに周辺へ目を向けた。


 薬草採取が終わると一行は再び歩き始める。幸先良く薬草を採取できたので突撃雄牛アサルトブルズの面々の表情は明るい。


 その後、夕方まで同じことを何度も繰り返した。途中、何度か魔物に襲われたが、小鬼ゴブリン巨大蜘蛛ジャイアントスパイダーなど知った魔物ばかりだったのでユウたちもいつも通りに対処する。


 夜になって見張り番となったユウはアーロンの近くに座った。周囲に気を配りながらユウはときおり雑談する。


「アーロン、突撃雄牛アサルトブルズの人たち朝は機嫌が良かったのにさっきは難しい顔をしていましたよね。何かあったんですか?」


「薬草の採取量が思ったよりも少ないらしい。特にマギィ草ってのが全然なんだそうだ」


「魔法薬を作るのに使うそうですけど、あれって薬草の中でもかなり高価なんですよね」


「なるほど、それだけ数が少ねぇってことか。こりゃ思ったよりも時間がかかりそうだ」


「この様子じゃ2日じゃ帰れそうにないですよね」


「そうだな」


 翌日も一行がやることに変わりはなかった。希少価値の高い薬草を突撃雄牛アサルトブルズが採取し、魔物を古鉄槌オールドハンマーが排除する。これの繰り返しだ。たまに山脈側に突き抜けてしまうことがあったのはご愛敬である。


 しかし、そんな穏やかな時間も長くは続かなかった。ついに最も警戒すべき魔物が襲ってくる。


豚鬼オークだ!」


 最初に叫んだのはジェイクだった。低地の森では見かけない二足歩行する大きな豚の魔物4匹が鼻息荒く突っ込んでくる。


「お前ら、3匹は俺たちで引き受けるぞ、やっちまえ!」


 戦斧バトルアックスを手にしたアーロンが叫んで1頭の豚鬼オークとぶつかった。振り下ろされた大きな棍棒を戦斧バトルアックスで受け流して肩から相手の腹に当たる。それでどちらも動きが止まった。


 後から続いたユウはダガーを抜いて逆手に持ち、豚鬼オークの左横に回ると両手で刺すように切りつける。


 アーロンに意識を向けていた豚鬼オークがユウへと怒りの矛先を向けた。左脚を引きずりながらも巨体の向きを変える。


 豚鬼オークの意識から外れたアーロンは戦斧バトルアックスを相手の右腕に叩きつけて切断した。悲鳴を上げて右腕を押さえる豚鬼オークの首筋に更に一撃を加えて殺す。


「よくやった、ユウ! この調子で他の奴も殺すぞ!」


「はい!」


 短時間で魔物を倒せたアーロンとユウはすぐに別の仲間の元へと駆けつけた。最初にフレッド、次いでジェイクとレックスの組が相手をしている豚鬼オークを殺していく。3頭が地面に倒れた頃には突撃雄牛アサルトブルズと戦っていた1頭も倒れた。


 戦いが終わると全員肩の力を抜いたが、古鉄槌オールドハンマーの面々は討伐証明の部位をそぐ作業に取りかかる。今回は3頭分だ。


 ユウもアーロンが倒した1頭の耳をそいでいた。依頼料以外の臨時収入だ。


 そこへダニーが寄ってくる。


「よぉ、やってんな」


「ダニー。そっちは怪我人は出なかった?」


「当ったりめぇよ! あんな程度で怪我人なんて出てたら仕事になんねぇって!」


「そりゃすごいね。僕は豚鬼オークが初めてだったから驚いたよ」


「オレは前にも戦ったことがあるからな。対処法もちゃんと知ってんのさ!」


「ダニー、お前はそこで何をやってるんだ。こっちに来るんだ!」


「おっといけねぇ、それじゃぁな!」


 笑顔のままダニーは踵を返すとクレイグの元へと走って行った。討伐証明の部位をそぎ終えると、ユウはダニーをちらりと見てからジェイクの元へと向かう。


 初めて出会った魔物とも戦えたユウだったが本当に大変なのはこれからだった。豚鬼オークが何度も襲撃してきたのである。数が3頭や4頭程度ならまだしも、5頭以上となると突撃雄牛アサルトブルズへの負担がきつい。


 森に入って5日目、薬草の採取量は芳しいものではなかった。特にマギィ草だけ想定の半分以下なのでクレイグの顔色は優れない。いつもの薬草採取ならば一旦引き上げることも視野に入るが、指名依頼であるのでそういうわけにもいかなかった。


 しかし翌日、事態は急転する。


 昼食後、薬草探索を始めてからまたしても豚鬼オークが襲ってきたのだが、その中に上位豚鬼ハイオークがいたのだ。豚鬼オークよりも更に一回り大きい巨体である。それが草木の陰から姿を現す。


「ヤバいぞ! クレイグ、逃げろ!」


 その巨体を見た瞬間、アーロンは全員に声をかけた。豚鬼オークだけでも6匹だというのにその上位種もいるとなると今の2パーティには勝ち目はない。


 最初に応じたのはクレイグだった。自分のパーティメンバーに退却を命じる。まずは荷物持ち兼薬草採取2名と冒険者2名が草木の先に姿を消した。豚鬼オーク2頭がそれを追う。クレイグとダニーはそれぞれ豚鬼オークを相手にしているため動けない。


「ユウ、ジェイク! クレイグともう1人の豚鬼オークを引き取れ!」


「はい!」


 上位豚鬼ハイオークと対峙するアーロンが仲間2人に指示を飛ばした。ジェイクがレックスから離れてクレイグの元へ走る。


 一瞬アーロンを見たユウだったが、再度命じられるとうなずいて離れた。踵を返してダニーへと近寄る。


「ダニー!」


「ユウか! ありがてぇ! こいつを一緒に殺すぞ! 手伝ってくれ!」


「違うよ! 僕が引き受けるからダニーは逃げた4人を追いかけて! 豚鬼オーク2頭に追いかけられているから!」


「いや、けどよ! お前だけじゃこいつは」


「ダニー、引き上げるぞ! 急げ!」


「リーダー!?」


 ジェイクに豚鬼オークを任せたクレイグが血相を変えてダニーに叫んだ。迷ったダニーだったが最後にユウへと目を向けてからクレイグを追って草木の先へと姿を消す。


「ピギィ!」


 今までダニーが相手をしていた豚鬼オークがぼろぼろの槍で突いてきた。


 ダガーを左手に持ったユウはそれを大きく後退して躱す。


 状況は最悪だった。1対1では相手が難しい豚鬼オーク4頭と上位豚鬼ハイオーク1頭をパーティメンバーが1人ずつ相手をしている。1人でも真正面から戦って勝てるのはアーロンとフレッドだが、アーロンは上位豚鬼ハイオークの相手をしており、フレッドは武器の特性上倒すのに時間がかかった。


 つまり、ユウは自分1人で豚鬼オークを何とかしないといけない。本当の意味で誰にも助けてもらえないのだ。しかも、槌矛メイスもダガーも豚鬼オークには威力不足である。真正面から倒すことはできない。


 近辺では仲間と豚鬼オークが戦う音と声がユウの耳に届いていた。全体の情勢は見ている余裕がない。目の前の豚鬼オークをまず殺さないと何もできないのだ。


「ピギィ!」


 ぼろぼろの槍でユウは再び突かれた。横に避けて少しよろめく。好機と受け取られたらしく、槍で何度も突かれた。その度に横に後ろに避けて少しずつ仲間から遠ざかっていく。


 背負う荷物がユウにはやたらと重く感じられた。捨ててしまいたいが全財産なのでそうもいかない。宿に置いておけたらとこれほど思ったことはなかった。


 攻め手に欠ける中、打つ手がなくてユウは焦る。自分を含め誰か1人でも欠けたら一気に形勢が傾くのだ。もう時間がない。目の前を見据えながら体をまさぐった。

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