薬草採取の護衛(前)

 冒険者パーティが別の冒険者パーティを雇うことがある。ある目的があって単独で達成できないときにその力を借りるのだ。もちろんその対価は支払わねばならない。金額はお互いの収支に直結するだけに設定の仕方から交渉の方法まで様々である。


 これと似たものが合同パーティという習慣だ。パーティの雇用と違う点は、何と言っても同じ目標意識がある点だろう。例えば魔物狩りの合同パーティだと、どちらのパーティも魔物を狩るのが目的だ。更に、手に入れた成果を分け合うことになる。


 このように2つのパーティが共に活動していても、条件を見なければその関係はわからない。ちなみに、魔物の森で活動する冒険者の大半は合同パーティを組むことがほとんどだ。魔物の脅威を低くし、狩りの成果を大きくするためである。


 降臨祭が終わって1ヵ月が過ぎた頃、ユウが炎天下でレックスの指導を受け終えて宿に戻ってくるとアーロンに酒場へ連れて行かれた。仲間全員である。この頃になるとユウも慣れてきて、何か話があるんだなと思うようになっていた。ちなみに、このときの食事は新人ということでユウだけはみんなにおごってもらえるので素直についていく。


 古鉄槌オールドハンマーの打ち合わせ場所に使われる酒場『昼間の飲兵衛亭』に着いた。稽古で疲れ切ったユウを始め全員が丸テーブルを囲む。


 ジェイクが酒と料理を注文するとアーロンへと顔を向けた。全員の注目を浴びたアーロンが口を開く。


「今日、突撃雄牛アサルトブルズから護衛の依頼があった。依頼を受けて特別な植物を採ることになったが、その周辺の魔物に単独では対処できないから引き受けてくれということだ」


「あそこの依頼は前に1度受けてるが、その場所なのか?」


 手持ち無沙汰な様子のジェイクがアーロンに尋ねた。しかし、リーダーは首を振る。


「違う。今回は森の北にある丘の上だ」


豚鬼オークのいる場所かぁ。あいつらでかい分だけ死ににくいんだよな。おまけに集団で襲って来やがる」


「手数勝負のお前じゃ厳しいところがあるよな。あと、レックスもか」


「まぁな。そーなると、ユウはもっときついぜぇ」


 仲間全員の視線がユウに集まった。


 豚鬼オークとは、成人男性よりも一回り大きく黄土色の肌をした巨漢で頭部はほぼ豚である。手は人間と同じ五本指だが足は豚と同じ豚足だ。半裸状態で粗末なズボンをはいていたり腰蓑を巻いていたりする。普段は集団生活をしており、武器は刃こぼれした槍や棍棒を持っていることが多い。また、好戦的な性格をしており、よほど決定的な力量差がない限りは攻撃を仕掛けてくる。


 これだけならば小鬼ゴブリンが大きくなっただけのように思えるが、実際に対峙してみるとまったく違った。身体能力全体は人間を上回っており、特に腕力が強いのだ。そのため、1対1で戦うとかなり厳しい。


 人間側はこれに対抗するため複数で1頭を相手にする戦術の他、武具を強化することで対応している。幸い豚鬼オークの装備は貧弱だ。この点を突けば有利に戦える。


 古鉄槌オールドハンマーの古参4人は豚鬼オークがどんな魔物か知っていた。なのでこの点で難しい顔となる。


 注文していた酒と料理が届いた。全員が木製のジョッキを手にして傾ける。味は旨いが心情的には微妙なところだ。


 木製のジョッキから口を離したフレッドがアーロンに目を向ける。


「なぁ兄貴、なんでこの依頼引き受けたんだ?」


突撃雄牛アサルトブルズの依頼主が冒険者ギルドなんだが、そのギルドが俺たちを薦めたらしい」


「なんでだよ。火蜥蜴サラマンダーあたりに頼んだらいいじゃねぇか」


「その火蜥蜴サラマンダーは別件で今出払ってるんだとさ。他にもいくつか声をかけたがダメだったらしい。それでギルドに泣きついたら俺たちを薦められたってわけだ」


「なるほどな。けど、できねぇとは言わねぇが、護衛をしながらってことになるとかなりしんどいぜ」


「わかってる。俺たちが豚鬼オークと相性が良くないことも伝えてある。それでも、メンバーが信頼できて戦力面も信用できる俺たちがいいらしいぜ」


「報酬はふっかけてきたんだろうな?」


「ギルドの指名依頼を受けたパーティからむしり取れるもんなんぞ大してねぇよ。こっちの魔物狩りの1日平均報酬額×日数分、それと殺した魔物の討伐証明の部位くらいだ」


「まぁ妥当なところかな。割が合うかは怪しいが」


 説明に納得したフレッドは木製のジョッキを置いてソーセージを摘まんだ。


 次いでレックスが疑問を口にする。


「アニキ、前のときはアニキとフレッドは1対1サシで、オレとジェイクは2対1で豚鬼オークとやっただろ? 今回はどーすんだよ」


「それをどーするか迷ってんだよな。お前たち3人でやるってのも考えたんだが」


「いっそのこと、アニキかフレッドと組ませて牽制役をさせたらどーよ?」


「なるほどな。おい、ユウ。お前は俺とフレッド、どっちと組んでやりたい?」


 木製のジョッキをちびちびと傾けながら肉料理を摘まんでいたユウは、再び注目されて肩をびくりと震わせた。しかも今回は意見を求められている。


 窺うようにアーロンとフレッドを見ていたユウは黙っていた。それからしばらくして口を開く。


「アーロンと一緒に戦った方がいいと思います」


「戦った方がいい? どういうことだ?」


「僕が牽制役になれるのなら、アーロンはパーティ全体に指示を出しやすくなるでしょう? それに、単純に戦う面だけ見ても、最悪僕が牽制役に徹して豚鬼オークを殺すのはアーロンに任せればいいですし」


「だそーだが、フレッド?」


「いいんじゃねぇ? 俺もその考え方には賛成だ。兄貴は全員に命令も出さなきゃいけねぇもんな」


「なら決まりだ! 出発は明後日の朝、集合場所はギルドの建物の南側、つまりいつものところってわけだ! 明日中に準備は済ませておけよ!」


「アーロン、何日くらい森に入るんです?」


「おっと忘れてたぜ! 最大で6日を予定してるそうだ。早けりゃ2日で帰れるらしいがな!」


「期待できねーぜ、アニキ!」


「希望は持っとくもんだ! さぁこれで全部言ったぞ。飲んで食うか!」


 仕事の話が終わったところで、アーロンが声を上げて木製のジョッキを一気に空にした。給仕を呼んで代わりを注文する。


 他の仲間もそれに続いて一斉に声を上げた。慣れた様子の給仕はうなずくと丸テーブルから離れる。


 いつもの通り、打ち合わせの後は仲間5人で夕食を楽しんだ。




 護衛依頼の集合当日、古鉄槌オールドハンマーは日の出からしばらくして宿を出た。最近は二の刻から徐々に日の出の時間が遅れているが、それでもまだ充分に早い。


 いくつかのパーティが待ち合わせをしているが、その中の1つにアーロンが迷わず進む。


「よぉ、クレイグ! 今日もいい天気だな!」


「そうだね。その天気も森に入ったら見られなくなるから、今のうちに見ておかなきゃ」


 リーダー同士の挨拶は友好的に始まった。それを皮切りにメンバーの挨拶を交わす。


「ユウ! 来たな!」


「おはよう、ダニー。今日からしばらく一緒だね」


「そうだな。まぁパーティが2つもいるんだ、何とかなるぜ!」


「確かに。それで、そっちは戦える人が4人で2人が荷物持ち兼薬草採取だっけ?」


「おう、オレがその4人のうちの1人ってわけさ! ユウは護衛任務は初めてなのか?」


「そういえば初めてだね。先輩がいるから何とかなると思うけど」


「なるほどなぁ。そりゃ不安だよなぁ。よし、だったらオレが少し教えてやるぜ!」


「ダニーは護衛任務をしたことあるの?」


「何言ってんだおめー。オレんところのパーティは荷物持ちが2人もいるんだぜ? 毎回森に入る度に護衛してるみたいなもんじゃねぇか」


「あー言われてみるとまぁ。でもそれなら、獣の森で狩猟組だったときの経験って役に立たないかな?」


「もちろん役に立つさ。けどよ、それだけじゃねぇんだよなぁ。やっぱ獣の森のときとは色々とちげぇんだよ」


 得意げに話すダニーを見てそんなものかとユウはうなずいた。やはり獣と魔物では違いがあるのだろうかと想像してみる。


「おーい、ダニー、何やってるんだ。早くこっちに来るんだ」


「いけねぇ! わかったよ、リーダー! それじゃまた後でな!」


 クレイグに呼ばれたダニーが頭を掻きながら離れて行った。小言をもらっているようだが堪えている様子はない。


「こっちも出発するぞ。突撃雄牛アサルトブルズの後に続け。ユウ」


「あ、わかりました」


 危険が増すまでは道案内も兼ねて依頼パーティが先を歩くことになっていた。なので、当面は歩くだけである。


 今回はいつもの狩り場とは異なる場所だ。しかも、目的地周辺には仲間が苦手とする魔物も出没する可能性が高い。つまり、今までとはまた違った危険が存在する。


 そんな場所で果たして自分が通用するのかユウは不安に思った。しかし、今更後には引けない。


 2つのパーティは青空の下、列を作って夜明けの森へと入っていった。

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