後輩たちとの再会

 気の滅入る捜索作業が終わった翌日は降臨祭だった。去年までも前日まで仕事をしていたユウだったが、今年は冒険者として働いていたので疲労感がまったく違う。これが冬なら間違いなく朝の間は宿の寝台で横になっていたが、夏の暑さはそれを許さなかった。


 パーティメンバーが全員出払う祭の日は、夜明けの森に入るときと同様に自分の荷物をすべて持って宿を出ないといけない。そのため、重い背嚢はいのうを背負って街を歩く冒険者の姿があちこちで見られた。


 ユウもそんな冒険者の1人である。この地方では珍しく広がる青空の下、汗をかきながら全装備を抱えて貧者の道を歩いていた。袖で額の汗を拭いながら大きく息を吐く。


「これは駄目だ。もう酒場しかない」


 定住地を持たないユウにとっての避難場所は限られていた。安酒場『泥酔亭』へ直行する。安酒場街にある傷んだところの多い店舗へと入った。すると、聞き慣れた声に迎えられる。


「いらっしゃーい! ユウじゃない。今日は早いわね。三の刻の鐘が鳴ったばっかりよ?」


「宿で寝てても暑苦しいだけだからね。ここまで逃げてきたんだ」


「家に居場所のないおっちゃんみたいな理由ね。で、何にするの?」


「薄いエールを1杯」


「相変わらずシケてるわねぇ。あんたついこの間儲けたんじゃなかったの?」


「それ以上に必要な物があるんだよ」


「大変ねぇ」


 肩をすくめたエラがカウンターの奥へと姿を消した。


 代わってやって来たのがサリーである。灰色の頭巾とエプロンが似合う次期店主だ。


「あら早いわね。朝から飲んだくれる気?」


「外の暑さから逃げてきたんだ。荷物を背負いながら歩き回るのは今の季節だと自殺行為だからね」


「体力勝負の冒険者らしくない理由じゃない。もう何か頼んだの?」


「エラに持ってきてもらうところ」


「わたしには注文してくれないんだ」


「あーえーっと、それじゃパンとスープで」


「相変わらずシケてるわね。あなたついこの間儲けたんじゃなかったの?」


「エラとまったく同じこと言うのやめて」


「ふふふ、しょうがないわね。このくらいにしてといてあげるわ」


 肩をすくめたサリーがカウンターの奥へと姿を消した。


 その後ろ姿を見てため息をついたところでエラが木製のジョッキを持って戻って来る。


「はい、どーぞ。あんたサリーにも注文したの? まとめてあたしにすれば良かったのに」


「そのとおりだね。けど僕は今、この店の注文の取り方に感心しているところなんだ」


「なに言ってるの。タビサさんがホールに出てたときなんか、財布が空になるまで注文させたそうよ? あたしたちなんてまだまだよ」


「本当にそれは勘弁してほしい」


「おや、呼んだかい?」


 木製のジョッキを片手にユウがエラと話をしていたら、カウンター越しに灰色の頭巾をした愛嬌のある顔が現れた。サリーと似た顔が笑う。


「2人に注文してくれるなんて嬉しいじゃないか。あたしには何を頼んでくれるんだい?」


「勘弁してくださいよ。まだジョッキにも口を付けていないんですよ」


 情けない顔をしたユウが声を上げるとエラとタビサが声を上げて笑った。ちょうどそのときにサリーが黒パンとスープを運んでくる。


 朝の間、泥酔亭の客入りはまばらだった。なのでユウと話をする余裕が3人にもあったが、人が増えてくる昼頃には誰もが調理場とホールを駆け巡る。


 再び1人になったユウは店内を見ながらゆっくりと食事を取り、その後は木製のジョッキを傾けた。最近は何もしない日というのが珍しいのでのんびりと構える。


 泥酔亭の客層は貧民が中心だが、一部に冒険者もいた。このほとんどが貧民だったころに薬草採取をしていた者たちで、その頃から店に出入りしているのだ。また、冒険者になってからも金のやり繰りに苦労している者も多い。


 そのことをユウは知っていた。何しろ何年か前にはここで働いていたこともある。更にはエラやサリーからも話を聞くことがあった。ある意味馴染みのある店という以上に馴染みがあるのだ。


 丸テーブルがほぼ埋まってこれから更に暑くなるとき、ユウは何かを注文しようとしてその動きを止めた。店の出入り口を見ると3人の少年たちが入ってくるのに気付く。


「ウォルト、ティム、ジョナス?」


「あれぇ? ユウじゃないっすか!」


 3人も気付いたようで、角張った顔の巨体の持ち主ウォルトが手を振ってきた。ユウがそれに答えると、細目のティムと肩まで伸びた髪に中性的な顔のジョナスも一緒に寄ってくる。


「半年ぶりかな。元気そうでなにより」


「いやぁ、偶然っすねぇ! ユウはいつもここに来るんすか?」


「うん、来るよ。それより、3人がここに来るとは思わなかったよ」


「いやいや何言ってるんすか。オレたちもう大人っすよ!」


「あれ? ジョナスもそうだっけ?」


「そうですよ。僕ももう大人なんです」


 首をかしげるユウにジョナスは堂々と答えた。なぜか自信に溢れている態度だ。


 その様子を見てユウはそれ以上何も言えなかった。自分も微妙な時期に酒を飲んだことがあることを思い出したのである。


「ところで3人とも、今日はここに食べに来たの?」


「そうなんですよ! しかも、今日はウォルトの知り合いの冒険者とここで会うんです!」


「え、そうなんだ」


 若干引っかかるものがあったユウの反応は少し悪かった。


 冒険者志望の子が冒険者と会うこと自体は珍しいことではない。ユウもテリーと再会したときは正にそうだった。ただ、いざ自分の後輩が同じことをやっており、自分を頼ったわけではないことを知って微妙な感情が沸き起こったのである。


 それでも、誰を頼るかは相手が決めるべきということをユウはわきまえていた。多少固いが笑みを浮かべて尋ねる。


「その人ってどこのパーティの人なのかな?」


緑の盾グリーンシールドの人なんです! 今は鉄級ですけど、そろそろ銅級に上がるそうなんですよ!」


緑の盾グリーンシールド? どこかで聞いたことが、ああ、あの森で出会った」


 半年ほど前のまだ冒険者になりたての頃をユウは思い出した。寒い中、夜明けの森から出る途中で出会ったパーティだ。相手のリーダーがアーロンと親しかったことが印象に残っている。棍棒の話をすると随分と驚いていた。


 懐かしい過去を振り返っているユウにウォルトが食いつく。


「知ってるんすか、ユウ!」


「うん、森の中で会ったことがあるんだ。僕のところのリーダーと相手のリーダーが知り合いらしくて仲良く話をしてたんだ」


「おお、確かユウの入ったパーティって古鉄槌オールドハンマーだったっすよね」


「そうだよ」


「あそこって引退寸前の冒険者ばっかりだって聞いたんすけど、大丈夫なんすか?」


「何とかやっているよ。大体、僕が冒険者パーティを探していたときはあそこしか入れるところがなかったし」


「いやぁ、大変っすねぇ」


 ウォルトたちから同情の眼差しを向けられたユウは戸惑った。確かにアーロンたちは遠くない将来に引退してしまうが、それならまた別のパーティに入ればいいだけである。中年ばかりだというのがそんなに悪いことなのか内心で首をかしげた。


 どう返答したものかとユウがまごついていると、ジョナスが話しかけてくる。


「そういえば、ユウって冒険者の間でちょっと有名になってるらしいですね」


「なんて?」


「何でも『棍棒のユウ』で知られてるそうじゃないですか」


「えぇ」


 突然の話題にユウは動揺した。あれはあの場限りの話だとばかり思っていたのだ。まさか冒険者の間で広まっているとは夢にも思っていなかった。


 不安な表情を浮かべたユウがジョナスに尋ねる。


「本当に有名なの?」


「有名ですよ。棍棒1本で夜明けの森の魔物を片っ端から殴り殺している期待の新人だって」


「尾ひれ付きすぎでしょ、それ!」


「それで、実際のところはどうなんです?」


「棍棒1本でそんな活躍ができるわけないよ。しかも、その棍棒だって春先に壊れちゃったし」


「そうなんですか? それじゃ、今は何を使ってるんです?」


槌矛メイスだよ。これ」


 話ながらユウは腰にぶら下げている鉄の棒を見せた。すっかり使い込まれている。


 それを見た3人は引いた。ウォルトが呻くようにつぶやく。


「いや、それっすか? いくら何でも短すぎないっすか?」


「これって予備武器サブウェポンだよねぇ」


「一体どんな戦い方をしてるんですか?」


 反応は今までで一番悪かった。そのあからさまな態度にユウは顔を引きつらせる。


 その後、話もそこそこに3人は離れて行った。空のテーブルに座ってサリーに何かを注文するところまで見る。


 最後の最後で3人の自分の評価が下がったのを目の当たりにしたユウは肩を落とした。棍棒の話を広めた奴らを殴りたいと頭に血が上ったが、真っ先にローマンの顔が思い浮かんで思いとどまる。


 食欲をなくしたユウは木製のジョッキを傾けきると席を立った。

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