消えた冒険者の行方
間引きの慰労会が終わると日常が戻ってきた。
それはユウも同じだった。手に入れた大金という幸運を逃がさないように努力しなければいけない。揃えるべき道具はいくらでもあるものの、むやみやたらと買うわけにはいかないのだ。浮き沈みの激しい冒険者家業を安定させるために戒めは必須なのである。
とある休日の朝、ユウは両替をするために冒険者ギルド城外支所の建物に入った。両替のためである。しかし、いつもの両替ではない。
「レセップさん、両替しに来ました」
「いつも熱心だな。ちょっと前の間引きでがっつり稼いだから、まとまった金が入ったか」
「はい。それで、今日はこれを両替してほしいんです」
いつもと違って周りを窺いながら小さめの声でユウはレセップに話しかけた。その間に革袋から銀貨を10枚取り出してカウンターの上に置く。
やる気のない顔で頬杖をついていたレセップの眉がわずかに動いた。銀貨へ向けられた目が再びユウへと向かう。
「マジでがっつり稼いだんだな」
「
「かぁー羨ましいねぇ。たった半年で一流冒険者かよ」
「普段からこれだけ稼げるならそうでしょうけど、さすがにあんな特殊な期間の稼ぎを褒められても複雑です」
「謙虚だなぁ、お前さんは。普通の冒険者なら喜んで自慢すんのに」
「たぶん、前に商店で働いていたせいかもしれませんね。一時的な大きな売り上げよりも、普段の地道な売り上げを大切にせよって教わりましたから」
「みんながみんなそんな考えだったら、冒険者の仕事ももっと安定すんだろな。ああけど、そもそもそんな奴は危険を冒すようなことはしねぇか。まぁいいや、待ってろ」
銀貨を手にしたレセップが席を外した。その間ユウは1人で待つことになるが落ち着かない様子である。金額だけでいうなら商店で働いていたときに何枚何十枚もの金貨や銀貨を扱ったことはあるが、自分の財産としてはこれが初めてだ。
いつも通りの様子で戻ってきたレセップがカウンターの上に1枚の金貨を置いた。それを見開いた目でユウがじっと眺める。
「いつまで見てんだ。さっさとしまえ」
「あ、はい」
わずかに震える手でユウは金貨を手に取った。表を見ても裏を見ても金貨である。これが自分のものであるとは未だに信じられなかった。
やはりしばらく眺めていたユウはその金貨を大切そうに革袋へと入れる。
「自分の金貨なんて初めてだ」
「結構なことだな。盗まれねぇように気を付けろよ。シャレになんねぇからな」
「はい、わかってます」
「そりゃよかった。で、今度は俺から話がある。お前さんとこのリーダーをここに連れてきてくれ」
「アーロンですか?」
「そうだ。ギルドから依頼があるそうなんだ。そのために話をしたいってな」
「あ、指名依頼というやつですね。そっかぁ、
「なんでそんなに他人事みたいに言えるんだよ。お前さんもそのメンバーだろうが」
「いやそうなんですけどね。まだ修行中の身ですから、パーティの一員と言われるとなんかこう落ち着かなくて」
「まぁ親子くらい年が離れてるっつーのもあるかもしれねぇが、外から見りゃお前も立派なメンバーなんだよ。それはともかく、できるだけ早く連れてきてくれ」
「急いでいるんですか」
「行方不明者の捜索なんだ。間引き期間に見なくなった連中のな」
依頼内容を聞いたユウは顔を引き締めた。多数の死傷者が出た魔物の間引き期間だが、未帰還者がいるということは知っている。その捜索となると軽くは扱えなかった。
金貨を手にして浮かれていた表情を消してユウはうなずく。そうしてすぐに踵を返した。
その日の夕方、六の刻を過ぎた頃にアーロンから仲間全員に呼び出しがかかった。この時季だと七の刻を過ぎてもまだ明るいが、その中を酒場『昼間の飲兵衛亭』へと引率される。空いている丸テーブルに4人で座ると酒と料理を注文した。
給仕に届けられた木製のジョッキを手にしたアーロンは、それに口を付けてから仲間に話しかける。
「ギルドから指名依頼の話があった。内容は魔物の間引き期間で未帰還になった連中を捜索するというものだ」
「今年はうちにも話が回ってきたのか」
木製のジョッキからエールをちびりと飲んだジェイクが反応した。良い顔はしていない。
木の皿からソーセージを1つ摘まみ上げて口に入れたアーロンは噛みながらしゃべる。
「
「そりゃいいが兄貴、俺たちで探せるもんなのか?」
「信頼できる他のパーティにも片っ端から声をかけてるらしいから、今年は捜索パーティの数を増やして対応するつもりなんだろうな」
「捜索して助け出せたって話をほとんど聞かねぇんだよなぁ」
手にした木製のジョッキを指で叩くフレッドが渋い顔をした。捜索隊を出すことには賛成でも、その救出率を見ると手を上げてまでやりたいと思える仕事ではない。だからこそ冒険者ギルドがパーティを指名するわけだが、嬉しいことではなかった。
肉を摘まんでは酒で流し込んでいたレックスがアーロンを見る。
「でよ、詳しい話はどんなもんなんだ、アニキ」
「間引きの期間にいなくなった連中でも、特にパーティ単位の奴らをを優先する。期間は2週間程度で、可能な限り森の奥まで探してほしいということだ」
「ムチャなんじゃね?」
「俺もそう言った。俺たちだとどんなに頑張っても4日分くらいしか奥に進めねぇって。まぁ最終的には納得させたが」
面白くなさそうにアーロンが説明した。
どんな人間でも1日に消費する水と食料が必要になる。そうでないと真っ当に活動できない。夜明けの森の奥深くへ進むほどその量は増えるわけだが、あまりにもその量が多すぎると冒険者は戦えなくなってしまう。
話を聞いていたジェイクが再び口を開く。
「報酬はどのくらいなんだ?」
「1日当たり一般的な銅級パーティが稼ぐ平均額だそうだ」
「微妙だな」
「まぁ公的な依頼だからこんなもんだろうな。提示した額を出し渋らねぇのが救いか」
何とも言えない表情でアーロンが唸った。面白い依頼ではないが断れもしないので反応は鈍い。
そこへ始めてユウが口を挟む。
「その消えた冒険者パーティって、森にさらわれた可能性があるんですよね。同じ場所に行っても平気なんですか?」
「正直わかんねぇ。魔物を間引いた後だからたぶん大丈夫だとは思うんだがな。ただ、そんなことを言ってたらそもそも森に入れねぇ。森の入り口から1週間以内だからとりあえずは大丈夫だと思う」
「見つからなかったときはどうするんですか?」
「そんときゃ諦めるしかねぇよ。いねぇんだからな」
「そうですか。あーでもそうなると、また6日間も入ったままになるんですか?」
「当たりだ! しかも今回は報酬が平均的ときたもんだ! けど安心しろ。かち合った魔物を狩って換金することは許されてるぞ」
「ということは、依頼報酬に加えて魔物の換金報酬があるんですか」
「ああ。ただし、捜索がメインだってことは忘れるな。戦闘はできるだけ避けていく。それをやれるからこそ俺たちにお鉢が回ってきたんだ」
「うーん、なんかこうもう1つやる気がでないですねぇ」
他の3人が浮かない顔をしている理由がユウにもわかった。なので面白くなさそうに木製のジョッキを呷る。
そんな仲間の態度を見たアーロンは苦笑いした。そして、少し強めの口調でしゃべる。
「お前らシケた顔をするんじゃねぇ。ギルドに恩を売るいい機会だろ。これからしばらくはいつもの狩りを中止する。ギルドの依頼に応じて6日間の探索を2回するからな。明日1日その準備に充てて、明後日から探索を開始するぞ。いいな!」
「わかったぜ、兄貴! やってやるぜ!」
「しゃーねーな、やるか!」
「これも仕事だな」
フレッド、レックス、ジェイクがため息を1つついて表情を笑顔にした。
仲間の様子を見てユウも表情を和らげる。何を言ってもやることは変わらないのだ。それならば前向きな気持ちの方が良い。
話が終わると、5人はいつものように騒ぎながら飲み食いを始めた。
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