間引きの慰労会

 例年以上に増えた魔物を間引く期間は終わった。いつも以上に死傷者を出し、メンバーが欠けて活動できないパーティや解散するパーティも現れる。今後しばらくは冒険者全体の活動は低調になることは避けられない。


 そんな6月の空模様並に暗い話が溢れる冒険者界隈だが、乗り切ったパーティにとっては近年まれに見る稼ぎ時だった。魔物が通常の何倍も増え、更には換金が5割増しになるのだ。懐は非常に温かくなった。


 古鉄槌オールドハンマーと合同パーティを結成していた各パーティの冒険者たちもそんな成功組に属している。終わってみれば全員無事、期間中は週6日も夜明けの森に入って戦い続けたのだ。この1ヵ月半で約8ヵ月分も荒稼ぎしていた。今回の魔物の間引き期間では最も成功したパーティの一角である。


 そんな大金を稼いだ冒険者が浮かれないはずがない。期間終了の翌日、1日中泥のように眠っていたはずの面々は、夕方になると続々と酒場へと集まっていく。


 酒場『昼間の飲兵衛亭』は今回六の刻の鐘から閉店まで貸し切りとなっていた。火蜥蜴サラマンダーのリーダーであるクリフの手配である。


 今回、『昼間の飲兵衛亭』に集まってきたのはクリフのパーティメンバーの他、参加していた合同パーティの面々、それに知り合いのパーティと合計10パーティで60人近い。飢えた獣のような冒険者がこれだけ集まるのだ。その騒々しさは相当である。


 六の刻の鐘が鳴った直後から続々と冒険者が店内に入ってきた。宿には荷物を置いておけないので全員自分の荷物を持参である。そんな者たちが中で最初に見たのは既に酒盛りを始めている連中だ。火蜥蜴サラマンダーのメンバーである。


「おー、よく来たなぁ! 店主に参加費払って好きなもん注文しろよー!」


 挨拶代わりに木製のジョッキを突き上げたクリフが上機嫌に迎え入れた。入ってきた者たちも慣れた様子で手を上げて店主に代金を支払って次々と注文していく。


 そういうことを何度も繰り返してるうちに店内は冒険者たちで満たされていった。毎年開かれる慰労会はこうして主催自らがなし崩しに始めて盛り上がっていくのだ。


 店内が程よく騒がしくなってきたところに古鉄槌オールドハンマーの面々が中へと入っていく。


「おーやってんなぁ! いい感じじゃねぇかぁ!」


「アーロンおせぇぞ!」


 誰かがアーロンに言葉を投げつけたが誰だかはもうわからない。いくつもの話し声と馬鹿みたいに大きな笑い声の中に埋もれてしまった。


 店主に参加費を渡したアーロンが仲間へと振り向く。


「こっからはみんな好きにしろ! 俺も好きにするぜ! 解散!」


 そう叫ぶとカウンターに置いてあった木製のジョッキをひったくって一気に飲み干し、両手で別の木製のジョッキを2つ手にして去って行った。


 取り残された面々はというと、特に困ったという様子もなく次々と木製のジョッキを手にしていく。


「さー酒だぁ、飲むぞー!」


「俺はちょっと知り合いのところに行ってくらぁ!」


「それじゃ俺も行こうかな。じゃぁな、ユウ」


 レックス、フレッド、ジェイクの3人も木製のジョッキを片手に店内へ散って行った。


 1人残されたユウは木製のジョッキを手にしたまま店内を見て回る。冒険者になって半年になろうとしているが、ほとんど知らない面々ばかりだ。まるで取り残されたかのようで寂しい。


 どうしたものかと悩んでいると、ふと知った顔が視界に入った。森蛇フォレストスネークのピーターだ。いつも以上の陽気さでカウンターまで木製のジョッキを取りに来る。


「ピーター、来てたんだ」


「ユウじゃないか! 今来たところかい? いやぁ、相変わらずこの飲み会は騒がしいねぇ。耳が痛くなるよ」


「毎年こんな感じなの?」


「そうさ。死闘をくぐり抜けて生き残ったからね。生の喜びを全力で満喫してるのさ!」


「確かに生き残って良かったね。僕も何度も死にかけたし」


「僕の方も似たようなものだったよ。何しろこっちは戦闘力に関しちゃ、きみたちに劣るからね。あんな大群に襲われたらきついよ」


「でも結局、怪我人1人も出なかったんでしょ? すごいな」


「逃げ回るのは得意なのさ。おっと呼ばれてる。それじゃ!」


 別の方向を見て手を上げたピーターが滑らかに去って行った。いつ話をしても騒がしい。


 知り合いを見つけたことでユウは幾分気が楽になった。ちびちびと木製のジョッキに口を付けて店内を歩き出す。みんな笑顔で酒を飲み、料理に手を付けていた。


 ユウがのんびりと進んでいると横から誰かがぶつかってくる。危うく中身をこぼしそうになって木製のジョッキを両手で持った。ぶつかった相手を見ると火蜥蜴サラマンダーのローマンである。


「おっとぉ、ユウじゃねーか! 来てたんだな!」


「随分と楽しそうだね」


「もちろんだぜ! おめーも楽しんでるか?」


「楽しんでるよ。こんなにたくさん集まる飲み会なんて始めてだから驚いてもいるけど」


「まだ場慣れしてねぇんだな。よし、ここはオレが一肌脱いでやろう!」


「え?」


「おい、みんな、聞いてくれ! オレのダチを紹介しよう!」


 騒がしかった店内が急速に静まった。そして、全員がローマンへと目を向ける。


 木製のジョッキを持ったローマンは上機嫌だった。ユウの肩を抱いて声を上げる。


「こいつの名はユウってんだ。今年の最初に古鉄槌オールドハンマーに入った新入りだ。みんなもあそこに新人が入ったって聞いたときは驚いたろう?」


 ローマンが聴衆に問いかけると肯定の声がいくつか返ってきた。それを聞いて満足そうにうなずくと言葉を続ける。


「このユウってヤツは面白いヤツで、何と棍棒を主武器メインウェポンにしてんだぜ! 嘘みたいだろ?」


「マジかよ!?」


「けど、そいつの腰にゃ槌矛メイスがぶら下がってるぜ?」


「不思議だよな? ユウ、みんなに理由を教えてやれよ」


「ローマン、きみって奴はなんてことを」


 合いの手を入れてきた聴衆の言葉をうまく拾ったローマンの問いかけにユウは震えた。しかし、こうなるともう逃げられない。手にした木製のジョッキを一気に傾けて空にする。


「春先に小鬼ゴブリンの頭を殴ったら、一緒に砕けちゃったんですよ! 何年も大切に使ってた愛用の武器だったのに!」


「マジかよお前! すっげー受けんだけど!」


棍棒そんなもん大事に使ってんじゃねーよ!」


 魔物と対峙したときよりも緊張しながら話したユウの内容に店内は爆笑した。真っ赤になったユウが震えながら棒立ちになる。


「だっはっは! どーだ、オレのダチはおもしれーだろ! 棍棒のユウ!」


「変なあだ名つけるのやめてよ!」


「棍棒のユウ!」


「棍棒のユウ!」


 始まった唱和は止まらなかった。笑いと共に店内へ広がっていく。次いで近くにいた冒険者たちにもみくちゃにされた。


 解放された後のユウはふらつきながらカウンターへと戻る。いつの間にローマンはいなくなり、店内も元の騒がしさに戻っていた。空になった木製のジョッキを新たなものに代えてすぐに口を付ける。


「ひどい目に遭ったな」


「棍棒のユウ。大人気だったじゃないか」


「ぶは!? マイルズ! なんてことを言うんだよ!」


 友人のかけた声でむせ返ったユウが抗議した。もちろん右から左に流されてしまう。


 楽しそうに笑うマイルズがしゃべる。


「ローマンはああいうのが大好きだからね。けど、きみもみんなに顔を知ってもらえたから悪いことじゃないと思うんだ」


「ああいうのはどうかと思う」


「悪くないよ。最初が肝心っていうじゃないか。楽しくみんなに覚えてもらうなんて機会はそうないからね。ローマンはいい仕事をしたよ」


「そういうものかな」


「そういうものだよ。ところで1つ確認なんだけど、前に泥酔亭で飲んだときに探検隊の生き残りを助けたって話をしてたろう?」


「うん。ローマンとピーターも一緒だったときだよね」


「あのとき、遺跡の話は聞かなかったって言ってたと記憶してるんだけど」


「それであってるよ。何かあったの?」


「どうもこの話を真に受けて遺跡を探そうとしている連中がいるそうなんだ」


「ええ?」


 初耳のユウは目を剥いた。ありもしない遺跡を探すなど愚かなことである。


「こういう話は昔からあるみたいで、湧いては消えてを繰り返してるんだけど、今回は探検隊の生き残りっていう人物がいるからね。信憑性が高いって思われてるみたいなんだ」


「でもなんでその話を僕にするの?」


「変な奴に絡まれないようにっていう忠告だよ。古鉄槌オールドハンマーが生き残りを助けたことは知られてるからね」


「僕のところには誰も来たことはないよ?」


「アーロンが何とかしてるんだと思うよ。おっと、それじゃ僕はそろそろ行くよ」


 木製のジョッキを軽く持ち上げたマイルズは笑顔で去った。


 その後ろ姿を見ながらユウはため息をつく。面倒なことはどこにでもあるものだ。気を取り直して酒を飲む。


 今夜の宴会はまだ始まったばかりだ。ユウは頭を切り替えて楽しむことにした。

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