魔物の間引き(4)
魔物の間引き期間が始まってから数えて、ユウは4回目の夜明けの森入りをしようとしていた。1回で6日間も連続で魔物と戦う仕事を3回もこなすとさすがに慣れてくる。しかし、疲れは確実に溜まってきていた。昨日などは丸1日寝たにも関わらず体がだるい。
夜明けの森の前で虫除けの水薬を塗りながらアーロンがしゃべる。
「いいか、前回潜ったときもまだ魔物の数は減っちゃいなかった。今回も恐らくきついままだろう。よって、今まで通り3日奥へ進んで狩った後に帰還する。ユウ、レセップからの話に変化はねぇんだよな?」
「ないです。負傷者の増え方がましになったそうですけど、それは負傷するような新人がもうほとんどいないからだろうって言っていたくらいです」
「知り合いのパーティで脱落したところはまだねぇが、どこもきついとは言ってる。色々とヤベぇな。それと、今年の魔物の間引き期間は2週間延長になったそうだ。さすがにここで間引きを止めるとまずいらしい」
その話はユウもレセップから昨日教えられた。あと1週間で終わることを心の支えにしていただけに、聞いた当初は受付カウンターに崩れ落ちたものだ。今、ユウの目に光がないのはこのせいである。
現在、夜明けの森の中はかなり危険な状態になっていた。慣れた鉄級や熟練の銅級のパーティが引き続いて間引きを続けているが、一定水準以下のパーティに負傷者が続出して冒険者の数が不足しつつあるのだ。その分だけ健在なパーティの負担が高くなる。
このままでは危険だと判断した冒険者ギルドは、まず魔物の間引き期間を2週間延長した。既に例年以上に魔物を狩っているにもかかわらず減る傾向が見られない以上、ここで手を緩めるわけにはいかない。下手をすると森から溢れてきてしまう。
もう1つは、メンバーの不足する冒険者パーティの再編だ。壊滅したパーティの生き残り同士を組ませて臨時パーティを作ろうとしている。魔物の間引き期間の間だけいいから組んでほしいと説得しているが、生き残った冒険者の反応は悪い。
他にも1人か2人欠けたパーティに対して、別の冒険者が一時参加するということもしていた。一時的に部外者を入れて活動するということは珍しくないので、こちらの対策には悪くない反応だ。
このように、例年とは違う状況に例年にはない対応で冒険者ギルドも動いている。評価は割れるものの、珍しく冒険者ギルドが積極的に動いている点は冒険者たちも認めていた。
今や熟練冒険者パーティとして安定した成果を出している
夜明けの森の中に入ると、以前と同じように一列縦隊で進んでいく。比較的手前の場所でも魔物の襲撃はなくならない。しかし、1度に押し寄せてくる数は今回少なかった。それは丸3日進んでも同じ傾向だ。
この変化に合同パーティの面々は敏感だった。明らかに数が少ないことに手応えを感じる。
今やすっかり
「魔物の数って少なくなってきていますよね?」
「ああ、俺もそう思うぜ。やっと減ってきてくれたわけだ。まったく、やれやれだぜ」
水袋から口を離したフレッドが肩をすくめた。今までよりもわずかに雰囲気が明るい。
これは他のパーティメンバーも同様である。今やどの冒険者も願っていた魔物の減少を実感できたからだ。
自分の感覚が正しいことを知ったユウは肩の力を抜いた。それから水袋を口にして再びしゃべる。
「となると、今回はいつもより奥に進むのかな?」
「いや、今まで通り3日目の辺りまでだ。潜るのは6日間だからそこが限界ってのもあるが、ちょっとイヤな噂を耳にしたから行かねぇぜ」
フレッドとの会話に口を挟んできたアーロンへユウは顔を向けた。首を横に振るパーティリーダーを不思議そうに見る。
「噂ってなんですか?」
「森にさらわれるってやつだよ。2週間以上戻ってきてねぇパーティがいるらしい」
「長期間森に入ってるんじゃないんですか?」
「そのパーティは元々そんなに長く潜るタイプじゃねぇと聞いてる」
「魔物に襲われて全滅した可能性は?」
「可能性としてはあるさ。けどよ、6人が全員死ぬって意外とねぇんだぜ。大体半分も死んだら残りの奴は逃げようとするし、ばらばらに散って逃げたら普通は1人くらいは生き残るもんなんだ。それなのに死体も装備も生き残りも見当たらねぇ」
「確か森にさらわれるのって、1週間くらい奥に進まないと起きないはずなんですよね?」
「そのはずなんだ。でも、いや、今はまだ確かなことは何も言えねぇな。だからこそ、変なことに巻き込まれねぇようにいつも通り魔物を狩るんだ」
小さくため息をついたアーロンが水袋を口に付けた。それきり会話は途切れる。
休憩が終わると再び合同パーティは今いる辺りを徘徊した。その間にも魔物が頻繁に襲ってくる。ただ、以前ほどの数ではなくなっていた。
やがて帰路についた5日目、別の冒険者パーティと遭遇する。そのパーティも合同で他に2つのパーティと行動を共にしていた。最近では珍しくない光景である。
いつもならパーティリーダー同士が情報交換をする脇で互いのメンバーが少し雑談して別れるのが常だ。しかし、知り合いがいるとなると話が変わってくる。
最初に声を上げたのは相手のパーティにいたダニーだった。かつて同じ薬草採取のグループで活動していた少年は青年になりつつあり、以前よりも背が伸びている。そのダニーがテリーに話しかけていた。
その様子を目撃したユウは目を見開く。使い込まれた革の鎧に剣、それに各種装備を身に付けたその姿はテリーと比べてもそれほど遜色があるようには見えない。
2人が楽しそうに談笑しているのをユウが見ていると、テリーが少し探すそぶりをしてからユウを指差した。釣られて顔を向けてきたダニーがユウを見つけると声を上げる。
「おお、ユウじゃねぇか!」
「う、うん。久しぶり」
「久しぶりだなぁ。こっち来いよ!」
呼ばれたユウは2人へと近寄った。ダニーの顔は生意気そうな顔に精悍さが加わっている。装備も相まって冒険者らしい姿だ。
そんなダニーが呼びつけたユウをまじまじと見る。
「テリーから冒険者になったって聞いたときは驚いたけど、本当になってたんだな。最初はならないって言ってたのによ」
「他の仕事も色々と考えたんだけど、結果的に冒険者になったんだ」
「なんだそりゃ? 変わった理由だな。しかし、さすがにもう棍棒は使ってねぇか。今は
「うん。春先に壊れちゃってこっちに替えたんだ」
「えー!? 結局最後まであれを使ったのかよ! どんだけ棍棒が好きだったんだ!」
呆れたり驚いたりとダニーの表情は変化に富んでいた。その表情を見ているだけでも面白い。
大体ダニーからの質問が終わると、今度はユウが問いかける。
「そういえば、ダニーって薬草採取をするパーティに入ったんだよね?」
「今いる
「最初は荷物持ちで入ったって聞いたけど、今は違うっぽい?」
「お、やっぱわかるか? そーなんだよ。去年オレの力が認められてよ、荷物持ちから冒険者に昇格したんだぜ!」
「そうなんだ」
「いやぁ、苦労したぜぇ。やっぱ下積みの期間はしんどいよなぁ」
「
「やっぱそう思うか。けどちょっと事情が違うんだな。オレたちは薬草採取をする性質上、この森のことをよく知ってんだ。どこに何があるってな。だからそれを見込まれて、合同パーティに誘われて森の案内をしつつ戦ってんだよ」
「なるほど」
「それに、今は魔物の大繁殖期間で人手不足だろ? だからオレたちのようなベテランパーティは引っ張りだこなんだ。新人共が次々にやられちまってるからなぁ」
「それじゃこれから森に入って戦うんだ」
「ああ! 魔物の間引き期間が2週間延長されただろ? だから稼げるときに稼いどくんだよ! これは冒険者としての鉄則だからユウも覚えておけよ!」
「う、うん。わかったよ」
勢いよくしゃべるダニーに押されてユウがうなずいた。脇でテリーが苦笑いしながら2人を眺めている。
その後は、3人で近況を手短に語り合った。中でもユウが
リーダー同士の話し合いが終わった後はあっさりと別れた。ユウたちは街を目指して歩く。
以後も魔物の間引きは行われた。6月に入ると魔物の数は急速に減る。5月の大群が嘘のような減り方だった。そして、延長期間が終わる手前で例年通りとなる。魔物の間引き期間の再延長はなかった。
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