魔物の間引き(3)

 予想以上の魔物の数に苦戦しながらも合同パーティの一行は森の奥へと進んだ。しかし、1度の戦闘で多くの魔物に襲われることから予定ほどは進めない。


 更に夜間の襲撃も容赦なかった。4パーティ合同なので2パーティが見張り番になるのだが、魔物に襲撃されると見張り番でないパーティメンバーも起きる必要がある。毎晩襲撃されるとこの交代制もあまり意味がなかった。


 3日目の夕方、この季節ならば七の刻に近い頃に合同パーティは野営の準備を始める。メンバーの顔には疲労の色が浮かんでいた。初日と違ってほとんど誰も口を利かない。


 その間、各パーティのリーダーが集まった。今日1日の報告とこれからの対応を話している途中でバートがため息をつく。


「とにかく数が多いからいつもより相当儲かってるのは確かなんだけど、これ以上魔物の数が増えるとかなりきついね」


「俺のところも同じだな。これ以上奥に進むのは厳しいと思う。今はまだ致命的な問題は起きてないが、戦闘での疲労と寝不足による体調の悪化は確実に進行してるしな」


 各メンバーの状況を把握しているエディがバートよりもはっきりと言った。その言葉を受けたクリフが難しい顔をしながら口を開く。


「オレんところはまだ余裕がある方だが、合同パーティとして自由に動けるのはこの辺りが限界なんだろう。儲かるのはいいが、こうも数が多いと部位を回収するのも手間だぜ」


「そうだな。戦って終わりじゃなく、その後の作業もある。今まではまだ襲われちゃいねぇが、連続して襲われたら部位の回収作業もできなくなっちまう。負けて逃げるときは言うまでもねぇ。これ以上は進まねぇ方がいいな」


 顔をしかめた3人がアーロンの言葉にうなずいた。目的はあくまでも金儲けであり、そうであるならば危険はできるだけ避けるべきである。


 方針が決まると後はそれを実行するのみだ。この日は古鉄槌オールドハンマー黒鹿ブラックディアが夜間の見張り番である。


 もちろんユウも見張り番を担当することになっていた。5月は七の刻から二の刻過ぎまでが日没時間である。この間の七の刻から一の刻までがユウの今晩の担当だ。


 手早く夕食を済ませるとジェイクと共に見張りの位置につく。そこで簡単な焚き火を作って2人とも座った。それから周囲に気を配る。


 この頃になると、ユウも気配をなんとなく感じ取れるようになっていた。その体感によると異常はない。その上で大きなため息をつく。


「はぁ、まだ半分なんですよねぇ」


「いつもなら街に帰ってる頃だな。それにいつも以上に戦ってるから疲れるのも確かだ」


「みんなよく何も言わずにやれてますよね」


「慣れだよ。どんなにきつくても、何回もやっていればいずれこんなものだと思うようになる。今年は特にきついのは確かだが」


「これ他のパーティはどうしてるんでしょうね。あの数を単独では相手にできないと思うんだけどなぁ」


「ある程度慣れたパーティだと俺たちみたいに合同でやってるだろう。けど、そうじゃなければ厳しいかもな」


「もし間引きに失敗したらどうなるんですか?」


「森から魔物が溢れて街が襲われる。城壁に囲われた町民はいいが、外に住んでる貧民は」


 揺れる焚き火を見ながらジェイクは言葉を切った。


 さすがにユウもその先はわかる。城壁や水堀のような立派な防衛施設がない以上、魔物にされるがままだ。何人もいる知り合いがたどる末路を想像してしまう。


 冒険者は単に金儲けで戦っているわけではないことにユウは気付いた。当人の思惑がどうあれ、結果的には貧民街の守り手なのだ。だからこそ、代行役人のような嫌われ者を擁しつつも、冒険者ギルドへの貧民の反発は小さいのである。


 世の中うまくできているのか、それともうまく使われているのか、ユウには非常に悩ましく思えた。自分の存在意義を確認できたが釈然としないものが残る。


 なかなかすっきりとしない世の中の仕組みに不満を抱いていると、ユウはぼんやりと異変を察知した。さっきまであった動物の鳴き声がしない。


「ジェイク」


「気付いたか。日没早々一仕事とはね。みんな、警戒しろ!」


 立ち上がったジェイクは背後の仲間に声をかけた。背後で雑談したり眠っていた者たちが跳ね起きる。


 その直後、暗闇から魔物が姿を現した。




 6日ぶりに夜明けの森の外に出たユウは大きなため息をついた。その顔は疲れ切っており、全身からしょぼくれた雰囲気がにじみ出ている。


 先月に比べて昼間に戦った回数は少し多いくらいだが、夜間の回数が激増した。しかも、1回の戦いで襲ってくる魔物の数が比較にならないほど多い。


 魔物の間引き期間は今回が初めてのユウはもちろん、他の経験者でも厳しい戦いであった。そのため、夜明けの森から出た者たちの顔には次々と安堵の表情が浮かぶ。


 買取カウンターの上に積み上げられた討伐証明の部位は結構な山となった。熟練の4パーティが6日間狩りを続けた成果に買取担当者は応援を呼ぶ。これでも一部取りこぼしがあったのだから、いかに魔物を狩ったか想像できるというものだ。


 もちろん換金したときの金額も大したものである。総額で銅貨600枚以上にもなった。買取担当者が金貨で支払いたいと申し出たが、合同パーティの代表換金担当のユウが20人以上で割って配ることを理由に断る。最終的には銀貨混じりで合意した。


 こうして全員が銀貨混じりの報酬を手に入れたが、その喜びの声を上げる者はいない。みんな疲れ果てていたからである。今必要としているのは食事と睡眠だけだった。


 解体場の西側から南回りで西端の街道へと向かう途中、冒険者ギルド城外支所の建物が見えてくる。その南側にはよく負傷者が座り込んでいたり寝かされていたりするが、このときはその数がやたらと多かった。しかし、今は誰も関心を示さない。


 安宿屋『ノームの居眠り亭』に戻って来た古鉄槌オールドハンマーの面々は、背負っていた背嚢はいのうを下ろすと崩れるように寝台へと座った。5人全員が大きな息を吐き出す。


 まだ日も明るい七の刻前なのでいつもなら酒場へと繰り出すところだが、この日はさすがに誰も外出しようとはしなかった。干し肉で簡単に夕食を済ませるとすぐ横になって眠る。魔物の襲撃を気にせず眠れることのありがたみが身に沁みた。


 翌朝、三の刻の鐘を耳にしてユウは目覚めた。とうに日は昇っており、大部屋にもほとんど人がいない。


「う~ん、疲れた。あれぇ、疲れが取れないなぁ」


 気分爽快とはほど遠い言葉を漏らしながらユウは背伸びをした。寝台を振り返ると、ジェイク、フレッド、レックスの3人はまだ寝ている。アーロンだけがいなかった。


 とりあえず宿の裏手で用を済ませて朝食の干し肉を食べたユウは、これからどうするか考える。体の疲労のことを考えたら寝ているのが一番だが、何もしないまま夜明けの森へ入るのも不安だった。


 しばらく考えた末にユウは冒険者ギルド城外支所へと向かう。建物に入ると相変わらず行列のない受付カウンターに向かった。すると、何時もの様にレセップが頬杖をついている。


「こんにちは」


「なんだ、死にそうな顔だな。お前さんも森の中へ入ったのか」


「はい。無茶苦茶魔物が多くて夜もろくに眠れませんでした」


「まぁその分がっつり儲けられたんだろ? 結構なことじゃねぇか」


「次入って生き残れる自信があんまりないんです。仲間も言ってましたが、例年よりも魔物の数がかなり多いそうですよ」


「それはこっちでも把握してる。そのせいで森の奥に進めるパーティがほとんどいねぇ」


「昨日の帰りにここの南側で怪我人を見ましたけど、冒険者の数がかなりでしたよね」


「めざといな。確かに多い。今のところ鉄級の連中ばっかだが、このままだと銅級にも被害が出るんじゃねぇかって話になってる」


「それも例年にはないことなんですか?」


「怪我人の出るペースは異様に早い。まだ1週間しか経ってねぇのに脱落したパーティが10以上も出てる。これは後半になるとヤバいかもしれねぇな」


「あんまり森の奥には行かない方がよさそうですね」


「お前さんらはどのくらいまで進んだんだ?」


「3日くらいのところです。でも、遅れがちだったんで、実際はいつもの2日半くらいだったかも」


「今はそれ以上行かない方がいいだろうな。実際、壊滅したパーティのほとんどはそれ以上進んだところばっかりなんだよ」


「うわぁ」


「これからパーティの数が減ってもっと苦しくなる可能性がある。あんまり深入りはするんじゃねぇぞ」


 珍しく真剣な口調のレセップにユウはうなずいた。こういうときのレセップの話は無視できない。


 話を切り上げたユウは宿へと戻った。ジェイクによるとアーロンは昼頃に帰るという。


 妙に疲れたユウは疲れの取れきれない体を寝台に横たえた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る