魔物の間引き(2)
森へと入ってしばらくすると、どこからともなく戦う音が聞こえてきた。普段だと原っぱとの境界に近いところに魔物は滅多に寄ってこないが、今は違うことがわかる。
「やっぱいつもより多いんだなぁ」
「そうなんですか?」
パーティ単位で一列縦隊に並んで進む中、最後尾を歩くレックスのつぶやきを振り向いたユウが捉えた。去年を知らないのでユウには比較できない。
「毎年この辺りでも戦闘音は聞こえてたが、ここまで多くなかったはずだぜぇ」
「ということは、森の奥にはもっとたくさんの魔物がいるっていうことですよね」
「だよなぁ。こりゃ昨日の情報と合わせると、締めてかかんねぇと痛い目に遭うかもな」
普段は楽天的なレックスが慎重論を唱えたことにユウは目を見開いた。てっきり入れ食いだぜなどと言うと思っていたのだ。これはいよいよ油断できないとユウは顔を軽く叩く。
今日のパーティの隊列は、先頭が
これは夜明けの森の浅い地域を索敵能力の低いパーティに任せ、奥地に行くほど偵察能力の高いパーティが担当になるよう順繰りになる仕組みである。不意打ちにされる可能性は森の奥ほど高いからだ。
最初の戦闘は意外にも遅かった。朝の間は魔物と遭遇せず、昼食後しばらくして数十匹の
姿を現す
「こいつらは大したことねぇ! 片っ端からぶっ殺せ!」
当然ユウの前にも魔物は現れる。薄汚れた緑色の肌をした小人が木の棒を振り回しながら突っ込んで来た。思い切り踏み込んで手にした
「あああ!」
「ギギャ!」
目の前の木の棒よりも早くユウの
戦場の全体を見ると合同パーティ側が圧倒的に優勢だ。大半がやって来る
戦いが終わると今度は討伐証明の部位集めである。ユウを含めた19人がナイフやダガー片手に魔物の鼻をそぎ落とし始めた。
その間、各パーティのリーダーが集まる。誰も疲れを見せていない。しかし、
「誰も怪我をしてなくて何よりだったね。けど、
「やっぱ探検隊が奥にいったのが影響してんのかねぇ。
いつもなら勝った後は喜ぶ
続いて
「戦うことだけ考えたら、しばらく浅い所を回った方がいいんだろうな。けど、それじゃ金にならん。ただ、ここでこんな数に出くわすとなると奥はもっと」
「昨日冒険者ギルドを1日見てた様子から相当多いとは思ってたが、これほどとはな。こりゃ余程気合いを入れねぇとな」
厳つい顔をわずかにしかめたアーロンが唸った。
昨日合同パーティ全員で冒険者ギルド城外支所を観察した結果、例年よりも負傷者の数が多いことが判明している。すべて鉄級のパーティばかりだったが、そのペースの速さは油断できないものだった。
リーダー4人が集まって話をしたが、結局のところ油断なくいつも通り進むという結論になる。この日のために色々と準備と調整をしてきたのだ。簡単には引き下がれない。
討伐証明の部位集めが終わると、少し休憩してから合同パーティは再び奥へと進んだ。先程の戦闘でわずかにあった楽観的な態度が全員から消えている。誰もが真剣な表情だ。
隊列の中を歩くユウは雰囲気の変わったパーティ内で不安そうな顔をしていた。普段は気楽そうにしているフレッドやレックスまで真面目に周囲を警戒しているのだ。それだけ余裕がないという風に受け止める。
「奥に進まない方がいいんじゃないかな」
誰にも聞こえないようにユウはつぶやいた。簡単には引き下がれないことはわかっていても、やはり危険にわざわざ向かうのはためらわれるのだ。
再び魔物が襲撃してきた。今度は昆虫系である。
「
誰かが叫んだのをユウは聞いた。しかし、それを確認する暇もなく、目の前に現れた大量の大きな蟻に襲われる。
「あああ!」
「ギッ!」
鋭い口元の牙で噛みつこうとする
しかし、蟻のような昆虫系の恐ろしいところは群れで襲いかかってくることだ。1匹を行動不能にしても2匹が襲いかかってくる。仲間の死にまったく恐れずに突き進んでくるその姿は脅威でしかない。
一撃で殺せないユウはすぐに追い払うのが精一杯になってしまった。ダガーでとどめを刺している余裕がないのだ。何度も殴ればそのうち弱ってくるものの、数が多いので集中して殴れない。
「このままじゃ食われる!」
次第に対処仕切れなくなってきていることをユウは自覚した。このままでは近く
それは苦し紛れの行為だった。最近は使っていなかった腰元の悪臭玉を手にすると、複数で襲いかかってきそうだった
するとどうだろう、粉末が広がった範囲内の
目の前の光景に目を見開いたユウだったがすぐに行動に移った。まだ粉末が飛び散るその中に自ら入ったのだ。その瞬間、鼻腔をを刺し殺す勢いの強烈な臭いに涙目となる。めまいと吐き気が同時に襲ってきた。
「あああ!」
悲鳴とも雄叫びともいうような叫び声を上げたユウが、悪臭玉の効果範囲を避けようとする
今までとは違い、
「悪臭玉の臭いに怯むぞ! 持ってる人はぶつけるんだ! そして自分でも浴びろ!」
自分の知った有効な情報をユウは叫んだ。半ば自殺行為のような対策法だが食い殺されるよりかはましである。
その後、ユウは自分がどう戦ったのかよく覚えていなかった。数の多い
気付けば動く虫のいなくなった場所をふらふらと歩いていた。戦闘音も聞こえない。
仲間のところへ戻ろうとユウは周囲を見回した。辺りに人影はない。
「どうしよう、もしかして迷った?」
迷子の可能性に思い至ったユウの顔から血の気が引いた。普段よりも魔物が多いこの時期に1人で夜明けの森の中をさまようのは自殺行為でしかない。
闇雲に歩き回るのは危険だと判断したユウは立ち止まった。まずは耳を澄ます。近くに人がいるなら何かの音がするかもしれない。しかし、辺りは静かだった。
続いて地面へ目を向ける。自分で倒した
幾分か落ち着いたユウは自分の建てた推測に従って脚を動かした。この辺りの
その推測は正しかった。緩やかな丘の向こうには討伐証明の部位をそいでいる合同パーティの面々がいたのだ。
顔のほころんだユウが仲間に駆け寄る。すぐに
最も近くにいたレックスが最初に気付いた。手を上げる先輩冒険者にユウも手を上げ返す。
「レックス! ああ、良かった!」
「おう、どこに行ってたん、うわくせぇ!」
感動の再会一歩手前というところでレックスが鼻を押さえて引いた。その様子を見てユウは自分の状況を思い出す。
その後、臭いが消えるまでユウに近づく者は誰もいなかった。
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