魔物の間引き(1)
毎年5月頃から魔物の数が本格的に増える。夏頃まで続くその増殖の原因は実のところわかっていない。しかし、放っておくと加速度的に増えると過去の記録に記されている。
そのため、この時期に合わせて冒険者ギルドは対策を打ち出した。すなわち、魔物の間引きの期間である。5月の間は討伐証明の部位の買取価格が5割増しになるのだ。ただし、事前に登録する必要があり、なおかつ14日以上夜明けの森に入ることが義務づけられる。
この政策を冒険者は喜んだ。森に2週間以上入るのは一般的な冒険者パーティなら当たり前であり、その上で買取価格が5割増しになるのだから笑いが止まらない。どんな冒険者もこぞって参加した。
4月も終わりが近づくと冒険者全体が浮き足立つようになる。そんな中、
とある休日の朝、ユウはアーロンに今後の予定について説明を受けていた。1人事情を知らないユウは真面目に話を聞く。
「魔物の間引き期間については以上だ。要は稼ぎ時だから集中して稼ごうってわけだな。でだ、最大限に稼ぐためには色々と調整しなきゃならねぇ。一番調整しなきゃいけねぇのは森に入る期間だ。今は3日潜って2日休みとしてるが、これを6日潜って1日休みに変更するぜ」
「うわ、随分と長く入るんですね」
「気合いが入ってるだろう? それだけ魔物がわんさか出て稼げるってわけだ。だからそれに合わせて長く森に潜るんだよ。その分大変だけどな。夜にも当たり前のように襲撃されるぞ」
「最近夜の襲撃が増えてきてますよね」
「ああ、間違いなくこの増殖期間に入りつつあるんだ。でだ、この5月に稼ぐために今月後半の予定をちょいといじる。次回は休みが1日だけだ」
「それで5月にたくさん働けるようにするわけですか」
「その通り、更に、5月が終わるまでは稽古も中止だ。お前もそうだが、俺たちもやってる余裕がねぇからな」
「確かに。僕なんてずっと寝てるかもしれないですよ」
「それでいい。森の中じゃろくに寝られねぇことは間違いねぇからな。寝溜めしとけよ。その分、6月の慰労会でパーッとするからな」
「なんか今から楽しみになってきたなぁ」
「おう、せいぜい楽しみにしとけ」
魔物の間引き期間が終わった後のことを考えていたユウにアーロンがにやりと笑った。そして、更に話を続ける。
「でだ、パーティ単独で動くんならこれで終わりなんだが、毎年俺たちは知り合いと合同でこの期間を乗り切ってる。特に夜間の見張り番をするときにこれが効いてくるんだ」
「例えば、2つのパーティが一緒に活動するとなると、毎晩片方が見張りについてもう片方はそのまま眠れる、とかですか?」
「そうだ。魔物の取り合いになるかもしれねぇから事前の調整はしっかりしとかねぇといけねぇが、それを差し引いても夜の安全を確保できるのはでかい」
「僕もそう思います。でも、調整って大変じゃないですか?」
「初めて組むパーティとだったらな。けど安心しな、俺たち
アーロンの説明を聞いてユウの顔はほころんだ。ユウはともかく、パーティそのものが慣れた相手と合同で臨むのならばかなり安心できる。
「組む連中はお前も知ってるパーティだぞ。
「去年の慰労会で会ったリーダーのパーティじゃないですか!」
「そうだ。知ってる相手でやり方も去年と同じなんだ。だから深刻になることはねぇぜ」
「その3パーティでしたら、僕も知り合いがいますから安心ですよ」
「ああ、そういやなんかつるみ始めたらしいな。結構なことだ」
説明を聞き終えたユウは自分の準備を始めた。今後は6月になるまで休みが1日しかないのであまり余裕がない。準備不足のまま夜明けの森へ入ると最大で6日間もひどい目に遭うのだ。冒険者になりたての頃みたいな苦労はもうしたくない。
アーロンから聞いた日程を参考に、ユウは自分の
また、次に夜明けの森へと入ったときには傷薬の材料になるディシン草を採取する。薬草と引き換えなら半額になるというユウの言葉に喜んだ仲間の許可を得て、優先的に作業させてもらった。森から帰るとすぐにシオドアへと薬草を渡して製作を依頼する。
こうして4月後半の調整期間にユウも5月へ向けての準備を進めていった。
5月1日、いよいよ冒険者ギルドの魔物の間引き期間が始まった。一稼ぎも二稼ぎもしようと猛る冒険者パーディが次々と夜明けの森へと入っていく。
この日のために色々と準備を進めてきた
ではその間何をしていたのかというと、最後の入念な確認の他、冒険者ギルド城外支所の建物内で周囲を窺っていた。宿の荷物番と交代で2人一組で北側の壁の端に立つ。
昼食後、ユウはアーロンと一緒に建物内の北の角で立っていた。よくわからないまま引っ張り出されたせいで不思議な顔をしている。
「アーロン、これも意味があるんだと思うんですが、一体何をしているんですか?」
「冒険者ギルドの中に異変がねぇか見てるんだよ」
「いつもより武装した冒険者の数が少ないのはいつもと違うように思えますが」
「それは当然のことだから無視していい。それより、受付カウンターの向こう側の様子が慌ただしくなったかよく見ておくんだ。森で何かあった可能性が高いからな」
「職員に聞いたら答えてくれるんじゃないですか?」
「ほしい情報は、話しちゃくれないことの中にもあるんだよ。俺たち以外にも、
「そこまでやるんですか?」
「もちろんだぜ。稼ぎは欲しいが、自分の命はもっと惜しいもんだ。1日突っ立ってるだけで命拾いできるんだったら安いもんだろ?」
「まぁそりゃそうですが」
他の合同パーティも同じことをしていると聞いてユウは目を見開いた。見た目とは違って慎重な面があることを改めて知る。
この日は六の刻の鐘が鳴るまで、合同パーティが冒険者ギルド城外支所の各所を調べ続けた。そして、それぞれが集めた情報を持ち寄って酒場『昼間の飲兵衛亭』に集まる。
総勢23人が複数の丸テーブルを陣取っていた。店には事前に話を付けて場所を確保していたというのだから念入りである。
「今日は1日ご苦労だった! 明日からの壮行会も兼ねてるからな、これで英気を養ってくれ! 乾杯!」
音頭を取ったのは右頬に三本の引っ掻き傷のある巨漢クリフだ。
5台ある丸テーブルの1つに座っているユウは、木製のジョッキを傾けつつも首をかしげる。
「情報を持ち寄ってお互いに報告するんじゃなかったのかな?」
「だっはっは! 細けぇことなんて気にするなよ! どうせリーダーたちがみんなやってくれるって!」
「ローマンはもっと気にするべきだと思う」
隣で木製のジョッキを一気に傾けて笑う側頭部をそり上げた友人にユウは半眼を向けた。
「いつもならローマンを諫めるべきなんだろうけど、今回に限って言えば正しいだろうね。何しろパーティ内の情報はリーダーが全部集めてるから、あっちの席で情報交換して明日俺たちに教えるんじゃないかな」
「だろ、そうだろ!」
ユウの正面に座る日焼けした精悍な顔つきのテリーがローマンに絡まれて苦笑いしていた。
そのテリーが向けた視線の先には、アーロンをはじめ、クリフ、
しかし、同席している
完全に孤立したユウは複雑な表情を浮かべる。
「えー、僕が間違ってるのぉ?」
「だっはっは! いいから飲めって! なっ!」
テリーから標的を変えたらしいローマンがユウの口に木製のジョッキを突っ込んだ。いきなりのことでユウはむせる。早速できあがっているらしい。
情報交換も大切だが、まずは自分の身を守らないと危ないとユウは悟る。ローマンのように無尽蔵に飲めるほど酒は強くないのだ。
どうにかしてピーターやマイルズにローマンを押しつけようとユウは考えを巡らせた。
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