カタリー草を求めて

 短い槌矛メイスにも慣れてきた頃、ユウは夜明けの森の中をよく観察するようになった。ようやく周囲を見る余裕を持てるようになったのだ。


 生い茂る草花やそびえ立つ樹木など一見すると獣の森とあまり変わらない。それでも、一部には初めて見る草木もあった。


 そんなユウの態度の変化に気付いたアーロンが声をかける。


「もう3ヵ月以上もこの森に入ってるってぇのに、まだ珍しいもんでもあるのか?」


「よく見たら色々とありますよ。薬草採取をしていたときに友達から草木のことを教えてもらったんで、獣の森と違うところが少しだけわかるんです」


「なるほどなぁ。俺にはその辺はさっぱりだぜ」


「そうだ。相談があるんです。休憩のときだけでもいいんで、薬草採取をさせてもらえませんか?」


「なんだ、見てたら昔のことを思い出したってぇのか?」


「そうじゃなくて、実は知り合いの薬師と約束したんです。カタリー草を採るって」


「カタリー草? あの木に巻き付いてる蔓のことか?」


「そうです。何でも触媒になるそうなんですが、最近市場に出回らなくなってきて手に入らないそうなんですよ」


「別に構わねぇが、俺たちの本業じゃねぇことは忘れんなよ」


「はい!」


 許可を得られたユウが嬉しそうに返事をした。道具は思い付くものを揃えているのでそれを使う。


 次の昼休み、ユウは樹木に巻き付いているカタリー草を発見した。昼食もそこそこに樹木へと近づいて様子を見る。


「うわ、結構高いところまで巻き付いているなぁ」


 どうやって採ろうかと考え始めたところでユウは手を止めた。蔓の先端は樹木のはるか上なので、その先端から剥がしていこうとすると木を登る必要がある。しかし、木を登ったらカタリー草の幹が傷付くのは確実だ。


 なぜカタリー草は採取しにくいのか気付いたユウは考え込む。そして、シオドアの言葉を思い出した。蔓の幹は重要だが根は諦めると。


 そこでユウは蔓の幹を下に伝っていった。何回転も樹木を回った末に蔓の根を発見する。緑の蔓の根元からわずかに白い部分が出ていて、そのまま木の幹の中に入り込んでいた。


 先端のみ鉄製のスコップを取り出したユウはその白い部分を切断する。わずかに蔓の樹液が出るがそれだけだ。次いでその切断した先から蔓を樹木から剥がしていく。次第に上へと高くなっていくが作業は難しくない。


 こうして、ユウはいくらか時間をかけてカタリー草を採ることに成功した。1度やり方がわかると後は繰り返しである。続けて何本かの蔓を樹木から剥がした。


 回収したカタリー草は何度も巻いて麻袋2つに分けて入れる。1つは冒険者ギルドで換金するためだ。原則森で採れたものはすべて冒険者ギルドに差し出すことになっているが、実際は一部を自己消費するという名目で見逃されることがある。この習慣を利用するのだ。


 その様子を見ていたフレッドなどは妙に感心する。


「器用だなぁ。で、それが金になるのか?」


「はい。これだと状態が良ければ1つ鉄貨30枚だったはずです」


「微妙だな。魔物を殺した方が早くねぇか?」


「これは頼まれて採ってるだけなんで、別に儲けようとは思ってませんよ」


「なーんだ」


 興味をなくしたフレッドは食べさしの干し肉にかじりついた。


 とりあえず最初は10本のカタリー草を採って麻袋に5本ずつ分けて入れる。後は持って帰るだけだった。




 解体場の買取カウンターにカタリー草を置いたとき、買取担当者はわずかに珍しげな顔をした。しかし、差し出されたカタリー草を調べてすぐに残念そうな表情に変化する。


「全部根っこなしか。他の状態がいいだけに惜しいな。1本鉄貨15枚だぞ」


 聞けば根元は根元で重要らしいことをユウは知った。しかし、本業でもないので買取担当者の感想はそのまま聞き流す。


 薬草採取の報酬は5人で分けた。1人鉄貨15枚という額に他の四人は苦笑いしていたが、成果は成果だ。ここをおろそかにできない。


 翌朝、ユウはもう1袋の麻袋を持って市場へと向かった。


 労働者や冒険者向けの食事を提供している出店や露天などは二の刻の鐘が鳴る頃から商売を始めているが、そうでなければ大体は三の刻の鐘が鳴った後から店を開ける。


 シオドアの薬屋は後者で、三の刻の鐘が鳴ってからやって来るのが常だ。周囲が商売を始める中、敷物を敷いて出し物を適当に並べて座る。


 この日は開店準備が終わったところでユウがシオドアの前に現れた。腰を落ち着かせたシオドアに声をかける。


「おはようございます」


「やぁ、これはまた早いね。珍しいじゃないか」


「今日は渡したい物があるのですぐに来たんですよ。これです」


 麻袋を受け取ったシオドアは口をひもといて中を覗いた。幾重にも巻かれたカタリー草が入っている。


「これは、カタリー草! 採ってきてくれたのかい!」


「はい。根っこはどうやっても無理でしたが、それ以外はきれいに採れましたよ。買取担当者には惜しいって言われましたけどね」


「ははは! 私も知らずに受け取ったら同じことを言うかなぁ。ほう、これはなかなかじゃないか」


「これでいいんですか?」


「充分だよ! これだけあれば当面の調合には困らないねぇ。助かった」


「それは良かった。これで良ければ、たまに採りますよ」


「それは嬉しい申し出だね。しかし、やり過ぎると冒険者ギルドに睨まれないかい?」


「カタリー草の出回っている数にもよりますが、年に何回か、しかもこの数で文句は言わないんじゃないかなと思っているんですけど」


「確かにそれくらいなら気にしないかもしれないね。いや本当にありがとう」


 余程嬉しいようで、シオドアは珍しく興奮しながら何度もユウに礼を述べた。気持ちが落ち着いてくるとユウに提案をしてくる。


「ここまでしてもらったのならば、私の方も何かしないといけないねぇ。そうだ、材料である薬草を持ってきてもらえるのだったら私が調合するよ。値段は相場の半額かな」


「いいんですか? それは助かるなぁ」


「材料費を差し引けば、大体それくらいになるんだよ」


「前からそういう商売もしているんですか?」


「やってはいるけど、相手を見て声をかけてるよ。いい加減な人に雑な採られ方をした薬草を渡されてもこっちが苦労するだけだからね。その点、ユウは採り方がうまい。これなら安心して薬草を受け取れるよ」


「ビリーに教えてもらったんですよ。熱心に教えてもらったなぁ」


「ああ道理で。これはいいお客を捉まえたかな?」


 シオドアが笑うのに合わせてユウも笑った。ひとしきり笑うと、ふと気になったことを尋ねる。


「カタリー草を採るときに気になったことなんですけど、獣の森と夜明けの森で同じ薬草ってありますよね。例えば、ラフリン草やディシン草なんかです。これでどっちで採れたものでも効果は同じなんですか?」


「恐らく変わらないと思うよ。私が扱った範囲では大きな違いはなかったし、市場で出回っている薬草類を見ても採れた森の違いはどれも気にされていないからね」


「そうなると、夜明けの森にある高価な薬草ってどんな物になるんです?」


「あれはもっと森の奥に行かないと生えてないよ。それこそ森にさらわれるくらいの場所でないとね」


「あれ? 浅いところだと高価な薬草は採れないんですか?」


「そんなに世の中うまくはできてないよ。やっぱりある程度の危険はあるものさ」


「獣の森よりも危険な場所だからどこでも採れると思ってたんですけどね」


「はは、残念だったね。ちなみに、その高価な薬草については何か知ってるのかな?」


「ビリーにはいくつか教えてもらいましたけど、実際には見たことはありません」


 あわよくばと考えていたユウは肩を落とした。薬草採取の道具を買った理由がなくなってしまったのでその落胆は大きい。


 そんなユウをシオドアが慰める。


「夜明けの森の薬草採取はそういった危険があるから、やるなら気を付けるんだよ。魔物の方はまだどうにかできても、森にさらわれるとどうにもならないからね」


「みんなが魔物狩りばっかりする理由がよくわかりました。でもそうなると、夜明けの森で薬草採取しているパーティってすごいですね」


「それでも結成して10年以上のパーティはないって聞いたことがあるよ。みんなそれまでに森にさらわれるからね」


「そこまでして薬草を採りたいものなんでしょうか?」


「さぁねぇ。思惑なんて人それぞれだから。私には縁がない話だからどうでもいいかな。それよりも、カタリー草をたまに採ってきてくれる方がよほど嬉しいよ」


「それなら僕も関わらない方がいいかな」


「恐らくね。安全が一番さ」


 自分の言葉にシオドアが何度もうなずいた。同じ意見のユウもうなずく。


 用を済ませたユウはその後もしばらくシオドアと雑談した後、その場を離れた。

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