知り合いとの集まり

 『冒険者とは強いだけでは務まらない』とたまにこんな言葉を聞くことがある。その職業の性質上強いほど良いのは確かだが、1人ですべてをこなすことはできない。だからこそ、徒党を組むのだ。


 では、パーティメンバーとさえ仲良くできれば良いのかというと、そうでもないところが難しい。仕事によっては他のパーティの協力が必要なこともあるし、嫉妬で足を引っぱられることもある。こういうときのために上下横の繋がりが重要なのだ。


 そうなると問題はどうやって繋がるかである。友人の伝手を伝って顔をつなぐこともあれば、先輩を頼ってきっかけを作ることもある。他にも、パーティ単位でつきあいがある場合は自然に仲良くなることもあった。


 冒険者になったユウも例外ではない。その界隈に入った以上はある程度繋がりを作っておくべきなのだ。


 安酒場『泥酔亭』のとある丸テーブルを囲む4人がいる。いずれも若い。


 1人は黒目黒髪の少年、その右隣に側頭部をそり上げた茶髪に筋肉で盛り上がった体をした青年、少年の対面に黒の混じった茶髪で明るい雰囲気の青年、そして少年の左隣に髪がやや後退した髪の毛を気にする角張った顔の青年が座って酒盛りをしていた。


 黒目黒髪の少年ユウは木製のジョッキを傾けてから3人に話しかける。


「ここの店はどう? ごまかしなしでこの低価格と味ですよ」


「いーんじゃね? 思ってたよりもうまいし」


「お前は口の中に入れられたらなんでもいいって言うくらい『うまい』っていうからなぁ。もっと他に感想はないのかい?」


「いーじゃんうまいんだし。それに、ごまかしなしってのもいーよな。安心して食える」


「ああもう延々と食うんじゃない、ローマン」


「ピーター、うるせぇぞ」


 丸テーブルの上に置かれた肉の盛り合わせを次々と口に放り込むローマンに対して、明るい雰囲気の青年ピーターが首を横に振った。


 一方、木製のジョッキをちびちびとしていた角張った顔の青年がユウに話しかける。


「そういえば、いっつもお金がないってユウは言ってたけど、道具は大体揃えられた?」


「まだなんです。この間棍棒が砕けちゃって、新しい武器を買ったからまたお金がなくなったんですよ」


「大変だね。そんなお金がない状態でこんな飲み会して大丈夫なの?」


「だからここなんですよ。安くておいしくてごまかしなし。今の僕はここ以外で飲み会の幹事なんてできないですよ。この前マイルズが連れて行ってくれたところなんてとても」


「あそこはちょっと頑張りすぎたかなって思った」


 前回の幹事だったマイルズが見栄を張ったことを漏らした。みんな自分の懐事情に合わせて持ち回りで他の3人を店に誘っているのである。


「ところでユウ、その棍棒が砕けたっていう話を詳しく聞かせて」


「それは僕も聞きたいなぁ。ていうか、武器変えたのかい?」


「何の武器にしたんだよ? すげー興味があるぜ!」


 好奇心で目を輝かせたマイルズに続いて、ピーターとローマンも話に食いついてきた。みんな冒険者だけあって武器の変更という話題には興味を引かれやすいのだ。


 3人に話をせっつかれたユウは先日の棍棒が砕けた戦いを話す。そこから予算がなくて短い槌矛メイスを買ったところまで話し終えて、3人に思い切り笑われた。


 笑いが収まらないピーターが腹を抱えながら丸テーブルを叩く。


「金が足りなくて仕方なくっていうところが、何ともユウらしいねぇ! 最初からこんな面白い話を聞かされるなんて思わなかったよ!」


「だっはっは! 魔物のドタマと一緒に武器が壊れるなんて珍しいことしたな! おもしれー!」


 木製のジョッキを握ったままのローマンも大爆笑だ。肉を取る手が止まっていることからもかなり受けていることがわかる。


 2人が派手に笑っているのに対して、マイルズは口元をつり上げて静かに体を震わせていた。やがてある程度収まってからユウへと問いかける。


「で、その新しい槌矛メイスの使い心地はどうなの? 棍棒と変わらないように思うんだけど」


「同じ打撃系の武器だし使い心地は同じですよ。ただ、長さが3分の2になっちゃいましたから間合いの取り方が大きく変わって苦労してます」


「そんなに間合いが縮んだんだ。さすがに厳しいな」


「うわきっつー。オレだったらぜってーそんな武器は選ばねー」


 横で呻くような感想を漏らしたローマンが顔をしかめた。


 隣でピーターもうなずいていたが、何かを思い出したように笑顔を引っ込める。


「そういえばさぁ、来月に魔物の間引きがあるだろう? あれ、みんなのパーティも参加するよねぇ?」


「当たり前じゃねーか! 部位の価格が上がるんだぜ? 参加しなきゃ損だろ!」


 すぐさまローマンが反応した。聞くまでもないという様子である。


 マイルズも2人の話にうなずいていたが、1人ユウの反応が鈍いことに気付いた。顔を寄せて話しかける。


「もしかして、ユウは魔物の間引きについて知らない?」


「そういうのがあるっていうのは聞いたことがあります。詳しく聞いたことはないですが」


「少し教えてあげよう。夜明けの森の魔物ってどういうわけか延々と増え続けるんだ。だから年に1回、毎年5月になると冒険者ギルドが魔物の間引きを実施するんだよ」


「それは知ってます」


「俺たち冒険者への強制依頼はないけど、魔物の部位の引き取り価格が上がるので普通はみんな参加する。ローマンが当たり前だって言ってたのはこれが理由なんだ」


「そーそー、稼ぎ時なんだぜ!」


 合いの手を入れるようにローマンが木製のジョッキを持ち上げて声を上げた。短く苦笑いしたマイルズがうなずいてから話を続ける。


「ただね、今年は例年より魔物の数が急激に増えてるってギルドから勧告が出てるんだ」


「僕もそれは聞いたことがあるよ。増え方が去年よりもひどいんだってねぇ。確かにこの春はいつもより魔物が多い気がしていたんだよなぁ」


「オレもそれは感じてた。稼ぎ時だとしか思ってなかったけどな、だっはっは!」


 間引きの話から魔物の数についての話に変わると、ピーターとローマンはどちらも肯定した。それはユウが経験したこととも一致している。ジェイクがいつもより魔物の数が多いことを討伐証明の部位の数を理由に主張していた。


 他の3人の興味が自分へ向いたことに笑みを浮かべたマイルズは、顔を突き出して語りかける。


「で、どうして魔物の数がいつもより増えたのかなんだけど、1つこんな噂があるんだ。今月の初めに夜明けの森の奥地からぼろぼろになった冒険者が出てきた。その冒険者を助けた連中の話によると、先月出発した探検隊の生き残りで、遺跡までたどり着いたものの魔物の大群に襲われて返り討ちに遭ったそうなんだ。以来、その魔物が森の浅いところまで出てくるようになって、例年より魔物の数が増えてるんだってさ」


「その話マジかよ?」


「噂だから全部が本当じゃないかもしれない。でも、知り合いのギルド職員から探検隊の生き残りが1人戻って来たっていうのは聞いたから、これは確かだ」


「そういえば、簡易台で冒険者が解体場に運ばれていったのを見たって聞いたなぁ」


「運んでたって、どこのどいつだよ?」


古鉄槌オールドハンマーらしいけどねぇ」


 言い終えたピーターに釣られて、ローマンとマイルズもユウに顔を向けた。一斉に目を向けられたユウは木製のジョッキを口に付けていたまま固まる。


 夜明けの森で保護した男を冒険者ギルドに運んだユウたちは、その後職員から事情聴取を受けた。知っていることをすべて話した後は解放されたが、口外無用と念を押されたことはない。


 そこまで思いを巡らせたユウは口を開く。


「運んだのは僕たちだし、その男の人は確かに探検隊の人だった。けど、探検隊のせいで魔物が増えたのかどうかはわからない。それと、遺跡の話は初耳だよ。魔物に襲われたとしか聞いていなかったけどな」


「マジかよ! そのときの話を詳しく話せって!」


「遺跡の話はなかったかぁ。尾ひれでもついたのかな?」


「探検隊と魔物が増えた原因は関係あるかわからないか。その男からはどんな話をきいたんだ?」


 ローマン、ピーター、マイルズが一斉にユウへと話しかけた。その勢いにユウは体を引く。


「詳しくって言っても話せることってそんなにないよ? 事情聴取した冒険者ギルドの職員の方が詳しいんじゃないかな?」


「何言ってんだ! 第一発見者の話も重要だろうがよ!」


「話す人によって内容に食い違いがあるだろうから、聞ける人から聞くのは当然だよねぇ」


「ギルド職員へはまた後で話を聞く。今はユウから聞くのが重要だ」


 もちろん逃れられるはずもなく、ユウはこの後全部しゃべることになった。食いつきの良い話題になるとみんなこんなものである。


 こうして仲間との酒盛りはこの後も続いた。

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