夜明けの森探検隊

 3月も半ばになると春は目前だ。日の出は二の刻と三の刻の中間になり、日の入りは六の刻と七の刻の中間となる。昼間と夜間が半々になる時季だ。


 活動する時間が長くなるとそれだけ稼げることを意味する。しかし、現在修行中のユウにとっては訓練時間が長くなる一方なので諸手を挙げて喜べるわけではなかった。


 古鉄槌オールドハンマーにとって今日は夜明けの森へ入る日である。ユウも日の出と共に寝台から起きた。一の刻に起きて走り込みをしたいと年初は意気込んでいたが、今はそれどころではない。


「ふぁ~。休みがもう1日ほしいなぁ」


「なんだ? 若いのに疲れが取れてねぇのか。そいつぁダメだなぁ。鍛え方が足りねぇんじゃねぇのか?」


「僕は鍛えすぎだと思うんです。なんで昨日は4人がかりだったんですか」


「はっはっは、そういうこともあらぁな」


 同じく目覚めて立ち上がったアーロンがユウの愚痴に突っ込んでいた。フレッドとレックスを小突くと2人も起きる。


 そんな2人を放っておいてユウはアーロンと一緒に大部屋を出た。朝のお通じは重要である。


 ところが、建物を出たところでユウとアーロンは立ち止まった。西端の街道を挟んだ向こう側、冒険者ギルド城外支所の南側に重装備の集団が集まっているのを目撃する。騎士や兵士ではなく冒険者だ。それに荷物持ちの人足もいる。


「あれ、何の集団でしょうね?」


「あの噂のやつか」


「噂?」


「どこぞの町の貴族か魔法使いが率いてる探検隊らしい。わざわざここまでやって来て、冒険者をかき集めて夜明けの森の奥地へ行くんだ」


「あんな大集団でですか?」


「そうだ。何年かに1度の割合で夜明けの森の奥地を探索する集団が結成されるんだ。今のところ空振りばっかりだけどな」


「あの森の奥に何かあるんですか?」


「さぁなぁ。噂の度にその内容は変わる。莫大な財宝だったり、不思議な魔法の道具だったり、その他にもあり得ないような物とかだったり」


 話を聞きながらユウはその大集団を眺めた。ばらばらに立っていた武装した者たち、冒険者に声がかかる。1箇所に集めたいようだ。怒鳴り声が辺りに響く。


「あそこに集まっている冒険者って、どんな人たちなんですか?」


「ある意味冒険者らしい冒険者だろうな。危険を冒して一攫千金を手に入れようとしている連中だ。覚悟や野心はかなりあるだろうぜ」


「優秀なんですよね」


「どうしようもねぇ奴は少なくともいねぇな。雇う側が嫌うだろうから。まぁ銅級のパーティや鉄級の優秀なところを集めてんじゃねーのかな。あれで魔物に手ひどい損害を受けると、ここの冒険者ギルドにとっても結構な痛手になるんだがなぁ」


「あんまりいい印象はなさそうですね」


「そりゃ俺たちを差し置いてよそ者が手柄を立てたら面白くねぇだろ。ただ、あの森の奥に何があるのかってのは知りてぇから、失敗しろとまでは思わん。こう、色々と複雑なんだよ」


「そこまで言うんでしたら、応募したらどうだったんですか?」


「う~ん、それはなんか抵抗あるんだよなぁ」


「えぇ」


 歯切れの悪い回答にユウは呆れた。そのあたりで本格的に便意が強くなってきた2人は建物の裏へと回った。




 昼頃、ユウたちは夜明けの森の中で簡単な食事をしていた。朝の間は移動優先で森の奥へと進み、本格的に魔物を狩るのはこれからである。


 食事時の話題は朝に見かけた探検隊の集団についてだ。フレッドとレックスは無邪気に喜んでいる。ジェイクはあまり興味なさそうだった。


 話の輪の中にいるユウは思い付いたことを口にする。


「そういえば、あの探検隊の中にみんなの知り合いはいるんですか?」


「単に知っているってのも含めたら、いくつかのパーティが参加しているみたいだな。付き合いの深いところは参加していないはず」


 興味なさそうだったジェイクが真っ先に答えた。


 意外そうな目つきでユウがその顔を見る。しかし、口を開いたのは別の人物だった。フレッドが口の中の物を飲み込んでしゃべる。


「だよなぁ。夢があるのは確かなんだが、どうにも勝算が低そうだもんな」


「そんなことわかるんですか?」


「こいつは知り合いから聞いたんだけどよ、今回の探検隊の準備はそれまでのとあんまり変わんねぇそうなんだ。今まで1度も成功したことのないやり方を真似てるってのは、まずいだろ?」


「なんで事前に調べないんです?」


「さぁな。調べなかったのか調べられなかったのかはわかんねぇ。けどよ、何か余程のモンがねぇ限り成功するとは思えねぇだろ?」


 先程まで無邪気に探検隊の話で盛り上がっていた割に冷静な意見を述べるフレッドに、ユウは口を開けっぱなしだった。


 そうやって5人が和気藹々と食事をしていると、ジェイクが鋭い視線をとある方角へ向ける。とっさに食べるのを止めた他の4人は武器を手にして立ち上がった。


 何事かとユウが緊張していると、ジェイクが視線を向けた方から人が現れる。冒険者だ。別パーティと遭遇することは珍しくない。


 ところが、その後から何人もの冒険者が姿を現したことでユウの体が固まる。パーティメンバーは最大でも6人だ。10人以上が連なることはない。


「もしかして、あの探検隊?」


「だな」


 隣のレックスがユウに返答している間に、アーロンが相手の冒険者と話を始めた。話を聞く限りではたまたまここを通過するだけである。


 相手との話を終えたアーロンが戻って来た。すぐに仲間へと事情を伝える。


「例の探検隊だそうだ。ここは単に通り過ぎるだけらしい。俺たちには干渉しないとのことだ。ただ、あいつらがこの先を進むとなると、昼からの狩り場は変更しねぇとな」


「どうしてですか?」


「狩り場が荒らされるからだよ。あいつらを恐れてどこかに行っちまうか、それとも戦って全滅させられるかだ。どちらにせよ、俺たちの獲物はねぇ」


 渋い表情をしたアーロンがユウに答えた。何十人という大集団が森の中を進むのだ。周辺に影響は必ず出る。


 話をしている間にも探検隊の一行は少し先を奥地へ向かって進んでいた。途中、明らかに質が違う布で編まれたローブを着た人物が、冒険者とは違う重装備の戦士に守られながら通り過ぎる。しばらくすると草木の奥へと姿を消した。


 それを見ていたユウがアーロンに尋ねる。


「今さっきの立派なローブを着ていた人って、あの探検隊の責任者なんですか?」


「たぶんな。魔法使いだろう」


「確か、魔法使いって冒険者とは違うんですよね」


「ああ、全然違うぞ。というより、そんなこと本人の目の前で言ったら魔法でぶっとばされるぞ」


「え、そこまでですか?」


「当たり前だ。あっちは町の中に住む立派な町民様で、俺たちゃ貧民上がりだ。土台が違う。そういうことは不用意に言うなよ。いいな?」


「はい」


 きつく戒められたユウが気圧されながらうなずいた。一応身分というものについては知っているユウだったが、その認識は甘い部分がある。町の中に住んでいた割に珍しいことではあるが、貧民の中にすぐ溶け込めた一因でもある。


「でも、魔法使いの人が探検隊を指揮しているということは、何かすごい魔法が森の奥にあるって期待しているのかもしれないですね」


「その可能性は高いな。前の探検隊は財宝を求めていたらしいが、一体どうやって情報を集めてるんだか」


「どうしてそんな情報がアドヴェントの町じゃなくて別の町にあるんでしょうね?」


「そりゃお前、あれ?」


 答えようとしたアーロンが途中で口を閉じた。ジェイク、フレッド、レックスと順にその顔を見ていくが返答はない。


 全員が黙ってしまったのでユウが遠慮がちに言う。


「もしかして、誰かが作った偽の情報なのかなぁ」


「まぁ、その、なんだ。その可能性もあるよな」


 5人全員で探検隊の隊列を眺めた。荷物持ちの人足たちが歩いている。重い荷物を背負っていることもあって動きは鈍い。最後尾には6人パーティの一団がいた。やがてそのすべてが見えなくなる。


 夜明けの森の中はいつも通りの様子に戻った。探検隊が通ったのが嘘のようである。


 しばらく5人はじっとしたままだったが、最初にアーロンが立ち直った。すぐに他の4人に声をかける。


「ちょいと早いが昼休憩は終わりだ。次の狩り場に向かうぞ」


「次はどこに行くんですか?」


「予定よりもずっと左側だな。しばらく歩いたら、あの探検隊の影響もなくなるだろう。先頭はジェイク、次がユウ、その次が俺、後ろがフレッド、最後尾がレックスだ」


「あれ、僕2番目なんですね」


「そろそろ前の方で歩けるようになった方がいいだろう。いつまでも守られてるわけにはいかねぇだろ」


 正論を伝えられたユウはうなずくしかなかった。立ち上がって背嚢はいのうを担ぐ。


 全員の用意が終わると、5人はアーロンの指示通り一列縦隊で出発した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る