周りの冒険者たち

 ユウが古鉄槌オールドハンマーに入って2ヵ月が過ぎた。夜明けの森に3日間入って街で2日間休む日々を送る。


 最初は日帰りでないことに戸惑いを覚えたユウだったが、特に準備不足に苦しむ。中でも水袋の数を充分に揃えられない間の喉の渇きと外套を買えない間の寒さは別格だった。仲間の中で自分だけが苦しんでいるというのも精神的に堪えた原因の1つである。


 その準備不足をユウは稼ぎの良さで少しずつ補っていった。街での生活費と森で活動するための消耗品を支払うと半分は吹き飛んでしまうが、それでも手元に銅貨が何枚か残る。これでやり繰りした。最初は水袋、次いで外套と必要な道具を揃えていく。


 1月の終わりになると最低限の準備不足が解消された。それによって冒険者としての活動はとりあえず安定する。しかし、それは楽になったという意味ではない。


 夜明けの森で魔物と戦うのはそもそも楽ではなかった。特に棍棒を主体とした戦い方のユウでは自ずと限界がある。特に修行の一環として悪臭玉の使用を禁じられて更に苦境へと追い込まれた。


 では街に帰った後はというと、休日1日目の昼と2日目の朝に稽古があるのであまり休めない。最初はアーロンとジェイクの2人がユウに稽古をつけていたが、たまにフレッドとレックスも参加するようになる。容赦ない攻撃にユウは打ちのめされ続けた。


 2日目の休日の昼下がり、ユウはすっかり慣れた様子で消耗品を仕入れるために店を回る。相変わらず憂鬱な曇り空だが、3月に入って少し温かくなったので機嫌が良い。


 安宿屋『ノームの居眠り亭』に戻って荷物番をしているレックスに挨拶をしてから、ユウは消耗品を背嚢はいのうに詰め込んだ。これで今日はもうやることがない。


「レックス、荷物番を変わりましょうか?」


「いやいいよ。どうせ夜までやることねぇし。暇ならその辺ぶらついてきたらいーんじゃねーの? 外套マントも買ったことだしな!」


「まだそれを言いますか。もう1ヵ月以上も前のことなのに」


「いーじゃねーか! 使ってこいよ!」


 楽しそうに笑うレックスを見たユウは渋い顔になった。それを見てレックスが更ににやりと笑みを浮かべる。


 手元にまだ貯金がほぼなかった頃、外套を買えなかったユウは森でも宿でも寒い思いをしていた。そのため、外套を買ったときの喜び様は大変なものだったのである。涙を浮かべて外套を抱きしめるその様子を見て仲間たちは苦笑いしたものだった。


 黙ったままのユウは外套を手にせずに大部屋から出る。風がほとんどないのであまり寒さが堪えないのが幸いだ。


 西端の街道へと出たユウは立ち止まった。そのまま周囲を見て回る。


「どうしよう?」


 まだ五の刻の鐘は鳴っていないので今は昼下がりだ。最近の日没は六の刻の鐘の後なのでまだ時間はある。体は朝の訓練の疲れが残っているが動けないほどではない。


 何もかも中途半端だ。ついでに言うと、何かをしたいという気もあまりない。どうしようもなかった。


 ふと目の前の建物が目に入る。冒険者ギルド城外支所だ。解体場の買取カウンターへはよく行くものの、最近はこちらの建物へほとんど寄り付いていない。


 貧者の道との交差点まで西端の街道を北に進んだユウは、そこから冒険者ギルド城外支所の中へと入った。用もないのに入るのは珍しい。


 中は相変わらずだった。室内には数多くの人々がいてかなり騒々しく、ときおり怒号や悲鳴も聞こえる。東側の壁から20レテムほどの場所に受付カウンターが南北に延びており、その西側に受付係の職員が並んでいた。


 その屋内に出入りする人の数は多く、いくつかある開け放たれたままの出入り口は往来する人々で賑わっている。大半が粗末な服を着た薬草採取の男たちで、たまに武装した冒険者たちが混じっていた。


 室内の北の角でぼんやりと中の様子を眺めていると、ユウはやがて首をかしげる。


「あれ? 何か雰囲気が違う?」


 今まで気付かなかったその差異にユウは眉をひそめた。別に何が悪いというわけではないが疑問は湧いてくる。


 しばらく1人悩んでいたユウだったが解決しなかった。仕方なく行列のない受付係のところへ向かう。


「お久しぶりです、レセップさん」


「最近両替しに来なくなったからくたばったのかと思ってたが、生きてたのか」


「勝手に殺さないでください。それより、このギルド内でちょっと気になることがあったんですけど」


「なんだ、言ってみろ」


 やる気のなさそうな顔はそのままに、頬杖を止めたレセップがユウへと顔を向けた。


 そのレセップに対してユウが疑問をぶつける。


「全体的にっていうふんわりとした言い方になるんですが、薬草採取の人たちと冒険者たちとで雰囲気が何か違いますよね? 薬草採取の人たちは何て言うか生きるのに必死みたいに見えますけど、冒険者の方はなんだか楽しそうというか」


「ふ~ん、お前にゃそう見えんのか」


「冒険者の方が楽をしているって言っているわけじゃないんですよ。僕だって冒険者なんですからその大変さをいくらか知ってますし。稼ぎは良いんですが出費も多いんですよね。そうじゃなくて、何て言うか、その」


「何となく言いたいことはわかった。確かにお前さんの言う通り、薬草採取の連中は必死だな。それはお前も知っての通り、利用料をさっ引かれて稼ぎがいまいちだからだ。生活に余裕がないからそうなっちまう」


「それじゃ冒険者の方は」


「稼ぎがでかい分だけいい生活をしているからってのはある。あぶく銭を使うようなもんだから、その場だけの一時的なもんでしかないがな。それでも稼げてるうちは余裕がある」


「なるほど、その差なんですね」


「そーゆーこった。冷静に見たら冒険者だってかなりの綱渡りの生活なんだが、それを思い知るのは綱を踏み外してからってことが多いんだ」


「あーそうか」


「お前さんには縁のない話だけどな。冒険者に余裕がないってことには気付いてるようだし、うまくやれば一財産築けるんじゃねぇの。生き残れたら」


「あはは」


 自分がどこまで理解しているのか自信がないユウは愛想笑いで返した。まだまだ必要な物が多いのでやり繰りをしている最中だ。本当の意味での余裕は知らない。


 そんなユウに対してやや憮然とした表情のレセップが問いかける。


「なぁ、お前休みの日に何してるんだ?」


「休みの日ですか? そりゃ休んでますけど。ああ、次に森に入るための準備もしていますよ。干し肉とか虫除けの水薬とかの消耗品は補充しないといけないですから」


「確かにそーゆーのもちゃんとやってんのはいいことなんだけどよ、他にはねーのかよ?」


「他ですか? そうですねぇ。ああ、仲間に稽古をつけてもらっていますよ」


「稽古? 戦闘講習みたいなもんか?」


「はい。最初はアーロンとジェイクの2人に棍棒とダガーの使い方を教えてもらっていたんですけど、そのうちフレッドとレックスも入ってきて今じゃ僕1人に4人がかりです」


「1つ間違えりゃいじめだよな」


「そうですね。でも、ちゃんと目的があってやってますから。毎回打ち付けられて体のあちこちが痛むのは嫌ですけど」


「そうか、お前さんは修行してんだな。あの面子だと容赦しなさそうじゃねぇか」


「たまにアーロンなんて楽しんでいるんじゃないかって思えますよ。顔がにやついているんですから」


「はは、あいつらしいな!」


 返答を聞いたレセップは声を上げて笑った。珍しく本当に楽しそうに見える。


 不思議そうに自分を眺めているユウにレセップはにやりと口元をつり上げた。面食らう相手に語りかける。


「さっきお前さんが他の冒険者は何となく楽しそうにしているって言ってたよな。実のところ、その見方は間違っちゃいない。かなり正確なんだ。実際、10年前に比べて明らかにみんな楽な方に寄ってきてるからな」


「どういうことです」


「最近は武具の性能に頼って戦う奴が増えたってことだ。お前さんみたいに真面目に修行してるやつなんてめっきり減っちまった。せっかく鍛えてやろうとしても新人ガキの方が逃げちまうっておっさん連中が嘆いてるんだぜ」


「そうなんですか?」


「そうなんだよ。古鉄槌あいつらもそれに泣かされたパーティの1つなのさ。お前さんが入ったときは大層喜んだんじゃねぇの?」


「ええ確かに、ものすごく喜んでくれました」


「だろ? 年々銅級に昇格する冒険者が減ってきているのを見ても、そろそろ本格的に手を打つべきなんだがな。こっちの上も動きやがらねぇ。ああ、今の愚痴は忘れてくれ。ともかく、お前さんは今のまま続けとけ。多少遠回りになっても絶対その方がいい」


 珍しく真剣な口調のレセップにユウは黙ってうなずいた。


 そのとき、五の刻の鐘が鳴る。何をするわけでもなく長居したと感じたユウは冒険者ギルド城外支所を後にした。

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