報酬と証明板
全員が集まった
屋内は
大きく膨らんだ革袋をジェイクが受付カウンターの上に置いた。それを見たアーロンが仲間に向かって口を開く。
「それじゃ早速報酬を分けるとするか。ユウは初めてだから言っておくが、俺たちのパーティは基本的に報酬を頭数で割ることにしてる。つまり、生活費はもちろん、消耗品の購入や武器の修理費も全部自分持ちになる」
「僕のいた薬草採取のグループとは違いますね。そこは報酬額が決まっていて、残りは全部生活費ってことになってました」
「まぁそういうやり方もある。が、パーティごとにこの報酬の分け方ってのは違うから、前はこうでしたなんてのは通用しねぇぜ」
「はい」
「こんな単純な分け方ができるのは、全員武器を持って戦うっていう戦士系だからだな。他のが混じると途端にややこしくなる」
「例えば?」
「よくあるのが、荷物持ちを加えるってやつだ。薬草採取係ってのもある。こういった戦わない職種の奴が入ると報酬額が普通は下がるな」
説明の途中でユウの脳裏に浮かんだのはダニーだった。冒険者パーティの荷物持ちになれたと喜んでいたことを思い出す。
「他には、特殊な技能を持った奴を入れたときが特にややこしい。例えば、遺跡の発掘のときに学者や学のある奴を参加させる、他には手先の器用な奴を入れる、なんかだな」
「頭数ではそのまま割れないんですか」
「戦士系だと命張ってるのは俺たちだって主張するし、学者は自分の学がなけりゃ攻略できねぇって言うし、手先の器用な奴は自分がいなけりゃ前に進めねぇって騒ぐ。それぞれに言い分があるから厄介なんだ」
「うわぁ、面倒そうですね。僕、頭数で割る方法でいいです」
「そうだろ! 俺もそれが一番だと思うぜ!」
お互いに意見が一致したユウとアーロンが笑った。周りの仲間3人も一緒に笑う。
ひとしきり笑うとアーロンが受付カウンターの上にある革袋を触った。それから全員の顔を見て宣言する。
「それじゃ報酬を分けるぞ! ジェイク、今回の実入りはいくらだ?」
「銅貨8枚と鉄貨40枚だ。1人頭銅貨1枚と鉄貨68枚、でよかったんだよな、ユウ」
「はい。鉄貨は用意してありますから、後は分けるだけです」
「なるほど、手際がいいな! 実入りが少ねぇのはしゃーねーな。次に期待だ! ジェイク、いつも通りやってくれ!」
「俺よりユウにやらせた方が断然早いぞ。ユウ、やってくれ」
笑顔で革袋を押しつけられたユウは苦笑いした。手にした重い中身を取り出して数え始める。同じことの繰り返しなので手際が良い。見る間に5つの小山ができあがる。
「できました。どれも銅貨1枚と鉄貨68枚です」
「本当だ、
「手がうねうね動いてたな。生き物みてぇだった」
「すげぇ、よくわかんねぇけどとにかくすげぇ!」
「だろ? 俺も初めて見たときは驚いたな」
三者三様の表現でユウの計算に、アーロン、フレッド、レックスは感心した。それを横からジェイクがどやる。レックスなどはもう1回やってくれとせがむくらいだ。
しかし、アーロンが自分の取り分を手にすると他の仲間も次々に報酬を手にする。最後にユウも自分の分を受け取った。そして、思わずため息をつく。
「すごい額ですね」
「何がだ?」
「報酬の金額ですよ。獣の森で薬草採取をしていた頃は1日鉄貨15枚だけでしたけど、今回は同じ1日で11倍ももらえたんです。そりゃ生活費もろもろ込みですけど、本当にこんなにもらえるなんて!」
「何言ってやがる。これからはもっと稼ぐことになるんだぜ。だから明日からも気合い入れて働けよ」
「はい!」
「よーし、それじゃ酒場に行くかぁ!」
パーティリーダーのかけ声と共に仲間全員で声を合わせた。こういうときは、いつもみんなの心が1つになる。
もちろんユウもその中の1人だった。明日からの仕事も楽しみにしながら歩き始める。そのとき、ふと受付カウンターへと顔を向けた。すると、頬杖をついているレセップの姿を目にする。
「あ、忘れてた! ちょっとレセップさんのところへ行ってきます!」
「どーした?」
「証明板をまだ受け取ってなかったんですよ! お金が足りなかったから!」
隣を歩いていたレックスに説明するとユウは受付カウンターへと戻った。レセップがやる気のなさそうな顔を向けてくる。
「なんだ、そのまま行っちまうと思ってたのに、思い出しやがったのか」
「どうしてそんなに嫌そうなんです。どうせ受け取らないといけない物なんですから、早く受け取った方がいいじゃないですか」
「別に俺は困らんからなぁ」
「あれ? 冒険者ギルドの体裁が悪いって行ってませんでした?」
「言ってたぜ。俺の体裁じゃないってことだよ」
平然とそんなことを言ってのけるレセップにユウは呆れた。しかし、受付係の言動がどうあれ、ユウは手に入れなければならない。
銅貨1枚を受付カウンターの上に置くとユウはそれをレセップに突き出す。
「はい、銅貨1枚でしたよね」
「そーだ。んで、これがお前の証明板だ。鉄級な」
「これが、僕の」
差し出された鉄級の証明板を受け取ったユウはそれを熱心に見つめた。手のひら程度の大きさで、木製の板に文字の刻まれた薄い鉄板が貼られている。その表面には
『アドヴェント冒険者ギルド ユウ』と刻まれていた。
にやにやしながらユウがつぶやく。
「アドヴェント冒険者ギルドのユウか。えへへ」
「いつまでも見て笑ってんじゃねぇ、気色の悪い」
「えーだって嬉しいじゃないですか。久しぶりにどこかに所属できたんですから」
「そーいやお前さん、しばらく根無し草だったな」
にやけっぱなしのユウを見たレセップの顔は微妙な表情になった。組織に所属していない者の立場は弱い。それが例え吹けば飛ぶような小集団であっても、ないよりかは絶対ましなのだ。それは数はいても無力な貧民を見ていればよくわかる。
証明板を眺めて喜んでいるユウの背後から4人の中年がやってきた。いずれもむさ苦しい冒険者である。
先頭を歩くアーロンが最初にユウと証明板に顔を向けた。次いでレセップに目を向ける。
「お前が1日に2度も仕事をしてるところを見られるなんてなぁ」
「うるせぇよ! 用が済んだんならさっさと酒場にでも行っちまえ!」
「言われなくてもそうするぜ!」
「それと、受付カウンターはテーブルじゃねぇぞ。あんなところで報酬の山分けなんぞすんな。迷惑だろうが」
「どうせ誰も使ってねぇんだからいいだろう。隅っこをちょろっと借りただけじゃねぇか」
「他にマネするバカが出てきたら困るんだよ。近くで騒がれる身にもなってみろ」
「景気のいい話を聞けて結構なことじゃねぇか、なぁ?」
「自分の懐に鉄貨1枚も入ってこねぇ話なんざ意味ねぇだろ。それに、あんな堂々と金を見せびらかしてると、そのうち誰かに盗られちまうぞ」
「そんときゃ盗った奴をぶん殴ればいいだけだ。大体、酒場で山分けするときも別に隠しちゃいなかったぜ」
ユウ越しにレセップと話すアーロンが楽しそうに笑った。それを見たレセップの顔がしぶくなっていく。
そのとき、遠くから鐘の音が聞こえてきた。時間からして六の刻の鐘の音だ。
鐘の音を聞きつけた途端、レセップの表情が元に戻った。そして、何事もなかったかのように立ち上がる。
「本日の業務は終了っと。いつまでもお前の相手なんぞしてられないからな。俺は帰るぞ」
「相変わらず終了時間にだけは厳格だなぁ、お前」
「始業時間にだって厳格だよ、俺は」
「他の職員はまだ働いてっぞ?」
「知らねぇよ。俺は俺の仕事をしたんだからそれでいいだろ。本当にヤバいときは手伝ってやらんこともないが」
「なんでお前がクビになんねぇのかたまにわからん」
「うまくやってるからさ、じゃぁな」
ここにはもう用はないと言わんばかりの態度でレセップは話を切り上げて奥へ去った。周囲にはまだ仕事をしている職員がたくさんいる。しかし、その職員も次々と仕事を切り上げていた。建物を閉め出されるのも時間の問題だ。
やり取りを間近で見ていたユウがアーロンに顔を向ける。
「えっと、どうします?」
「どうするも何も、証明板は手に入れたんだろ? だったらここにいてもしょうがねぇ」
「さっさと酒場に行こうぜ! 酒で体を温めるんだ!」
「オレも腹も減った! 肉食おうぜ肉!」
「よーし、さっさと行くか!」
今まで黙っていたフレッドとレックスが騒ぎ始めた。2人の主張を聞き入れたアーロンが宣言する。
それを合図に全員が意気揚々と屋内から出た。
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