魔物の部位の買取金額

 新しい冒険者パーティに入った初日にユウは何度か魔物と戦った。アーロンが言うには、夜明けの森の浅い場所を回っただけなので魔物の質も量も大したことがないという。


 そう言われても、ユウにとっては大変だった。仲間が弱いと言う小鬼ゴブリン1匹でも簡単には殺せない。1回の戦闘で1匹がやっとである。


「いや悪くないぜ? 棍棒であいつらと戦えてるんだからよ。胸を張れるってもんだ」


 同じ打撃系でしかも最も形状の似ている武器を使っているレックスが、弱気になるユウに真面目な顔で反論した。慰めるためではなく、真剣に主張しているものだからユウは困惑するばかりである。


 ともかく、かなり日が傾いた頃にユウたちは夜明けの森から出た。500レテム先にあるアドヴェントの町の城壁が赤く染まっている。


「やっと帰って来た」


 森の外に出たために急激に体が冷えるのも気にせずユウがつぶやいた。白い息を吐きながらぼんやりと原っぱの先にある町を見つめている。


 戦槌ウォーハンマーを担いだままのフレッドがそんなユウに近づいた。隣に立つと肩を叩く。


「なんだ、何日も帰って来てねぇみてぇな顔をして?」


「実際かなり疲れましたよ。獣の森で働いているときとそんなに変わらないくらいの時間しか経ってないはずなのに」


「初めてだから気疲れしたんだろう。すぐに慣れるぜ」


「もう少しの辛抱だ! お前ら、解体場に行くぞ!」


 立ち止まって話をしているユウとフレッドにアーロンが声をかけた。そのまま立ち止まらずに進む。棍棒を持ち直したユウはフレッドと一緒にアーロンの後に続いた。


 周囲が徐々に暗くなっていく中、ユウたちは他の冒険者パーティと一緒にアドヴェントの町の南側へと足を向ける。


 最初に見えたのは解体場の西側、冒険者の並ぶ買取カウンターの建物だ。南側の獣の森のものと見た目は変わらず、かなり年季の入った木製の掘っ立て小屋である。壁をくり抜いて受付カウンターにしたかのような建物がいくつも並んでいた。


 先頭を進むアーロンは迷わず買取カウンターの南側へと向かう。


「ジェイク、換金してきてくれ」


「任された」


「僕もついていっていいですか? 獣の森で薬草採取をしていたときに、換金担当をしていたんでどんなのか気になるんです。これでも文字の読み書きと算術ができるんですよ」


「ほう、そうなのか。ジェイク、連れて行ってやったらどうだ?」


「わかったよ」


 許可をもらったユウは礼を述べるとジェイクの後に続いた。ある行列に並ぶとジェイクに声をかけられる。


「俺の背嚢はいのうから例の麻袋を取り外してくれないか? 普段は荷物を下ろして取ってるんだが、今日は2人だしな」


「いいですよ。ちょっと待ってください」


 気軽に応えたユウはジェイクの背後に回った。そして、手をかけようとしてぴたりと止める。その何かで凝り固まったどす黒い麻袋の中身を思い出したのだ。しかし、これが報酬に変わるのだから嫌などと言っていられない。


 魔物の部位が入った麻袋を取り出したユウは結構な重さに目を見張った。落としそうになるのをこらえてジェイクに手渡す。それから横に回った。


 並んだユウに対してジェイクが話しかける。


「珍しく自分からやりたいって言ったな。よっぽど計算に自信があるのか?」


「それもあるんですが、南側で換金していたときに計算をごまかす買取担当者が多かったんですよ。それで、こっちもそうなのか気になったんです」


「あーあれなぁ。俺も最初はひどい目に遭ったよ。ユウは最初から見抜けてたのか?」


「はい。あのときは町の中の商店を解雇されたばかりだったんで、算術しか活かせるものがなかったですから」


「へぇ、なるほどな。でも、こっちではそんなことないはずだぞ」


「どうしてなんです?」


「何せ武装した連中が相手だからな。うっかりばれて暴動になったら手が付けられんだろう? 何しろ職員の数に対して冒険者の方が圧倒的に多いんだからな」


 にやりと笑ったジェイクにユウはうなずいた。武装していない冒険者などいないし、みんな横の繋がりがあるのだ。一旦火が点くと燎原の火のように広がるのは目に見えている。


「とはいえ、薬草採取グループの連中よりか騙されにくいのは確かだ。基本的に目端の利く連中ばっかりだしな。そうでなきゃ、冒険者なんぞやってられん」


「そうなんですか」


「ああ。学のない奴ばっかりだが、だからといって頭の回転がみんな悪いわけじゃない。舐めてかかると足下を掬われるぞ」


「はい」


「よし、順番が来た。よく見ておけよ」


 買取カウンターの前までやって来たジェイクは、慣れた様子で麻袋を逆さにして中身をぶちまけた。それから買取担当者と一緒に数を数え始める。


 魔物の部位が容赦なくカウンターの上に置かれたことにユウは呆然とした。しかし、部位を数え始めたジェイクたちを目の当たりにしてすぐ自分も計算する。小鬼ゴブリンの鼻が全部で42個だ。


 数え終わった買取担当者がジェイクに告げる。


小鬼ゴブリンが全部で42匹、銅貨8枚に鉄貨40枚だ。今日は随分と少ないじゃないか」


「今日は浅いところをぐるっと一巡りしただけだからな。次はこんなものじゃないな」


「珍しいこともあるもんだ。で、そのまま受け取るか? それとも銅貨を崩すか?」


「えーっと」


「ジェイク、この報酬ってどうやって分けるんですか?」


「そりゃ頭数で割るんだが」


「僕もですか?」


「もちろんだ。細かいことを考えるのは面倒だからな。ユウがさっさと一人前になってくれりゃ問題なくなるだろう?」


「あーまぁはい。で、5人で均等に割るんでしたら、1人銅貨1枚と鉄貨68枚になります。ですから、銅貨3枚を鉄貨300枚にしてもらった方がいいですよ」


「なんだこのガキ?」


「うちの新入りなんだよ。見ての通り算術が得意なんだ」


「お前んところが今更こんなガキを入れんのか」


 買取担当者が目を剥いてユウを見た。困惑すると同時に呆れるような顔のままため息をつく。ジェイクがうなずくのを見た買取担当者は小さく首を振りながら、魔物の部位を別の麻袋に入れて持って行った。


 それを見送ったユウがジェイクに顔を向ける。


「なんだか随分な言われようでしたね」


「確かに俺たちのパーティが今更10代の若い奴を入れてもって思われるのはしょうがないよ。事情を知らないからな」


「確かに。親子ほど年が離れてる人のパーティに入るのは珍しそうですもんね」


 周囲に顔を巡らしたユウがやや小さい声を漏らした。どこのパーティも似たような年齢でメンバーを構成している。たまに年が離れているように見えても、ユウとその仲間ほどなのは見当たらなかった。


 しばらくすると買取担当者が報酬を持って戻って来る。


「これが報酬だ。鉄貨が多いからな。数え間違えても知らんぞ」


「僕がやります。数え終わったお金はどこに入れるんですか?」


「これに入れてくれ」


「袋が5枚あると1つずつに小分けしますけど」


「そんなにないから今は気にしなくていい」


 ジェイクとのやり取りを終えたユウは、買取カウンターの上に置かれた通貨の山を崩して数え始めた。


 最初は胡散臭く眺めていた買取担当者だったが、その正確さと速さに目を見張る。


「なんだこいつ。なんでこんなに速いんだ?」


「何年か前まで町の中の商店で働いていたそうだぞ?」


「なんでそんな奴がこんなところにいるんだよ!?」


「知らない。色々あったんだろうな」


 目を剥いて問い詰めてきた買取担当者をジェイクが躱した。その間にも見る間に通貨の山が消えてなくなる。すべて数え終わるまでそう時間はかからなかった。


 渡された革袋に報酬を入れ終えたユウがジェイクに手渡す。


「終わりました。確かに銅貨5枚と鉄貨340枚あります」


「こりゃ楽でいいな。それじゃ行こう」


 機嫌良く重い革袋を受け取ったジェイクが踵を返した。ユウも後に続く。


 周囲はもうかなり暗い。真冬なので冷え込みも厳しくなってきた。


 待っていた仲間3人のうち、アーロンが声をかけてくる。


「ジェイク、どうだった?」


「銅貨8枚と鉄貨40枚だった。今日は狩った数が少なかったからこんなもんだが、それよりもユウは結構使えそうだぞ。こいつ計算が速い。算術が得意ってのは嘘じゃないぞ」


「ほほう、お前がそういうんだったらそうなんだろう」


「おかげで今日は楽だった。今度からユウに任せてもいいんじゃないか?」


「そんなにか! それじゃ」


「待ってください! 僕はどの魔物の部位がいくらするのかまだ知りませんよ」


 雲行きが怪しくなってきたところにユウが口を挟んだ。最低限の知識を授けてもらわないとさすがに引き受けられない。


 とはいえ、ユウの算術が有用なのは事実だった。そこで当面はジェイクと一緒に換金することになる。早速新しい仕事を与えられてユウは喜んだ。

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