魔物との戦い
夏ほど植物が繁茂していないとはいえ、それでも視界は悪い。先頭のジェイクはしかし、そんな遮る草木を気にすることもなく前へ前へと歩いて行く。
後ろから2番目を歩いているユウは周囲を警戒しながら歩いていた。他の4人とは違って初めての場所だからだ。ときおり左右の様子を窺う。
「警戒するのはいいが、そんなに緊張しなくてもいいぜ。ここら辺の魔物だったらオレたちでどうにかなるからよ」
最後尾のレックスがユウに声をかけた。
後ろを振り返ったユウはすぐに前を向いた。少し恥ずかしそうな表情を浮かべる。別に緊張していたわけではないと自分では思っていた。しかし、言い返すと泥沼になるので黙るしかない。
「ここいらで一旦休憩しよう。ジェイク、止まれ!」
足を止めたアーロンが宣言した。声をかけられたジェイクが戻って来る。どちらにも疲れた様子は窺えない。それはユウも同じだった。
1人フレッドが立ち、その脇にアーロン、ジェイク、レックス、ユウが座る。背負っている
隣に座ったジェイクにアーロンが声をかける。
「どうだ、この辺にいそうか?」
「見える範囲にはいなさそうかな。痕跡もないってことは本当に来てないんだと思う」
「となると更に奥か。今日はいきなり大集団に遭いたくねぇが」
「
「都合良く数が少なけりゃな」
水袋に口を付けていたユウが自分の名前を耳にして肩をぴくりと反応させた。
その様子を見ていたレックスが面白そうににユウへと声をかける。
「なーに反応してんだよ」
「いやだって、反応しちゃうじゃないですか。いよいよ魔物と戦うんですよ?」
「初々しいなぁ。オレの初めてのときなんてどーだったか」
「ところで、
「子供くらいの大きさでよ、薄汚れた緑色の肌をしてんだ。それで、半裸でぼろぼろの武器を持って襲いかかってくる連中だな。ああ、ユウと同じ棍棒を持ってるヤツもいる」
自分と同じと聞いたところでユウは少し顔をしかめた。脇に置いている棍棒へ目を向ける。もう長いこと使っている相棒はいつも通りだ。
そのとき、アーロンの声が響く。
「レックス、フレッドと交代だ!」
「よし来た! じゃぁな!」
「アーロン、僕はいつ見張りに立つんですか?」
「今日は立たなくていい。それより、俺たちが何をどうしているのかよく見ておくんだ。それと、魔物と遭ったら1匹お前に回す。この辺だったら単体で強い奴はまずいねぇ。その棍棒でも充分やれるはずだ」
「わかりました。やってみます」
若干緊張した顔でユウがうなずいた。棍棒を右手でたぐり寄せる。
休憩後、再びユウたちは夜明けの森の奥へと歩いていった。森の中を歩くのは慣れているとはいえ、時間が経つほど手足の先から冷えてくる。
前を歩くアーロンの背後を見ながらユウが歩いていると、そのアーロンが右手を上げて立ち止まった。同じく立ち止まったユウが更に前を見ようとするとジェイクがやって来る。
「この向こうに
「やっちまおう。ユウ、どれでもいいから1匹相手にするんだ。残りは俺たちが片付ける」
「はい」
「フレッド、レックス、ユウ、お前たちは正面から突っ込め。ジェイク、お前は左から回り込もうとする奴を殺せ。俺は右からのを片付ける」
簡単な打ち合わせが終わるとユウはフレッドとレックスに連れられて配置についた。2人に挟まれて突撃する形になる。
草むらの向こうにユウが目を向けると、何匹かの
じっと遠くの魔物をユウが見据えていると、フレッドがその肩を叩く。
「いいか、俺が合図したらまっすぐ突っ込め。戦うまでは声を出すなよ。そして、一番目の前にいる奴を真っ先にぶん殴るんだ。そいつを殺したら手近にいる奴をまたぶん殴る。今はそれだけ考えろ。他は俺とレックスがやってやるからな」
固唾をのんだユウが真剣にうなずいた。脳筋戦法丸出しだが、視野の狭い新人には有効な指示でもある。
「あいつらは獣と同じ。だから殴るだけでいい。走って殴る。それだけ」
「よし、行け!」
短いかけ声と共に肩を叩かれたユウは、つぶやくのを止めて走り出した。草むらから飛び出して見える
相手の
3分の2程度を走破したユウが悪臭玉の存在を思い出した。魔物の集まり具合から近くに投げてやれば大半が悶絶することは確実だと気付いたのだ。しかし、既に遅い。
「あああ!」
棍棒を振り上げたユウが目の前の
顔面を強打された
その魔物相手にユウはひたすら棍棒を叩きつけた。しかし、今ひとつ弱らない。そのうちダガーを鞘から引き抜いて
息が乱れたユウだったが、戦う前に教えられたことを思い出して周囲を見て回る。いずれも立っているのは仲間ばかりだ。
尚も敵がいないかユウが探していると、アーロンが声をかけてくる。
「もう終わったぜ! なかなかいい殴りっぷりだったぞ!」
「もう終わったんですか?」
「これくらいの魔物なら俺たちは秒で片付けられるからな! 大したことじゃねぇよ。それより、今から大切なことを教えるから来い」
言われた通りにユウはアーロンのそばへやって来た。すると、足下の
「魔物を殺したらその証明としてその一部を持って帰らにゃいかん。こいつの場合はこの鼻の部分だな。今からやってみせるからよく見ておけ」
ナイフを取り出したアーロンが慣れた手つきで
見ていたユウは顔をしかめる。見ていて気分の悪いものだ。しかし、報酬に化けるのならば否応もない。
自分が殺した
そぎ落とした鼻を持ったままユウは立ち上がる。困惑と嫌悪が混ざった表情を浮かべた顔で周囲へ目を向けた。すると、いつの間にか近づいていたジェイクが麻袋の口を開けて待っている。
「そいつをここに入れてくれ。後でまとめて換金するから」
「わかりました」
言われるままにユウは手にした鼻を麻袋へと入れた。よく見るとその麻袋はどす黒い。しかも何かで凝り固まっているようにも見える。
呆然と見るユウの目の前で、ジェイクは気にした様子もなく口を閉じると背から下ろした背嚢にくくり付けた。
そんなぼんやりとするユウにフレッドが声をかける。
「ユウ、初めての魔物はどうだった?」
「どうって言われても、よくわからなくって。でも、棍棒で叩いてダガーでとどめを刺すのはいつもと同じだと思いました」
「ということは、獣と同じ感覚でやれたわけか?」
「たぶんそうなんだと思います。ただ、獣よりも弱りにくかった気がするんですけど」
「あー、そりゃ手で頭を庇ったりされると死ににくくなるかもしれんなぁ」
確かにほとんどの獣は体の構造上頭を庇えない。そうなると、動きを止めた時点で武器をダガーに切り替える必要がある。魔物の相手は獣の延長線上でできたとしても、まったくそのままではないことにユウは気付いた。
幾分か真剣な表情で考え始めたユウに次いでレックスが話しかける。
「いやそれにしてもよ、お前本当に棍棒で戦うんだなぁ」
「え?」
「叩くしかねぇってのはわかってたんだが、いざ実際に見てみると驚いたぜ」
「そんなに珍しかったですか?」
「そりゃもちろん! さすがに棍棒であいつらをぶっ殺すところなんて初めて見たぜ!」
嬉しそうに語るレックスを見たユウは顔を引きつらせた。他人を喜ばせるために棍棒を使っているわけではないだけに適切な反応ができない。
それでも、どうにか魔物との初戦闘はくぐり抜ける。ユウは大きな息を吐き出した。
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