とりあえず夜明けの森へ

 まさか冒険者登録で一悶着あるとは思わなかったユウの顔には気疲れが浮かんでいた。冒険者ギルド城外支所の建物から出ると同時に白い息を大きく吐き出す。


「まさか手続きをやりきれないとは思わなかったなぁ」


「登録はできたんだし、とりあえずはいいだろう。後は稼ぐだけだな」


 隣を歩く精悍な顔つきのジェイクがユウに顔を向けた。活動できないという最悪は回避できたので良しとする考え方だ。前向きである。


 5人は建物の東側から出て西端の街道を南に下り、建物の南側へと回り込んだ。そのまま解体場を通り越して西へと進む。ここから先は夜明けの森に向かう冒険者と糞便を捨てる汲み取り屋しかいない。


「さぁて、今日も殴るかぁ!」


 両手で戦槌ウォーハンマーを握ったフレッドが大きく背伸びをした。口周りの濃い髭の間からあくびが漏れる。真冬の寒さなどまったく感じさせない態度だ。


 最後尾を歩く頭頂まで禿げたレックスがそのつぶらな青い瞳をアーロンへと向ける。


「アニキ、今日はどーすんだぁ? ユウがいるからいつも通りじゃねぇんだろう?」


「今日は森の浅いところをぐるっと回って帰る予定だ。ユウにここでの戦いを教えるのが目的だからな」


「なるほどぉ。だったらこの荷物はいらなかったよなぁ?」


「お泊まりセットは確かにいらねぇが、そもそも置いておく場所なんぞ俺たちにはねぇだろう。それともお前、あの宿屋に置いとくつもりか?」


「はは、まさか! すぐになくなっちまうぜ!」


 槌矛メイスで自分の肩を叩いていたレックスが笑った。


 陽気に歩くユウ以外の4人は硬革鎧ハードレザーを装備し、背嚢はいのうを背負っている。その様子は良く言えば年季が入っていた。


 一方、武器に関してはまちまちである。アーロンが戦斧バトルアックスを手に持ちつつ腰にナイフを刺しているのに対して、フレッドとレックスは腰に手斧ハンドアックスを追加でぶら下げていた。一方、ジェイクは腰に手斧2本の他にダガーとナイフを身に付けている。


 それに引き換え、ユウは棍棒にダガーだ。特に棍棒は明らかに見劣りした。いよいよ夜明けの森に入るという頃になってユウは不安そうな表情を浮かべる。


 森の手前までやって来るとアーロンは足を止めた。他の全員も立ち止まって虫除けの水薬を顔や手に塗る。これは獣の森と変わりなかった。


 その最中、アーロンがユウへと顔を向けて話す。


「いいか、今日はお前が夜明けの森に慣れるための訓練だと思え。他のパーティだと外で入念な訓練をしてからでないと森に入れさせねぇってところもあるが、俺たちは違う。まず体験させてからだ。その方が聞いた話も身につきやすいからな」


「それで日帰りなんですね。ということは、いつもだったら森で寝泊まりするんですか?」


「その通りだ。いちいち帰るのが面倒だからな。大体3日間くらい森に入って、2日休むってのが俺たちのやり方だ」


「宿代もその分浮くからね。悪くないやり方だな」


 横から口を挟んできたジェイクが肩をすくめた。毎日日帰りだった薬草採取とは考え方がまったく異なる。


「でだ、魔物についてなんだが、ユウはどの程度知ってる?」


「ほとんど何も知りません。ただ、獣の森で獣を相手にする延長線上で考えればいいって聞いたことはあります。他にも、獣より強かったり弱かったりする魔物がいることかな」


「大枠は知ってるわけか。ならその話はいいな。具体的な魔物の話は実際に遭遇してからするとして、1点だけ注意をしておく。魔物には人型の奴もいる。こいつを倒せるかどうかが、この仕事ができるかどうかの分かれ目だ」


「前に薬草採取をしていたときに、薬草を奪いに来た同業者を殴り殺したことがあります。後は猿も殺したことがありました」


「なら心配はねぇな。ごくたまに人型の魔物を殺せずに辞めちまう奴がいるんだ。そうじゃねぇってんなら問題ねぇ」


 わずかにアーロンの表情が緩んだ。能力が高くても適性のない人物ではやっていけない。そのふるいの役目を獣の森での薬草採取作業が担っているのだが、まれにそれを掻い潜ってくる不適合者がいる。新人を迎え入れる冒険者はそれを警戒しているのだ。


 虫除けの水薬を塗りたくりながら笑顔でうなずいているフレッドとレックスを尻目に、アーロンが説明を続ける。


「俺たち冒険者がこの夜明けの森で求められてる役割ってのは魔物の駆除だ。高価な薬草を採ったり未知の遺跡を探したりってのもあるが、これは二の次三の次と言っていい」


「今まで聞いていた冒険者の仕事と何か違うような気がしますね」


「だろうな。魔物を殺すこと、薬草を採ること、遺跡を探すこと、どれも同じくらい大切だって思ってたんだろう? だが違う。魔物を殺すことが第一義なんだ」


「どうしてそこまでこだわるんですか? 魔物も獣みたいに食べられるから?」


「有効利用できる部分がある魔物も確かにいる。が、そういう理由じゃねぇんだ。一番の理由は、放っておくといくらでも湧いたり繁殖したりして森からあふれ出すからだよ。そんなことになったらアドヴェントの町が危ねぇだろ?」


「え、そんなに増えるんですか?」


意外そうな顔をしたままユウが首をかしげた。獣の森でも獣はたくさん現れたが、それでもあふれ出すという話は聞いたことがない。


 ぴんと来ていないユウの顔を見たアーロンが苦笑いする。


「実を言うと、俺だって聞いただけだから本当のことはわかんねぇ。ただ、アドヴェントの町が、夜明けの森と獣の森を分断するように切り開いて作った町だってのは聞いたことがあるだろう」


「あります。なかなか大きくできないらしいってことも」


「その理由の一端がこれだ。町ができてしばらくしたころに魔物の大群に襲われて、危うく滅びそうになったらしい。それ以来、俺たち冒険者を使って魔物の駆除を必死になってやってるわけだ。案外この辺りは人間にとって都合の悪い場所なのかもしれねぇな」


「となると、魔物を殺すだけでお金になるんですか?」


「そうだ。殺したっていう証拠として魔物の一部を持って帰る必要はあるが、持って帰れたら換金できるんだ」


「有効利用できない魔物もいるだろうに、どうやってそんな報奨金をひねり出してるんだろう?」


「何言ってやがる。薬草や獣、それに使える魔物も全部冒険者ギルドの買取カウンターで買い叩かれてるだろうが、あの儲けだよ」


「ああ!」


 意外なところで話が繋がっていることを知ったユウは声を上げた。貴族の懐に納まっている利益も確かにあるが、冒険者に還元されている割合も大きいのだ。つまり、それだけ魔物の駆除は重要な事業だということでもある。


 使い終わった虫除けの水薬の瓶をユウは腰の巾着袋にしまった。アーロンも同じように瓶をしまいながら口を動かす。


「そんなわけで、俺たちはひたすら魔物を狩り続けてるってわけだ。もちろんたまには他のことに目移りするのも悪くねぇが、本業を忘れちゃいけねぇぞ」


「はい」


「よし、お前らも準備できたな。それじゃ行くぞ!」


 アーロンのかけ声に反応した他の3人も声を上げて歩き始めた。先頭のジェイクに続き、フレッド、アーロン、ユウ、レックスの順で進む。


 夜明けの森の中は一見すると獣の森と同じように見えた。さすがに元々繋がっていただけあって植生に大きな変化はないようである。外が乾いた冷たさなのに対して、中が湿った冷たさなのも同じだ。


 棍棒を片手に進むユウは湧いた疑問を口にする。


「アーロン、こっちの森にも薬草はあるって聞いたことがありますけど、魔物を狩るのとどっちが儲かるんですか?」


「そいつ次第ってことになるな。戦う方が得意な奴なら魔物を狩った方がいいし、苦手な奴は薬草を採った方がいい。ただ、苦手な奴はそもそもこっちの森にはほとんど来ねぇ」


「高価な薬草もあるって聞いたから儲かるんじゃないかって思ったんですけどね」


「なんだ? 薬草に興味あるのか?」


「前にいた薬草採取のグループで薬師を目指す友達に薬の作り方を教えてもらったんですよ。だから、同じ薬草があるなら作りたいなって思って」


「ほう? どんな薬が作れるんだ?」


「痛み止め、腹痛止め、傷薬、虫除け、あとは悪臭玉ですね。ただ、傷薬は軟膏を手に入れないと作れないですし、悪臭玉も薬品を手に入れないといけないですが」


「そいつは使いもんになるのか?」


「僕がさっき使った虫除けの水薬は自分で作ったやつですし、腰の悪臭玉もそうですよ。獣の森で散々使いました」


「そうか」


 最後に短く答えたアーロンはそのまま黙った。消耗品にかける費用も馬鹿にならないので、自作して安く抑えられるのならばそうするのは常識である。真剣に今の話の内容を検討しているのはユウにもわかった。


 その間も5人は森の奥へと進んで行く。その姿はやがて草木で見えなくなった。

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