巣立ちの日

 12月最後の休息日にユウが革の鎧を買ったことは仲間内でちょっとした話題になった。特にウォルトとティムの反応は大きく、ユウも戸惑うくらいである。


「おお、すごいっす! 本物の革の鎧じゃないっすか!」


「偽物なんてあるの?」


「あるっすよ! ひどいのになると殴っただけで破れたりするんすから!」


「そうなんですよ! 露天で売ってるやつは怪しいってのが常識です! 特に初めて見る顔の露天商は要注意ですね!」


 紹介してもらった店にしか行ったことのないユウは初めて知る話だった。それはそれで興味深い話だと密かに耳を傾ける。


「ユウ、その鎧っていくらしたんすか!?」


「銅貨40枚だよ。ちなみに軟革鎧ソフトレザーだからね。硬革鎧ハードレザーはこの3倍するらしいよ」


「銅貨40枚っすか。それならオレが買った剣とそんなに変わんないっすね。もしかして来年買えるっすか!?」


「ここで1年間貯めたらどうにか買えるよ。他は全部我慢しないといけないけど」


「我慢するっす! オレ、来年軟革鎧ソフトレザーを買うっすよ! そして冒険者になるっす!」


 興奮冷めやらないウォルトはユウを前に室内で叫んだ。釣られてティムも口を開く。


「俺は今月剣を買えるんですよ! それで、来月からケントに使い方を教えてもらうんです! あ、だったら来年の今頃は俺も鎧を買えてる!?」


「ずっと貯金していたらね」


「ユウもそう思います!? うっわ楽しみだなぁ。まずは狩猟組にならないとですね!」


「剣を買えたらどうにかなるよ。だから、ケントからしっかり教えてもらわないとね」


「はい! 頑張りますよ!」


 ようやく扉の前で2人から解放されたユウは革の鎧を外してから長机に向かった。そこでジョナスがあまり反応していないことに気付く。


「ジョナスはあの2人よりも静かだね」


「僕も驚いてますけど、あの2人と違ってまだ先なんで。まずは剣を買うところからです」


「春には買えるんだよね?」


「そうです。それまでは採取組で頑張ります」


 近くで見るとジョナスも目を輝かせていることを知ってユウは笑顔になった。




 年末の13月になった。暦の上では冬だが、本格的に寒くなるのはこれからである。


 革の鎧を買ったユウだったが、武器が変わったわけではないので戦い方は今まで通りだ。悪臭玉で獣を怯ませ、棍棒で弱らせ、そしてダガーでとどめを刺す。この繰り返しだ。


 この頃になるとウォルトも自分で動けるようになりつつあり、ケントも含めて狩猟組は非常に安定していた。


 そして、ティムがついに剣を買う。その喜びようは大変なもので、ウォルトやジョナスの2人が引くほどだ。


 これを待っていたユウはその翌日の夕食時に自分の進退を話すことにした。食事がある程度進んで雑談が始まったときに口を開く。


「みんな、聞いてほしいことがあるんだ。実は僕、今月でこの家を出ることになった。そして、来月から冒険者パーティに参加して活動する」


「マジっすか!? マジで冒険者になるんすか!? すげぇ!」


「革の鎧を買ったからもしかしてって思ってましたけど、やっぱりそうだったんだ!」


 最初に反応したのはウォルトとティムだ。予想通りである。ジョナスは羨ましそうにうなずいていた。こちらは意外ではなかったらしい。


 他の仲間の反応は様々だ。あらかじめ伝えていたケントとアルフが冷静なのはともかく、マークが渋い表情をしている。


「マークは祝ってくれないんだ」


「そういうわけじゃないんだよ。ユウが抜けたらもう僕の上はケント、アルフ、パットの3人しかいなくなると思うとね」


「でも、うまくやってるんだろう? それに、行商するための準備も進めてるって言ってたじゃないか」


「まだどんな品物を扱うか調べてるところだよ。それに、できれば弟子入りできる人も探さないとね」


「それは重要だと思う。最初から1人は厳しいだろうし」


「まぁ、そんなに長く時間をかけるつもりはないよ。ともかく、おめでとう」


 珍しく色々な表情を見せてくれたマークは最後に苦笑いをしながら祝った。


 この後、他の仲間からもユウは祝福してもらえる。かつて先に巣立った仲間のように送り出せてもらえてユウは満面の笑みを見せた。


 ここで、まだしゃべっていないユウの後輩について少し記しておこう。


 ユウの後輩で最も古株のパットは具体的な将来について考えあぐねていた。ところが、後から加わったワンダを意識するようになってから、将来どうするべきか真剣に考えるようになる。たまに相談を受けるアルフが良い方向へ向かうように助けているところだ。


 そのワンダはやってきた当初からどこで働くのが良いのか探っている。周囲にも積極的に関わり、今は色々な体験をすることで足場がためをしていた。尚、パットには特に気がない態度である。


 最後にロイは貯金の喜びに目覚めた。働いて得た報酬が手元に残ることに感動して以来、積極的に貯めている。散在するよりましだとしても、度を過ぎると良くないとアレフが心配していた。貯金以外に目を向ける日が来るのを祈るばかりである。


 いずれにしても、それぞれの調子で前に進んでいた。




 年の瀬が近づき本格的に寒くなってきた頃、ユウはジェナの店で背嚢はいのうを買った。外套とどちらを買うべきか悩んだが、物を持ち歩くにも限度があることに気付いて決断したのだ。


 この買い物によって、ユウの所持金は鉄貨10枚となる。町を出たときの手持ちが銅貨10枚だったのでちょうど100分の1になったわけだ。これは非常に心細い。


 しかし、一方で心強いこともあった。アルフから選別として消耗品などをいくらか分けてもらったのだ。当面金銭的に厳しいユウにとって恵みの雨である。


「干し肉、虫除けの水薬、悪臭玉なんかと大した物じゃないけど、冒険者になる子にはいくらか譲るようにしてるんだ」


「ありがとうございます! これはかなり助かりますよ」


「そう言ってもらえると嬉しいね。ところで、年末の休みはまだこっちにいるんだろう?」


「はい。ゆっくりとさせてもらってから出発するつもりです」


「となると、来年か。行く場所はわかっているのかい?」


「先日パーティリーダーから教えてもらいました。というより、合流場所が冒険者ギルドなんで迷いようがありませんよ」


「それはそうだ! なら安心だね」


 にこやかにアルフがうなずいた。


 アルフの共同生活集団では年末年始の6日間は休みである。このうち年末3日だけユウは仲間と最後の時間を過ごした。


 中でもマークにはビリーから引き継いだ製薬の機材について最終確認をする。


「これが最後の機会だから何でも質問してほしい。僕が出ていったらマークが管理するんだからね」


「わかってますよ。それより、簡易式製薬道具はユウが引き取るんですよね?」


「そうだよ。あれは僕がビリーからもらった道具だからね。ここの設備ほどじゃないけど、あれさえあったらどこでも薬が作れるから」


「手で持っていくんですか?」


「まさか! 昨日買った背嚢に入れていくよ。大体あの機材を手に持ってたら戦えないじゃないか」


 軽口を言い終えてから2人の最後の確認作業が始まった。マークがほとんど知っていたのであまり多くの質問はなかったが、逆にユウから問いかけられて言葉に詰まることが何回か発生する。やはり抜けはあったのだ。


 こうしていよいよ新年を迎えた。みんなと同じく二の刻の鐘で起き、仲間と一緒に寝床を片付け長机を引っ張り出す。ケントがその間に蝋燭ろうそくに火を点けて室内を照らした。冷える空気に吐き出される白い息が目立つ。


 丸椅子に座った仲間が雑談をしている間、ユウは前日に詰めた背嚢の中身を確認する。忘れ物をして戻って来るという格好の悪いことはしたくないのだ。


 台所からロイとワンダに呼ばれてケントと2人で鍋を長机に移す。木の皿を全員に配ると朝食の始まりだ。各自よそって粥のようになったスープを口に運んだ。寒い中、温かいスープが体を温めてくれる。


 雑談が始まると話題は僕に集中した。冒険者のことやこれからの抱負などを聞かれるがさすがに全部は答えられない。


 そして、いよいよそのときが来た。


 ユウは席を立つと背嚢の近くに立ち、置いてある革の鎧を身につける。この1ヵ月間で馴染みつつある鎧なので着込むのも慣れたものだ。それから腰のベルトに水袋や巾着袋などの道具を取り付け、ダガーを腰に佩く。最後に背嚢を背負って棍棒を手にした。


 これが今のユウのすべてだ。


 長机の脇を通り抜けたユウは扉の前に立つ。1度振り返って仲間の顔を見ると、みんなもユウを見ていた。その全員に声をかける。


「行ってきます!」


 笑顔で声をかけたユウは扉を開けて外に出た。その背中に仲間の声がかけられる。


 朝日が昇った直後の明るい日差しを背にユウは冒険者ギルド城外支所へと歩いた。

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