冒険者に向けて

 古鉄槌オールドハンマーとの会合が終わった翌朝、ぼんやりする頭を抱えながらユウはアルフと話をする機会を窺った。家の中は1室だけなので2人きりで話をするのは難しく、かといって外出先が重なることもないので機会が少ない。


 そこでユウは朝一番の用を足す時期を狙った。アルフの次に桶を手渡してもらうときに外へ誘う。


「アルフ、ちょっとこっちに来てくれますか」


「おや、なんだい?」


 夏至を過ぎて日没時間が遅くなってきたので、最近はまた二の刻を過ぎてもしばらくはうっすら暗い。そのんな家の前の通路でユウはアルフに向き直る。


「昨日、テリーの仲介で冒険者パーティの人たちと会ったことは知っていますよね」


古鉄槌オールドハンマーだったよね。伝言を仲介したからそれは知ってるけど」


「僕、恐らく年内いっぱいでここを出て、その人たちのところへ行くことになります」


「そうか。おめでとう」


 思った以上に穏やかな反応にユウは困惑した。自分も重要な戦力の1人と考えていただけに返って反応に困る。


「いきなり抜けるって言われて困らないんですか?」


「今すぐならともかく、まだ半年近くあるからね。どうにでもなるよ。それに、元々はこの集まりはメンバーがいつか出ていく前提で集まってるからね。行く先が決まっているのなら歓迎すべきことなんだ」


「なるほど」


「ユウだって今まで出て行った人たちを喜んで送り出しただろう? 次はきみが送り出される番なんだよ」


 温かい話を聞かされたユウの肩の力が抜けた。下を向き、拳を握って喜びをかみしめる。


 しばらく温かい気持ちになっていたユウだったが話すべきことを思い出した。再びアルフへと顔を向けた。


「このことはケントにも話すつもりですが、他の仲間にはしばらく控えようと思っています。最近落ち着いてきましたけど、また冒険者の話を頻繁にせがまれると困るんで」


「はは、あれはちょっとね。3人からせがまれるのは確かに大変だと思う。そうなると、全員に話すのはいつ頃になるんだい?」


「予定では12月の末か13月の最初です。ただ、防具や道具を買わないといけないので、その目処が付かなかったら1ヵ月ずれるかもしれません。かなりぎりぎりなんですよ」


「それは大変だ。わかった。覚えておくよ」


 苦笑いしつつもアルフはうなずいた。それから桶を手渡してもらい用を足しに行く。


 次いでユウはケントにも同じ話を打ち明けた。獣の森での作業中、採取場所の移動などで短時間なら2人で話せる。手短に話すと、無表情のままゆっくりとうなずいてくれた。




 内側での話を付けたユウは、次いで防具と道具の相談をするために店へと向かった。


 最初に向かったのは武具屋『貧民の武器』である。古鉄槌オールドハンマーに入る最低条件の鎧について何よりも先に相談しなければならない。


 市場の東部にある年季の入った木造の建物へ入ると、ユウは一目散にホレスへと近づく。


「ユウか。武器の手入れはしっかりとしているか?」


「はい。それで、相談があるんですが」


 去年ホレスから説教されて以来、会う度に声をかけられるようになった。しかし、それは嬉しい内容ではない。ただ、最初はダガーを見せるように要求されていたので、最近はましになったとも言える。


「革の鎧って一式揃えるといくらになるかわかりますか?」


「一口に革の鎧といっても、軟革鎧ソフトレザー硬革鎧ハードレザーの2種類があるし、品質にもよるな」


軟革鎧ソフトレザーの方が安いんですよね。どのくらい安いんですか?」


「品質が同じくらいだとしてざっくり3倍くらい違うな」


「そんなに!? でしたら、軟革鎧ソフトレザーで一式揃えたらいくらになるんですか?」


「品質が平均的なものとすれば、ざっと銅貨40枚くらいか。胴鎧、籠手、脛当てが揃った状態だな。最低限のもんだが」


「それでもほぼ1年分の稼ぎじゃないか」


「お前さんのやっている薬草採りだと確かにしんどいな。冒険者になりたがってる奴は最初の1年から1年半で剣を、更に2年近くかけてこいつを手に入れるのが普通だ。そいつを1年未満で手に入れられるってんなら相当稼いでるんだな。慰めにはならねぇようだが」


「慰めよりも、ちょこっと値引きをしてもらえるなんてことありません?」


「なんにもなしでいきなり値引きなんてできんぞ。気持ちはわかるが、こっちが値引きしたくなるようなものを持ってこない限りはな」


 さすがに虫の良すぎる要求にホレスは呆れた表情を浮かべた。


 残念ながらユウにはそんな値引き交渉できるものは持っていない。改めて革袋の中身を確認する。銀貨1枚と銅貨7枚だ。銅貨換算で27枚になる。残り銅貨13枚が必要なわけだが、今の稼ぎだとぎりぎり4ヵ月後には貯金できる計算だった。


 革袋から目を離したユウはホレスの目を見る。


「4ヵ月後にはお金は貯まる予定です」


「となると12月の終わりか。ユウ、こいつは急いでるのか?」


「そうですね、今年中には欲しいです。来年から冒険者パーティに入りたいんで」


「なるほどな、急に具体的な話をしてきたかと思えばそいうことか。だったら半額を先に渡せば、今すぐから注文を受けてやるぞ」


「いいんですか?」


「鎧は体にぴったりと合わさなきゃ色々と具合が悪いんだ。そのための採寸と調整には時間をかけた方がいい。4ヵ月もあれば充分だ」


「だったら今すぐ半額を支払います。銀貨でいいですか?」


 ホレスがうなずくと、ユウは革袋から銀貨1枚を取り出してカウンターの上に置いた。それを店主が受け取って契約は成立する。


 以後、夏から秋にかけてユウはホレスの元に何度か出向いた。その打ち合わせを経た12月末に残りの代金を支払って軟革鎧ソフトレザーを引き取る。目標の年内に受領を何とか達成できた。




 念願の革の鎧を手に入れたユウは上機嫌だった。懐はすっかり軽くなったが今は心も軽い。その足で道具屋『小さな良心』へと向かう。かなり傷んだ木造の家屋へ入ると、いつも通り奥のカウンターにジェナが座っていた。


 明らかに目立つ革の鎧を認めたジェナがユウに声をかける。


「おや、鎧を買ったのかい。なかなか様になってるじゃないか」


「ありがとうございます! もう銅貨1枚もないですけど今は嬉しいですよ!」


「新しい物を手に入れたときはみんなそんなもんさ。で、金もないのに何の用だい?」


「実はですね、冒険者に必要な道具ってどんな物があるのか教えてほしくて来たんです」


 来年には冒険者パーティに入ることを打ち明けた上でユウはジェナに事情を話した。今自分が持っている道具が何かも伝えて助言を待つ。


「まずはおめでとうと言っとこうかい。これからも贔屓にしておくれよ。それで本題なんだけどね、まずは新しく入るパーティのメンバーに聞いたらどうなんだい? 一口に冒険者と言っても、何をしてるかで必要な物なんて全然変わっちまうんだよ。まぁ、ここいらじゃほぼ夜明けの森になるから、それ用の道具なら教えられるけどねぇ」


「そっちにも後で聞くつもりなんですけど、ジェナさんから見てこれだけは持っておけっていうのはないかなって思ったんです」


「そうさねぇ。ああ、お前さんの持ち物を聞いて疑問に思ったんだけど、今いる家を出て行ったら、その持ち物はどうやって持ち歩くんだい?」


「え? それはベルトにぶら下げてですけど」


「細かいのも全部まとめてかい? そんなもんじゃらじゃら付けて魔物と戦った日にゃ、邪魔でしょうがないように思えるよ。普通は背嚢はいのうにまとめて放り込んでおくもんさ」


「ああ!」


 遙か昔、まだユウがアルフたちの家に来たばかりの頃に、いずれ物が多くなったら買うことも検討するとビリーと話していたことを思い出した。


 その様子を見ていたジェナはにやりと笑う。


「家に住んでると使わない物は置いておけるからあんまり意識しなかったんだね。けど、冒険者は身一つだから常に自分の物は自分で持っておく必要があるのさ。うんと稼いでパーティで家を借りたりしない限りはね」


「意外と落ち着かないんですね」


「根無し草な連中だからね。だから金が入ったらさっさと使っちまうのも多いのさ」


「そんなことばかりしていたら次の装備が買えないですよ」


「明日をも知れぬ連中が堅実な将来設計なんてするもんかい。できる奴らはごく一部だけだよ。それと、これから冬になるけど外套は買わないのかい?」


「獣の森ではしのげたから、大丈夫かなって思ってるんですけど」


「夜明けの森じゃ何日も野宿して活動することも珍しくないよ。そんなときに外套なしじゃ凍えちまうじゃないか」


「ちなみに、背嚢と外套っていくらするんですか?」


「ここだとどっちも銅貨4枚だね」


「うっ、ぎりぎり片方しか買えない」


「ひひひ、せいぜい悩むんだね、坊や」


 革袋の中を覗きながら顔をしかめるユウを見ながらジェナはにやりと笑った。

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