古鉄槌との話し合い
8月も後半に入ったある休息日、ユウは六の刻の鐘が鳴る頃に泥酔亭へ入った。繁忙期なだけあって賑やかだ。通りかかったエラに呼び止められる。
「ユウ! あんたいいところあるじゃないの!」
「え、何が?」
「自分がお金を出せないから人を呼んで出させるってすごいわよ! 見直したわ!」
「いや別にそんなつもりじゃな」
「ほら、相手がお待ちかねよ! 今日はテリーがいないんだからしっかりしなさい!」
機嫌良く案内するエラの後ろをユウはついて行った。先程の発言はエラの勘違いだが、結果的に店に貢献していることには違いない。
前回テリーと話をした丸テーブルとは別の場所へとユウは導かれた。そこでは4人の男たちが既に酒盛りを始めている。
「おっちゃんたち、連れてきたわよ!」
「おう、ご苦労! まぁ座れよ!」
丸坊主で厳つい顔のアーロンが自分の右隣の席をユウに勧めた。断る理由もないのでユウは素直に座る。
木製のジョッキの中を空にしたアーロンがエラにお代わりを5つ注文した。それからユウに向き直る。
「前の慰労会ぶりだな! 俺を覚えてるか?」
「アーロンさんですよね。なんか打撃武器のことを延々と語っていた」
「そうだ! あれでもまだ足りねぇくらいだぞ! それにしてもよく覚えてくれてた!」
相手が覚えていたことが余程嬉しかったらしく、アーロンはユウの肩を何度も叩いた。それから仲間の3人に顔を向けて、ご機嫌な調子で口を開く。
「こいつが俺の言ってたユウだ! 棍棒を
「えっと、ユウです。皆さん初めまして」
見事なまでにむさい中年ばかりの4人組にユウは引きつった笑顔を見せた。叩かれた左肩がやけに痛い。
そんなユウに対して、アーロンの左隣に座っている精悍な顔つきのやや小柄の中年が右手を上げる。
「ジェイクだ。
「こいつぁ両手に手斧を持って戦うんだぜ! 手数の多さで勝負する技巧派な奴だ!」
本人以上に嬉しそうに紹介するアーロンを見てジェイクが苦笑いした。
次いで、アーロンの対面に座る白髪交じりの茶髪で口の周りに濃い髭のある中年が口を開く。
「俺はフレッドだ。
「我らが
リーダーの紹介に気を良くしたらしいフレッドがにかっと笑った。
次に、ユウの右隣に座る頭頂まで禿げた頭でつぶらな青い目の中年が自己紹介する。
「オレがレックスだ。
「こうは言っているがな、こいつは結構器用に殴るんだぜ! だから、殴ることについてだけは細かいことを言っても大丈夫だ!」
やはりアーロンの紹介が嬉しいのか、レックスも嬉しそうにうなずいた。
最後にアーロン自身が叫ぶ。
「そして改めて自己紹介しよう! 俺がこの
嬉しそうにしゃべると手にした木製のジョッキを傾けた。
結局のところ、全員とにかく殴るのが大好きなのだとユウは理解する。ジェイクだけ違うのかもしれないが、この中にいて例外とは考えにくい。
どうしたものかとユウが困惑していると、エラが木製のジョッキを5つ持ってきた。丸テーブルにまとめて置く。
「はい、持ってきたわよ! じゃんじゃん飲んでね!」
「おう! 任せろ! じゃんじゃん持ってこい! そらみんな、手に取れ!」
言われなくても慣れた様子で木製のジョッキを手にする3人を見て、ユウも1つ手元に引き寄せた。
全員新しい木製のジョッキを手にしたことを確認したアーロンが叫ぶ。
「それじゃいくぞ! 棍棒で殴りかかる偉大なバカに、乾杯!」
「「「乾杯!」」」
他の3人が声を唱和する中で、唯一ユウは木製のジョッキを掲げるのが精一杯だった。先程から顔が引きつりっぱなしである。少し帰りたくなった。もう話の内容は何でもいいとさえ思えてきている。
旨そうに木製のジョッキを傾けていた4人は一斉に口を離した。幸せそうに息を吐き出す。もちろん酒臭い。
上機嫌なアーロンがユウに顔を向ける。
「これが俺たちだ。どんなもんかわかったか?」
「ええ、まぁ」
「ならよし! それじゃ先に用件の方を片付けておこうか。酒が回ると話ができなくなるからな!」
今まで飲んでいてのは何だったのかとユウは口にしなかった。恐らく言っても意味はないからだ。しかし、これから話す要件の内容はまるで想像できない。直前までの光景が強烈すぎて何も考えられないというのがより正しいが。
「要件ってのはだな、俺たちのパーティに入らねぇかってことなんだ」
「僕がですか?」
「そうだ。テリーからも話を聞いたが、棍棒を使って戦ってるんだろう? どんな事情があるにせよ、俺たちにとっては希望なんだ」
「どういうことですか?」
「見ての通り、俺たちはいい年をしたおっさんだ。後数年もすりゃ引退する奴ばっかりなんだよ。もちろん今までにだって世代交代を試したこともあったが、なんやかんやあって結局うまくいかなかった。もうこのまま終わるのもしょうがないかなとは思ってたんだが、先輩から叩き込まれたことを絶やすのは気が引ける。どうしたもんかと悩んでいたら、前の慰労会でお前に会ったってわけだ」
「後を引き継いでほしいってことですか」
「そこまで大層なことじゃない。俺たちが知ってることを叩き込んで一人前にしたいってだけだ。まぁ感傷みたいなもんだな。そのとき
思った以上に重い話を聞かされたユウは別の意味でも引いた。確かに望まれてパーティに参加することには違いないが、その意味を考えると腰が引ける。
改めて4人の顔を見たとき、ユウはふと疑問が湧いた。アーロンへと顔を向け直して問いかける。
「あの、他の2人のメンバーもその話は納得しているんですか?」
「他の2人なんてのはいない。俺たちは4人なんだ。さっき言っただろう。色々あってうまくいかなかったってな。俺たちはもう限界なんだ、パーティとしてもな」
「ああ、だから僕に引き継いでほしいって、というより仕切り直しですか?」
「世代交代してやり直す。ふむ、言われてみるとそうかもしれんな。何にせよ、パーティは最大で6人まで頭数を揃えられる。今は2人欠けた状態だから、ユウを入れることも問題ないってわけだ」
「今は棍棒を使ってますけど、次は何にするかわかりませんよ?」
「次の武器を何にするかは好きにすればいい。剣や槍でも一通りなら誰でも教えられる。打撃武器が特に好きってだけで他の武器が使えないわけじゃないんだ。もちろん打撃武器のことなら何でも聞いてくれ。特に殴ることならフレッドとレックスが詳しいぞ」
「それじゃ、
「もちろんだとも。ダガーならジェイクだな。あいつも使ってる」
「あ! でも、僕まだろくに装備を調えていないんですよ。鎧なんてまだだし」
「うーん、そいつは少し厳しいな。だったらこうしよう。
「皆さんに比べたら僕は全然だから、絶対足手まといにしかならないですよ?」
「はは! 最初は誰だってそうだ。どんなやり手だって連携ができるようになるまでは似たようなもんだよ」
色々と湧いてきた疑問に対してアーロンは真面目に答えた。それが感じ取れたユウは本気なんだと知る。
ここでユウはニックとダニーのことをふと思い出した。2人とも長い間待ち続け、そしてやって来た機会に飛びついた。この機会を逃したくないと言って。ダニーなど準備不足でも飛びついた。
ならば、冒険者になると決めたユウはここで飛びつくことが正しいのではと考える。次の機会がいつくるのかわからないし、望むような形とは限らない。それなら早めに行動するべきだろう。
「わかりました。それじゃ、鎧を買えたらお願いします」
「そうか! 入ってくれるか! おいみんな、聞いたな!?」
その瞬間、4人が雄叫びを上げた。周囲の客が次々と振り向く。ユウは恥ずかしかった。
アーロンが給仕を呼びつけて酒を追加注文する。エラは喜んで承った。
こうして、ユウの冒険者パーティ参加が決まった。薬草採取のグループを卒業する日も近い。
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