伝言と伝言

 夏真っ盛りの昼下がり、ユウは泥酔亭のカウンター前に座って木製のジョッキを手にしていた。昼から良いご身分であるが、当人は休息日である。


 昼食時は既に終わり夕方にはまだ早いこの時間帯の泥酔亭にはほとんど客はいない。そして、この時間だとパット、ロイ、ワンダが調理場やホールで作業をしている。


 その作業をぼんやりと見ながらユウは木製のジョッキを傾けた。特に面白いわけではない。自分もやったことのある作業を眺めているだけだ。


 そこへ手の空いたエラがやって来る。


「ユウ、あんたシケてるわね」


「お客に向かってなんてこと言うんだよ」


「そんな水ばっか飲んでるからよ。家でも飲めるものなんてここで飲んでどうするのよ」


「最近家にいづらいんだ」


「はぁ? なんかやらかしたの?」


「2ヵ月くらい前にここでテリーの知り合いの冒険者たちと一緒に飲み食いしたでしょ。あれの話をしてくれって延々とせがまれるんだ。しかも、3人から」


「あー」


「用事あって手が離せなかったり時間が合わなくて別の場所にいたりするときはいいんだけど、相手が3人だと家の中にいたら絶対誰かいるしね」


「でも2ヵ月も経ってるんでしょ? あの3人もいい加減に飽きてこないの?」


「飽きないらしいんだ。ジョナスは最近あまり言ってこなくなったけど」


 言い終わるとユウは木製のジョッキを傾けた。そして、口を離すと同時にため息をつく。


 ホールを掃除しているパットとワンダが近づいて来た。2人が連携して流れるようにカウンターの上と足下をきれいにしていく。


 近づいて来たことを知ったユウとエラはカウンターから離れて掃除が終わるのを待った。パットとワンダが一瞬ユウに目を合わせてから次の場所へと向かう。


 2人の背中を見送りながらユウはカウンター席に戻った。そして、エラへ顔を向ける。


「ワンダも随分と手慣れてるね。仕事はもう覚えたのかな」


「ホールの方は完璧ね。最近は調理場の方もやってもらってるわ。手際がいいってタビサさんもサリーも喜んでるのよ」


「大したものだね。ロイはどうなの?」


「皿洗いは完璧ね。他はちょっと手際が悪いってくらいかしら」


「ちゃんと作業ができないの?」


「やることはやってくれるんだけど、何事も遅いのよねぇ。それが残念」


 腕を組んでエラは難しい顔をした。


 留守番組の主力として街の仕事を担当しているが、どうも仕事先の評価はあまり高くないらしいことをユウは知る。気になる点ではあった。


 悩ましい問題にユウが頭を悩ましていると、エラが何かを思い出したようで話しかけてくる。


「そうそう、あんたに話しかけた目的を忘れるところだったわ。ちょっと前にね、テリーからあんたに話があるから伝言しといてって言われたの」


「それ忘れてもらったら困るやつじゃないか。それで、話って何かな?」


「さぁ? あたしはテリーの言葉を預かっただけだから知らないわ。なんか呼び出されるようなことでもしたの?」


「してないよ。するほど会ってないし」


「それもそっか」


「まぁいいや。休息日だったら丸1日空いてるって伝えておいて」


 元々ビリーとの勉強会から始まり、マークへと移って、更に少し前まではウォルトとの訓練にユウは充てていた。しかし、その訓練もウォルトがようやく剣を買ったことで終わりとなる。今はティムと入れ替わって再びケントに師事していた。


 事情を話したユウはエラにうなずく。


「もう勉強会はやっていないんだ」


「そういうことなのね。いいわよ。そうだ、テリーからまた連絡があったらアルフに伝えておくわね」


「うん、ありがとう」


「エラ、ちょっとこっちに来て!」


「はーい! じゃね!」


 調理場にいたサリーに呼び出されたエラが笑顔でカウンターから離れた。


 それを見送りながらユウはテリーの伝言について考える。ユウからならばともかく、テリーから相談されるようなことがあるようには思い付かない。


 結局、何もわからないままユウは木製のジョッキの中身を飲み干して泥酔亭を後にした。




 エラとアルフを伝言役にしてユウとテリーが会う日取りは決められた。ユウにとっては意外なことにテリーは急いでいるらしく、次の休息日に会うことになる。


 蒸し暑い夕方、六の刻の鐘が鳴る頃にユウは泥酔亭に入った。この日はサリーにテリーの座っている場所まで案内される。


 先に始めているテリーがユウに気付いた。木製のジョッキを持ち上げる。


「来てくれてありがとう。座ってくれ」


「テリーが僕を呼び出すなんて珍しいですね」


 以前と同じように肉料理が置かれている丸テーブルを前にユウは座った。すぐにサリーが置いていった木製のジョッキに口を付ける。


「直接家に来てくれた方が早かったのに、なんでこんな回りくどいことをしたんです?」


「時間が経つとかつて当たり前だった場所も遠くなるのさ。僕の場合だとニックがいたときはまだしも、あいつが旅立ってからはあの家に行きづらくなってね。今じゃもうほとんど知らない子ばかりだし」


「そういうことですか。僕もあそこを出ていったらそうなるのかなぁ」


「みんなそうなるよ。その証拠に、あそこを巣立った子が戻って来たところなんて見ないだろう? オレが1回訪ねたけど、他にも誰か見たこともない先輩が来たことがあったかな?」


「確かにないですね」


「そういうことさ。みんな今の生活が忙しいか、前を向いて生きてるんだよ」


 いくらか寂しそうな顔をしたテリーが木製のジョッキを大きく傾けた。すべて飲み干すとエラを呼びつけてお代わりを注文する。


 その姿を見ながらユウはテリーがあの家を出てから2年近くが経っていることに気付いた。この春に2年前まで町の中で住んでいたときのことを遠く感じたことを思い出す。あれと同じかもしれないと理解した。


 少し考え込んでいるユウにテリーが一転して笑いかける。


「それじゃ先に本題から済ませてしまおうかな」


「話があるとはエラから聞いていましたけど、何の話ですか?」


「降臨祭の前にパーティリーダーの慰労会に誘ったことを覚えているかい?」


「覚えてます。あれの話をしてくれって仲間にせっつかれて大変なんですよ」


「はは、ダニーみたいな奴がいるんだな。ともかく、あの中の古鉄槌オールドハンマーのアーロンが君と話をしたいと言ってきてるんだ」


「え? あのアーロンさん?」


 パーティリーダーの慰労会のときのことをユウは思い返した。剣と槍ばかりに武器の人気が集中していること嘆いていた人物である。丸坊主と厳つい顔が印象的だった。


 本気でわからないという表情を浮かべたユウが疑問を口にする。


「もしかして、僕が棍棒を使っていることをパーティメンバーにも話させたいとかって理由ですか?」


「いやさすがにそれはどうなんだろう。違う気がする。例えそうだとしても、それはあくまでも余興のはずだよ、たぶん」


「自信がなさそうですね」


「ユウに指摘されてそうかもしれないって思えてきちゃったんだよ」


「その口ぶりですと、アーロンさんの話の内容は知らないんですか?」


「そうなんだ。僕も伝言役を頼まれてるだけなんでね。ただ、何の話かは推測できるよ」


「どんな予想なんですか?」


「恐らく勧誘じゃないかな」


 テリーの推測を聞いたユウはますます首をかしげた。今のユウは明らかに半人前である。それは冒険者パーティで活動できるという意味ではなく、冒険者に誘われるという点においてもだ。あらゆる点において不足しているという自覚がある。


 それだけに、なぜアーロンが誘おうとしている可能性があるのかユウは不思議だった。目の前のテリーに疑問をぶつけてみる。


「まだ僕が棍棒を使っているって話を仲間に聞かせたがっている方が現実味がありますよ? 勧誘の可能性なんて本当にあるんですか?」


「こういうやり方で目星を付けた子を誘うってのは珍しいことじゃないんだよ。ただそれがユウっていうのが意外なだけでね」


 冒険者も貧民も横の繋がりがあるが、それを伝って人を誘うことはよくあることだった。今回の手法も一般的なものなので勧誘の可能性が高いというだけである。


「もちろん会いますけど、なんか気持ち悪いなぁ」


「そこまで気にする必要はないよ。気に入らなければ何の話であっても断ればいいんだし」


「そんなことして大丈夫なんですか?」


「平気さ。ユウの方が立場は下だけど、別にアーロンさんに束縛される理由なんてないしね。最悪俺が割って入るよ」


「まぁ、そういうことでしたら」


「ならこの話は終わりだね。さ、酒と料理を楽しもう。前と同じ、俺からのおごりだよ」


 笑顔で木製のジョッキを持ち上げたテリーはそのまま口を付けた。それを見たユウも肉を摘まんで口に入れる。


 気がかかりな点はあるものの、ユウはとりあえず今を楽しむことにした。

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