希望の仕事へ
6月も後半になると気温が夏に近くなってくる。これが湿気と相まって非常に蒸し暑い。それでも1年で最も晴れる日が多い季節を前に人々はじっと我慢する。
気候に参っていたのはユウたちも同じだが、それ以上にウォルト、ティム、ジョナスが熱狂していた。ユウがテリーの伝手で冒険者の飲み会に参加した話を聞いたからである。特にパーティリーダーの集まりなどは普通参加できないので羨ましがられた。
そのせいで、ユウは何度も同じ話をせがまれる。1度や2度ならまだしも、延々と休みや休憩の度に話を求められるのはさすがに勘弁してほしかった。
逆にユウは気になったことを3人に聞き返す。
「みんなの会ったことのある冒険者って何を話してるの?」
「そりゃ凶暴な魔物をどうやってやっつけたかとか、どんな珍しい物があるとかっすよ」
「会う度に同じ話を聞くの? 違う話じゃなくて」
「人によるっすね。毎回違う話をする人もいれば、毎回似た話をする人もいるっす」
常識とばかりにウォルトが答えた。
予想の範囲内なのでユウもうなずくだけである。しかしそうなると、どうしてもわからないことがあった。それをティムに尋ねる。
「同じ話を何回も聞いて飽きない?」
「俺は飽きないですね! 何度も聞いて自分だったらそのときどうするか考えますから!」
「ジョナスは?」
「何十回と聞かされたらさすがに飽きますけど、何回かだったら平気ですよ」
意外とみんな我慢強いことを知ってユウは密かに驚いた。それに対して自分はなぜ人と違うのかと首をかしげたところ、思い当たることを1つ見つける。幼い頃に祖母からしてもらったお話はどれも違った。恐らくそれの影響だろうと推測する。
ともかく、近頃のユウは冒険者と会った話をしないようにするために、微妙に3人と距離をとった。それでもペアのジョナスからは逃れられないので辟易としたが。
そんなグループ内でユウが苦慮しているときに、良い話が持ち上がった。
いつもの朝、降臨祭が近くなると日の出の時間が二の刻近くまで早まる中で全員が朝の準備を整える。長机を室内の真ん中まで持ってきたら作業は一段落だ。台所のパットとロイ以外は丸椅子に座って雑談にふける。
しばらくすると、突然エラが仲間全員に向かって声を上げた。台所の2人以外はエラに注目する。
「あたしね、7月からタビサさんのお店で住み込みで働くことになったの!」
「本当かい?」
「うん! いよいよサリーがお店全体を任されるようになったの。それであたしがホール中心で働くのよ!」
「そうか、ついにエラもここから巣立つんだね」
「ええ! チャドも出ていったんだもん。あたしだっていつまでもいられないわ」
目を見開いて確認するアルフにエラは満面の笑みで返した。アルフは嬉しそうに何度もうなずく。子供が巣立っていくのはいつだって嬉しい。
他の仲間も驚きはあったが、そのうちこうなるとわかっていたので騒ぐことはなかった。
次いで反応したのはケントだ。表情を変えずに口を開く。
「おめでとう」
「ありがとう! 仕事はもう慣れたから新鮮味はまるでないけど、いい区切りだわ」
「これで毎日通わなくても良くなったね。いいなぁ、楽で」
「何言ってんのよ、ユウ! あんたはこれからお店に通わなきゃいけないのよ!」
「あー、うん、なるべく通うよ」
結局言質を取られたユウが苦笑いをした。将来は何かにつけて通うかもしれないが、今はまだ無理である。買い揃えないといけない物がたくさんあるのだ。
長机を挟んでエラの対面にいるウォルトが暑苦しく叫ぶ。
「おめでとうっす! 夢を叶えられるなんて羨ましいっす!」
「ありがとう! そういえば、ウォルトってそろそろ剣を買うの?」
「来月っす! カネが溜まるまでもうちょいなんすよ!」
「あらそうなの。頑張ってね」
機嫌良くエラが応援するとウォルスが元気よく返事をした。ウォルトの剣購入についてはグループ内の解決すべき問題でもあったので、みんなから望まれている。それもあって、ウォルトは最近張り切っていた。
次々と祝福されるエラは笑顔でそれらに応えていく。その日の朝食はひときわ楽しいものになった。
今現在、街での仕事はパットとロイの2人で担当していた。普段ならこれで充分なのだが、獣の森で仕事をしているグループで怪我人が出た場合はパットが穴埋めをする。
このため、欠員が出れば新たに人を入れなければならない。エラが抜けた後は街の仕事を専属でやってもらう人物が必要になる。
次にアレフが連れてきたのは貧民の少女だった。赤みがかった茶髪にやや丸みのある顔の小さな体の女の子だ。
エラと入れ違いで入ってきたその子をアルフが紹介する。
「みんなに紹介するよ。ワンダだ。最近孤児になったらしい」
「初めまして、ワンダです! お母さんに捨てられて困っていたところをアルフさんに助けてもらいました! 初めてのお客はこの人とかなぁと思って近づいていったら拾ってもらえるなんて、とっても嬉しいです!」
「ははは」
返答に困る自己紹介をされたアルフの笑顔が引きつった。聞いていたユウたちも全員少し引いている。真剣な表情で首を横に振るアルフの姿は珍しい。
最初に興味を持ったのはティムだった。少し迷いながらもワンダに尋ねる。
「随分と明るく言ってるけど、自分を捨てたお母さんに何とも思ってないの?」
「捨ててほしくなかったですよ。でも、前から家を空けがちだったんで、いずれ出ていくんじゃないかなとは思ってたんです」
「ああそうなんだ」
「それに、あの生活を続けていたとしてもどうせお母さんと同じことをすることになったろうから、こっちの方がむしろ良かったんじゃないかなぁ」
「強いなぁ」
境遇は最低なのだが、いかんせん本人があまりにも明るいために雰囲気は暗くならなかった。尋ねたティムは感心とも呆れとも言えるような感想を漏らす。
1人が話し始めると後は堰を切ったかのように質問が始まり、やがて会話となった。来たばかりの新人ワンダが中心に話が進む。
話題はあちこちへと飛び交ったが、将来なりたいものについての話となった。年長から話すということになって、アルフはこの家の維持、ケントは特になしと以前と変わらない。更にロイもまだ将来については決めていなかった。
次いでユウがしゃべる。
「僕は冒険者かな。お金がかかるからかなり大変だけど」
「そういうの多いですよね! だったら、かっこいい武器とか持ってるんですか?」
「え? いや、武器は持ってるけどかっこいいかな?」
「どんな武器なんですか? 見せてください!」
「ええ? いやそれは、別にいいけど絶対がっかりすると思うなぁ」
やましいことは何もないにもかかわらずユウは口ごもった。女の子にとって棍棒が格好良い部類なのかわからない。
続いてパットが口を開く。
「僕は真っ当な生活ができたらなんでもいい。今の生活も気に入ってる」
「いいですね! 先に言っちゃいますけど、あたしも真っ当な生活をするのが夢なんです! お互い頑張りましょうね!」
「う、うん。そうだね」
珍しく動揺したパットが目を逸らした。頬が少し赤い。何人かがその様子に気付いた。
3人目はマークである。
「僕は行商人なんだ。旅人だったお父さんに連れられてあちこち回ったから、やりたくなったのかもしれない」
「あれ? お父さんは旅人なのにマークはこの街にいるんですか? もしかして病気で死んじゃったとか」
「違うよ。ある朝置いていかれたんだ。捨てられたっていう点でワンダと同じだね」
「うわぁ、それは何て言うか、すごく共感しちゃいます」
将来のことではなく過去のことにワンダは注目した。やはり同じ境遇の人には親近感を覚えるらしい。
その次は、ウォルト、ティム、ジョナスと続く。
「オレは冒険者になって活躍するのが夢っす!」
「俺も冒険者になって稼ぎたい!」
「僕も将来は冒険者になりたいな」
「冒険者大人気ですねぇ。みんなユウと同じですね」
「でも、来月からは違うっす。オレ、剣を買う予定っすから! 棍棒とはオサラバっすよ!」
「男の子ってみんな剣が大好きですよね~」
「そうっす! オレも大好きっす!」
一番声の大きいウォルトがよくしゃべった。他の2人も話そうとするが、採取組であるためにまだ話題となるようなものがない。
長机を囲んだ皆の様子を見ながらアルフが笑顔を浮かべる。
「早速輪の中に馴染んでるようで良かったよ。これなら心配はなさそうだね」
「優しそうな人ばかりで嬉しいです! みんなとはきっとうまくやれますよ!」
「それは良かった」
笑顔を振りまくワンダがアルフにうなずいた。こうなると後は仕事を覚えるだけだ。パットとロイがうまくやってくれると期待する。
そうしてその後も雑談はずっと続いた。
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