冒険者の飲み会

 小雨が降る中、ユウは安酒場街を駆ける。微妙に体にまとわりつく水滴が鬱陶しい。しかし、構わず傷んだところの多い店舗に入る。すると、酒と料理の臭いが混じった独特な空気に包まれた。


 店の出入り口でユウが息を整えていると、木製のジョッキを持ったエラが近づいてくる。


「来たわね! もうみんな先にやってるわよ! こっちに来なさい!」


 すっかり酒場の給仕が板に付いたエラが返事を待たずに踵を返した。滑らかにテーブルの間をすり抜けてゆく。


 返事すらできずにユウはエラの背中を追いかけた。その先に5人が椅子に掛けているテーブルが見えてくる。テリー以外見知らぬ顔だ。


 木製のジョッキをそのテーブルに置きながらエラが言い放つ。


「ユウを連れてきたわよ。今日はたくさん飲み食いしていってね!」


「おう、嬢ちゃん、任せろ!」


 右頬に三本の引っ掻き傷がある巨体の男が豪快に笑った。エラが置いた木製のジョッキを1つ奪うように手に取って中身を口に流し込む。


 肉料理だけでなく、パン、スープなどが乱雑に丸テーブルの上に置かれていた。それを各人が思い思い手に取って口に入れていたが、ユウの登場で全員の手が止まる。


「ちょうど始まったところだよ。俺の隣に座って」


「は、はい」


 かろうじて返事だけをしてユウはテリーの隣へと座った。いつの間にかエラがいなくなっていることを気にする間もなく、丸テーブルを囲んでいる面々に見つめられて落ち着かない。


 肩まで伸びた茶髪を紐で結んだ落ち着いた様子の男がテリーに尋ねる。


「その子が前に言ってたユウか。髪の毛も目の色も真っ黒なんて珍しいな」


「ええ、でもとてもいい奴なんですよ」


「だろうね。その辺は心配してないよ」


 問いかけに答えたテリーは改めてユウへと顔を向けた。そして、話しかける。


「今日のこれはね、魔物の間引きの慰労会の1つなんだ。店を貸し切って参加したパーティが全員参加する本当の慰労会もあったんだけど、最初だから仲のいいパーティリーダーの飲み会に誘ったんだよ」


「え、パーティリーダー? そんな人たちのところに入っていいんですか?」


「構わないさ。とは言っても、実を言うと僕もこの慰労会じゃおまけなんだけどね」


「お前が面白い奴がいるっていうから気になったんだよ」


 くせ毛の茶髪に愛嬌のある顔の男が興味深そうにユウへ目を向けていた。


 苦笑いしながらテリーがうなずくと紹介を始める。


「この子が、一昨年までいた薬草採取のグループで一緒に仕事をしていたユウです。去年狩猟組に転向して今じゃ主力の1人ですよ」


「ユウです。初めまして」


「俺の左隣にいるのが火蜥蜴サラマンダーのリーダー、クリフだ。見た目の通り豪快な人でね、いつも先頭に立って戦ってる冒険者なんだよ」


「よろしくな!」


 にかっと笑って右頬に三本の引っ掻き傷をゆがめたクリフは、手にした木製のジョッキを大きく傾けて中身を空にした。そして、近くを通りかかったサリーにお代わりを頼む。


「その左隣が森蛇フォレストスネークのリーダー、バートだ。とても冷静で隠密行動や奇襲が得意な冒険者だよ」


「やぁ」


 肩まで伸びた茶髪を紐で結んだバートが木製のジョッキを少し持ち上げた。それから口を付ける。


「更にその左隣が黒鹿ブラックディアのリーダー、エディだ。経験豊富な歴戦の冒険者で堅実な戦いをするんだよ。ちなみに、俺の所属するパーティでもある」


「初めまして。今日の話を楽しみにしてるよ」


 愛嬌のある顔を崩したエディが持ち上げた木製のジョッキを小さく振った。それから中身を口に移す。


「最後にユウの右隣にいるのが古鉄槌オールドハンマーのアーロンだ。見た目通り腕力勝負の戦い方が得意なんだけど、意外に繊細な人なんだよ」


「意外は余計だ! ユウ、よろしくな!」


 丸坊主の厳つい顔のアーロンが木製のジョッキの中身を口へと流し込んだ。この人物だけ他の冒険者よりも年配に見える。


 一通りの紹介が終わるとそのまま宴会が再開された。リーダーの面々は浴びるように酒を飲む。ユウから見ると底なしかというくらい4人とも木製のジョッキを傾け続けた。


 話題の中心は先日行われたという夜明けの森の魔物駆除である。年に何度か行われる冒険者ギルド上げての年中行事だ。どんな魔物と戦い、どのように倒して、何匹仕留めたかを競い合う。


 その話を聞いているユウはみんなが冒険者に憧れる理由が少しわかった気がした。英雄譚さながらに戦う様子を語る冒険者の姿は確かに格好良く見える。


 すっかり聞き役に徹していたユウだったが、ある意味今日の主役なのでそのまま終われるはずもない。


 最初にエディが話しかけてくる。


「さっきからユウは黙りっぱなしじゃないか。何かしゃべることはないのか?」


「何かと言われましても、そんな面白い話は」


「ユウ、あるだろう。主武器メインウェポン予備武器サブウェポンについて話したらいいじゃないか。あれは絶対に受けるよ」


「え? そう言われると話しづらいなぁ」


「いいじゃないか全部話しちまえ! どーせ明日になったらみんな忘れてんだから」


「それはきみだけだ」


「なんだとう」


 隣り合って座っているクリフとバートがじゃれ合い始めた。しかし、視線を集めた以上は話さないわけにはいかない。


 一瞬テリーに恨めしそうな目を向けて木製のジョッキを大きく傾けてから一気に話す。


「あのですね、僕の主武器メインウェポンは棍棒なんですよ。獣の森でいい感じに固い木の枝を切って自分で作ったんです。最初はそれでも良かったんですよ。当時はまだ採取組だったからあんまり戦う必要もなかったですし。でもそのあと、グループのメンバーが何人か入れ替わって僕が狩猟組に転向すると困りました。棍棒じゃ獣を倒しにくいですからね。あいつら無駄に丈夫だからいくら叩いてもなかなか死なないんです。そこで僕は考えました。予備武器サブウェポンを手に入れて攻撃力を上げようって。元々はナイフの代わりのつもりだったんですけどちょっと欲が出ちゃったんです。それで去年の冬にダガーを買ったんです」


 それからもユウは棍棒とダガーを使った戦い方について延々としゃべった。悪臭玉を前提とした戦術も交えて話す。


 馬鹿笑いできるような類いの話ではなかったが、これはこれでパーティリーダー4人の興味を引いた。いくつかの想定を示されてユウがどう戦うかを聞き出す。


 一通り話し終えるとわずかに間が空いた。その後最初にエディが口を開く。


「棍棒を主武器メインウェポンにしてるって聞いたときは驚いたけど、なかなか面白い戦い方をしてるね。悪臭玉でひるませて、棍棒で弱らせて、ダガーでとどめを刺すか。一応戦い方としては成立してるんだ。なるほどなぁ」


「けどよ、どうしても決定打が弱いよな。サシで戦えるんならそれでもいいけどよ、獣が2匹以上になると難易度が跳ね上がるぜ。さっきの想定でもそうだったよな」


 囓った肉をエールで流し込んだクリフが問題点を指摘した。容赦のない指摘だが事実である。獣はユウの事情を汲んでくれないので改善する必要はあった。


 そこへバートが口を挟む。


「とは言っても、財布の中身と森の危険を天秤にかけながら装備を調えるのは宿命だからね。最初の1年目の稼ぎを別のことに使ったのは痛かったな」


「ユウが最初から冒険者を目指していたらまた別の選択があったんですけどね。まぁこればっかりは個人の事情ですし」


 聞き役になることが多いテリーがバートに答えた。


 みんなが冷静にユウの戦い方を評価している一方で、アーロンだけは興奮している。目を輝かせてユウの肩を何度も叩いた。痛そうにするユウに構うことなく言い放つ。


「いやぁ、お前わかってる! やっぱ打撃武器だよな! 殴って解決! スカッとするぜ!」


「えぇ」


「まーた始まったぜ」


 木製のジョッキを片手にクリフが苦笑いした。他の面々も首を横に振っている。


 何が起きているのかユウにはわからなかった。丸坊主の厳つい顔が迫ってきて恐怖しか感じない。


「あの、ちょっと落ち着いてください」


「酒の席で落ち着けるわけがねぇだろう! こういうときはとことん突っ込むんだ!」


「僕が棍棒を使っていることがそんなに嬉しいんですか?」


「ああ嬉しいね! 他の連中は剣だの槍だの弓だのってヤツばっかりで、ちっとも斧や鉄槌ハンマーを使いやがらねぇ。俺はそれが悔しくてよぉ」


 そこからアーロンの武器論を聞かされることになった。他の者たちはどうするんだこれという顔をするが特に止めようとしない。後で聞いたところ、こうなるとアーロンは止まらないとのことだった。


 延々と中年の持論を聞かされてめまいを起こしたユウだったが、それでも来て良かったと思う。少なくとも、冒険者の楽しい面は見ることができたからだ。


 今まではどこか曖昧な態度でいたユウだったが、これを機にはっきりと冒険者を目指す。それほどまでに印象的な一席だった。

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